第4話


 人物を現す時に『華がある』、と評するのは、多くの場合に置いて好意的な意味合いで使われる表現の代表的な一例と記しても語釈は無いであろうか。

 

 ならば同様の事例で問うた場合の『伊達男』はどうであろう。


 似た表現の誉め言葉、或いは類義語として使われるのは間違いは無いだろうが、此方はやや親しみを籠め易く、同時に茶化す意味をも多分に含ませる事が容易な為に、より世俗的、と言っても良いのかも知れない。


 前文に『北域一の』、とでも付けばそれなりに拍が付き、逆に『下町の』、と揶揄された瞬間に前者に比べ価値は値崩れする……良くも悪くも親しみ易い、そんな愛称に近い呼び名を持つ男たちは何処にでも存在し……此処、ライズワースの一角にもまた――――。


 「アシュレイ、今晩はうちに寄っておくれよ」


 「旦那、新しい子が入りましたよ」


 通りに立つ商売女や呼び込みの男たちに亜麻色の髪の青年は愛想良く手を振り返し、またな、と断りを入れるが、通りの角々で女たちに声を掛けられその都度足を止められるので中々その歩みは進まない。


 それでも青年は嫌な顔一つ見せず、女たちを邪険に扱う事もなく、慣れた様子で知ったる道を歩く様子は堂々としたモノで……歳の頃は二十四、五だろうか、整った容姿の『伊達男』ではあったが、街の顔役と呼ぶには年若くやや貫目には欠けるものの、さりとて只の住人とは思えぬ、思わせぬ雰囲気を纏う……そんな青年であった。


 青年の名はアシュレイ……アシュレイ・ベルトーニ。


 この辺りを拠点に『何でも屋』を営む彼はこの界隈ではちょっとした有名人である。


 アシュレイは女たちの相手をしながらも何とか目的の酒場へと、通りにある一軒の酒場へと辿り着き足を踏み入れる。


 領分を弁えている女たちは酒場の中にまで着いて来る様な真似はぜず、この場は取り敢えず諦めたのか方々へと散っていく。

 

 店主の許可なく足を踏み入れるのはこの辺りでは御法度であり、それを守れぬ輩であれば例え商売女と言えどもこの界隈で商売は出来ない……地域に寄って暗黙の掟は違えども、どの家業、業界であろうと秩序の維持に必要な規則と云うモノは必ず存在するものだ。


 賑わう酒場の店内をぐるり、と見回したアシュレイは待ち合わせの相手の姿を見つけるとつかつか、と歩み寄る。


 最も、大仰に見渡さずとも入った瞬間気づいていた事は疑いない……何故なら壁際の席で一人酒を呷る男の周囲の空気だけ明らかに異質であったのだから。


 「よおっ、相棒、待たせたな」

 

 と、向かいに座るアシュレイに男は無言のまま杯を呷る。


 アシュレイに気づき給仕の女は注文を取りに来るが……直ぐに怯えた様子を見せてそそくさと立ち去ってしまう。


 「相変わらず……辛気臭いな相棒」


 場の空気がおかしいのは明らかに男のせいである。


 呆れた様子のアシュレイを見つめる男の左目は白濁し光を失い……杯を持たぬ左腕は服の肩口から消失してだらり、と袖口を床へと垂らしている。


 隻眼にして隻腕――――。


 外套から僅かに覗く男の異相からは年齢すらも推し量る事は難しく……刻まれた傷が、皺の数が、男が歩んできた人生を現すかの様に、他者の目から見ればアシュレイと同年代とも、果ては壮年とも見てとれる。


 しかし長らく続いた戦乱と魔女の災厄を経て来た今の大陸で、傷病者など見慣れた人々が今更身体的な欠損が理由で男を避ける筈もなく……理由はもっと別のところにあった。


 黒い外套に時折覗く黒い上下の衣服……壁に立て掛けている剣の鞘までもが漆黒に塗られ、今や凶兆の色とされる黒一色を纏う姿にこそ周囲の者たちは怯え、そして忌諱するのだ。


 元々葬送の折に用いられるのが黒装ゆえに、『黒』とは縁起の悪い色とされていた……しかし大陸の人々に此処までの恐怖と怯えを齎す原因となったのは間違い無く一人の魔法士の所業ゆえ……。


 災厄の魔女カテリーナ・エレアノール。


 大陸全土に災禍を撒き散らし数千万を超える人々の命を奪った忌むべき存在……後の伝承にまで語り継がれるであろう災厄は、人々の心に決して癒せぬ傷を植え付け、彼の者が纏っていたとされる漆黒の魔法衣は今や協会でも着用が禁止される、触れてはならぬ禁忌となっている。


 加えて魔女が残した『災禍の異物』……『魔女の堕し子』たる魔物たちの黒澄んだ忌まわしく醜い姿、形こそが総じて『黒色』とは魔女が愛した色とされる所以であり、死と恐怖……絶望と破滅……あらゆる凶兆の兆しとして、象徴として忌み嫌われる『禁忌の色』とされる謂われなのである。


 従って男が酒場から追い出されぬのはアシュレイの知人であると云う、不確かな信頼感と男に対する嫌悪の感情が鬩ぎ合う天秤の、危うい均衡の上に成り立っているだけに過ぎないのだ……。


 或いはもう一つ、記して置くべきであろうか。


 人々の内に潜む魔女への恐怖が深く沈む闇ならば、それを討ち滅ぼした救世の騎士アインス・ベルトナーの存在は表裏一体の遍く照らす希望の光。


 彼の英雄が残した雄姿は英雄譚として語り継がれ、万夫不当の英雄の献身は口伝をもって大陸全土へと浸透し……何時しかそれは個人の偉業を超えた『救済』として最早信仰の域にまで達している。


 本人が望むと望まざるとに関わらず、願った夢の最果ては、偶像としての英雄の存在は、大陸を生きる人々の心に深く刻みつけられ……ゆえに北の地の、場末の酒場に集う人々ですらも、英雄の言葉に、意思に少しでも肖ろうと、他者に対する寛容さと憐れみを意識して、或いは無意識に抱く。


 一人の英雄が世界に与えた影響は、大国の王の権威すら遥かに凌ぎ……しかし『導き』に今尚縋る人々の姿を目にした英雄が……孤独な少女が何を想い悩むかなどは、それこそ彼らの与り知らぬ、知る由も無い、また別の話ではあろうか。


 「仕事の依頼が入ったぜ相棒、やり方は何時も通りに宜しくな」


 酒瓶を手にして男の杯に景気良く酒を注ぐアシュレイの姿からも、これが初めての依頼、初めての仕事。と言う訳では無い事は窺い知れ、それを示す様に男の方もまた説明を求める様子は見られない。


 ギルド制度が確立されているライズワースでは、何でも屋、などと云う仕事は言わば隙間産業であり、正直に言って危険や労力に見合う実りは得られない……だからこそアシュレイは狭い地域に限定した、云わば身内の揉め事の仲介などを生業に細々と生計を立てていたのだが……。


 「やっぱコネって奴は良いもんだ、これで今年も年を越せそうだな」


 と、上機嫌のアシュレイの言葉からは、今がまだ春先である事を思えば報酬の額が察せられ、


 「余りはしゃぐな」

 

 と、見兼ねた男に咎められる。


 何処に目があり耳があるかなど分からぬこんな場所で平気で浮かれるアシュレイに男は呆れた様子を見せるが、当の本人は気にした風は無く今度は男にぬっ、と顔を寄せて来る。


 「今回は少し面倒な制約を付けられてな……まあ報酬は上乗せされるし、穏便に事が済めばどうでもない話っちゃあ話なんだがな……」


 「早く言え」


 微妙な言い回しをするアシュレイに男は身も蓋も無く、端的に問う。


 「話が拗れた場合は……まあお前さんの出番な訳なんだが……今回の相手には脅すだけで絶対に傷つけるな、って依頼人からのお達しだ」


 「どう言う意味だ」


 「だから一切刃傷沙汰は無し……簡単に言えば殺すなって事さ」


 男は理解に苦しむ……脅して済まぬから自分たちの様な人間を雇っているのだろうに、と。


 だが男は直ぐに思い当たる。


 「相手は女……いや、子供か?」


 答えぬアシュレイの態度に男の疑問は確信へと変わり……。


 「アシュレイ、お前まさか女が相手だからと言って情けを掛けるつもりではあるまいな、自分の妹と重ね合わせているのなら――――」


 「黙れ――――」


 と、男を睨むアシュレイの眼差しはこれまでとは別人が如く鋭いモノで……。


 「妹は関係無い、これは依頼人の意思だ、不服なら降りろ……俺はそれでも構わんよ」


 眼差しに怒りを湛え通告するアシュレイに、男は僅かに口元を歪ませる。


 「やらぬとは言って無い……まあ暇潰しには丁度良い」


 そう……所詮残りの生などは只の暇潰し……。


 彼の地で死んだ騎士の成れの果て……残骸に過ぎぬ今の己には……。


 だから男は焦がれ待っていた――――正しき死を告げる告死天使の到来を、終わりが齎されるその時を。


 それは妄執……或いは狂気。


 しかし男の隻眼に宿る輝きは、血に飢えた獣のソレなどでは無く……まるで殉教者が如く歪みの無い真っ直ぐなモノであった。

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