魔王と少女’S

東京水族園

プロローグ


勇者「ようやくここまで来たぜ!魔王城!みんな!準備はいいか!世界最強の俺たちの強さ、魔王に知らしめてやる!」


大盾の騎士「あぁ、準備万端だ!」


白魔導士「えぇ、いつでもいいわよ!」


勇者「よし行くぞ!」


 ダッと、勇者の一行は、巨大な城に走り出した。勇者一行は体力温存するために戦闘を避けようと考え、城の横側から突入する作戦だった。好都合なことに耕された後のような柔らかな土質で走りやすく、まさに絶好のコンディションだった。

 しかし、そこまでだった。本当にそこまでだった。目の前に城の上から高速で降下し、勇者たちの前に現れたのは、この城の主人、魔王その人であった。その姿が目に入るなり勇者たちは急停止し、すぐさま戦闘態勢にはいった。


魔王「問おう。そなたらが、噂に聞くこのガルシュド王国最強の勇者一行か。」


勇者「あぁ、そして、お前を倒す者たちだ。顔、覚えとけ。」ザッ!


魔王「そうか…」


 魔王はそう言うと、そっと息を吐いた。そして一言。


魔王「…失せろ…」


 魔王のたった一言で身体が、大気が、地面が、空間が、激しく揺れるような感覚に襲われた。後ろでばたばたと、仲間達が倒れていく………もう………意識が………




「おい聞いたか、あの勇者様一行ですら敵わなかったってよ。」

「攻撃すらできなかったって聞くぜ。」

「マジかよ。」

「今、国のえらい魔術師様たちが対策を練ってるみたいだぜ。」

 勇者一行が魔王に敗れてから一週間、国中の人々は魔王と勇者の対決についての噂でもちっきりだった。

 ガルシュド王国は現在、魔王討伐最有力候補だった勇者たちの敗北により、王国の政府は焦っていた。国を襲う魔物から解放され、平和な国を作るには、その元である魔王をどうにかしなければならない。王国政府は、国でもかなりの力をもつ六人の魔術師を集め、魔王についての研究や対策を練っていた。そして魔術師たちは、一つの解決策を提示した。勝てないのなら屈するしかない。


魔術師「魔術師会は一つの解決策に辿りついた!魔王の怒りを抑えるために魔王に生贄を捧げるのだ!」


 国は魔王に生贄を捧げる事で魔王の怒りを鎮め、国を守ろうと考えたのだ。魔術師たちの発表のあと、国から5人の少女が魔王への生贄として、集められた。そして王国騎士団と魔術師、王国の大臣数名は生贄の少女たちを連れ、魔王城へと向かった。城の前の広場に騎士団は祭壇を作り、そこに5人の少女を魔王に捧げ、祭壇に火を灯すと、城の門の前に魔王が現れた。


大臣「魔王よ!我々ガルシュド王国は、貴殿へ敬意を評し生贄を用意した!我々は貴殿にはもう手は出さない!必要ならばまた生贄を用意する!だから!我々の国への進行を止めてはいただけないだろうか!」


 大臣が叫ぶように言う。魔王は、しばらく沈黙していたが、そっと大臣の方を向くと、生贄の祭壇の前に瞬間移動した。そして、


魔王「プロテクションマジック:キングダムドーム」


 魔王は王国のある方へ手をかざし魔法を唱えた。それに対し騎士たちが身構え、大臣や魔術師は腰を抜かす。そして魔王は大臣の方に向き直し、手を下ろした。


魔王「そなたらの行い、気に入った。ガルシュド王国に防護魔法をかけた。これで魔物からの脅威は無くなるだろう。」

 おおぉ!と派遣隊の全員から歓喜の声が上がる。


大臣「ありがとうござい 「そして」

 大臣の言葉が魔王に遮られ、派遣隊が静かになる。


魔王「もう。生贄も要らぬ。十分だ。二度と城に近づくな。今すぐ立ち去れ。」

 喜びが、一瞬にして恐怖に変わり。派遣隊は一目散に逃げていった。

 それを見て魔王は、そっと生贄として捧げられた5人の少女の方を向き、「ついてこい。」と一言発するとゆっくりと城の方へ歩き出した。少女たちは涙ぐみながらゆっくりとそのあとを追った。




 城につくと私たち5人は、大きな王座に座る魔王の前に座らされ、みな涙を目に含みながら震えていた。しばらく魔王が、私たちを見たあと、魔王は紙を出し、何かを書き出した。魔王は書きながら私たちに話し出した。声を聞いた瞬間、全員がビクッとした。それを見て魔王はそっと息を吐いた。


魔王「そなたらをとって食おうという気などない。今書いているのもそなたらの両親への手紙だ。国に返してやる。名前を順番に言え。」

 魔王の言葉に驚いたがそれとともに皆んな困惑した。そして1人が震えた声で答えた。


黒髪の少女「も、も、申し訳ありません。その質問を、私たちには、お答えできましぇん。」

 魔王は書いていた手を止めこちらを向いた。


魔王「それは何故だ?手紙に名前を書きたいだけなのだが。何かを問題があるのか?」


 5人はそっと顔を見合わせた。


黒髪の少女「え、えっと、その、わ、私たちは、皆、親も名前も無く生きてきたので、手紙に書いていただく名前も、か、返していただく場所も無いので、ど、どう答えたらいいのか、わ、わからなくて、ご、ごめんなさい!」

 5人の少女は魔王の反応が恐ろしく、全員目を強く瞑り、歯を食いしばった。震えが止まらない。何を言われるか、どんな目にあうか恐怖で頭が一杯だった。沈黙は長かった。5人は恐る恐る魔王の顔を見た。



 その瞬間。全員の震えが止まり。全員が唖然とした。



 何故なら目の前の、魔王が。最強の勇者一行を威圧だけで退けた、あの魔王が。





 滝のような涙を流していたのだ。




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