3-86 子供たちはジョブに就けるレベルになりました

 現在40階層のボス部屋の前で待機中だ……中で誰かが戦闘中のようで入れないのだ。


「お兄ちゃん……なかなか開かないね?」

「そうだね……苦戦しているのかな?」


 もうかれこれ30分近く経つ……。

 俺たちが来たときには既に扉は固く閉ざされたいたので、実際は30分以上の時間が経過しているはずだ。


『ナビー、中の状況はどうなってるんだ?』

『……はい。どうやら蜘蛛の上位種がボスだったようで、何名かが糸に絡まり苦戦しているようです。ですがもうすぐ倒せそうです』


『ゲッ! ここのボスってあの蜘蛛だったのか……俺たちは素通りできるんだよな?』

『……残念ながらそうですね……上位種の蜘蛛糸欲しかったです』


『残念とか言うなよ……俺、蜘蛛は苦手なんだって……』


 糸は欲しいが、蜘蛛はダメだ。生理的にうけつけない。


「あ! 開いた!」

「リューク様、中の人は大丈夫でしょうか?」


 ルルは聖女だけあって、怪我人の心配をしているようだ。

 俺からすれば危険を承知で冒険者や探索者になった者たちなので、怪我や死亡は自己責任だと思っている。

 リスクがある分実入りは良い。危険なのが嫌なら街で普通の職を探せばいいのだ。


 中に入ったのだが、2名が白い糸でグルグル巻きになって倒れていて、それを他の者がナイフで必死に救い出そうと頑張っていた。


「なっ!? 子供たちだけでこんな階まで……」


 俺たちに気付いた探索者の1人が警戒しながら近づいてきた。


「悪かったな……この階層ボスの戦闘は初めてだったので、ちょっと手間取って時間をかけてしまった。お前たち、この先に進むつもりか? 手足の欠損してる子供まで連れて……正気じゃないぞ」


 ルルはすっと前に出て、怪我人に中級魔法の回復を掛けてあげた。


「悪いな? 幾らだ? 謝礼は払う」

「いいえ、結構ですよ。どうしてもとおっしゃるのなら聖神ベネレス様に感謝の祈りを捧げてくださいまし」


「えっ? あ! ルル様!? まさか聖女ルル様ですか!? でも、何故こんなところに!」

「あ……バレてしまいました……そういえば、あなたのお顔は神殿で何度かお見かけしたことがありますね」


 フードを被っているが、まったく顔が見えないわけではない……どうやらこのPTの回復担当は聖属性のヒーラーで、神殿によくお祈りに来ているようだ。


「ルル、そこの糸でグルグル巻きの2人は怪我の他に中位の麻痺毒を負っているみたいだよ。麻痺も治せる?」

「はい、上位の麻痺毒でも治せます。あ、勝手に治癒魔法を使い申し訳ありません! 麻痺も治してあげてよろしいでしょうか?」


「うん、いいよ」


 どうやらルルは勝手に他のパーティーを治療したことを怒られるのではと危惧したみたいだ。

 まぁ、当然だ……ダンジョン内でMP残量は最重要で気を付けないといけないことだからだ。本来いくら余裕があっても、ヒーラーはMP温存を心がけるべきなのだ。MPの無くなった魔術師や回復師ほど役に立たない者はない。MPあってこその魔法使いなのだ。


「あの……あなた様は聖女様とどういう関係なのでしょう? ルル様の態度からしてあなた様は貴族様ですよね?」


「ん? まぁ、そうだけど、今は冒険者としてダンジョンに来ているのだから気にしなくていいよ。でも、なんで自分のパーティーの回復をしてなかったんだ?」


「あ~、はい。一応最低限の回復はしてあります。でも、もうヒーラー役の俺のMPはほぼ空でして……。ボス部屋では雑魚魔獣は湧かないでしょ? 40階層のボスの再湧き時間は48時間なので、今日はこのボス部屋の前の待機部屋で野営する予定です。一晩寝ればMPは全回復しますからね」


「なるほど、高額な回復剤を使うより、MPを回復させてから魔法で治した方が安くつくってことだね?」

「その通りです。できるだけ経費を抑えて、地上に帰るのが儲かるコツです」


「じゃあ、回復剤の余裕はあるんだね?」

「……正直、予想以上に使ってしまって……結構ギリギリです……」


「俺はかなり余分に持ってきているので、何だったら分けてあげようか?」

「本当ですか!? 是非お譲り下さい!」


「下級から上級まで各種持ってるけど、何が欲しい? 各種10本までならいいよ」

「10本も! では、上級回復剤1、中級回復剤2、初級回復剤10、中級MP回復剤2、初級MP回復剤3本をこの金額でお願いします」


「あれ? 今の相場よりかなり多くない?」

「ダンジョン内では地上の3割増しから、倍額でのやりとりが相場です……今回3割増しの金額ですが、よろしいでしょうか?」


 命に係わる品だ……事前に余裕の数を持ってくるのが基本だが、想定外の事態で余分に使ってしまった際にこうやって冒険者同士でやり取りすることもあるそうで、最低3割増しの上乗せをして支払うのがマナーのようだ。


 折角ここまで下りたのに、回復剤不足で帰還するより3割増しで補給できるならその方が実入りが良いと計算したのだろう。


「ああ、この額で良い。解毒剤とかは良いのかな?」

「はい。そちらの方はかなりまだ持ち合わせています」


 そうこうしているうちに、蜘蛛の巣に巻かれていた2名が救出された。


「すまん! 思ったより蜘蛛の糸の射程があった。やっぱ実際にやってみないと分からないこともあるな。だが、このパーティーなら次はもう大丈夫そうだな」


 何かコツをつかんだのかな?


「リーダー、聖女ルル様です! そしてこのお方から、さっきの戦闘で沢山使ってしまった回復剤の補充をして頂きました」


 どうやらこの人がこのパーティーのリーダーで盾役の人だったようだ。


「聖女? 何を言っている? 神殿騎士も連れずに聖女様がこんな所にいるはずないだろうが。って子供ばっかじゃないか!? なんで子供がこんな深層域に!」


「ルル、もうフードは脱ごうか……」

「はい……今更ですしね」


「エッ!? 本当に聖女ルル様!」


 パーティー全員が両膝立ちをし、お祈りのポーズで頭を下げてルルに祈りを捧げだした……。


 やっぱこの娘って聖女様なんだよな―――



 自己紹介とかしている時間が惜しいので先に進むとしよう。


「悪いが俺たちは急ぎなんだ、先に行かせてもらうよ」

「あ、あの……あなた様は?」


「公爵家の者だ。あ、そうだ『ブルーデトックスフラワー』という花を知らないか?」

「解毒薬の素材ですね。20階以降の春エリアか夏エリアに自生していますが、採取後すぐ萎れてしまうので、あまり人気がない素材です。下の階に行くほど自生数が多く、効能や品質の良い花が咲きます」


「上級解毒剤の材料で、高値で売れるんじゃないのか?」

「新鮮な生花と萎びた花やドライフラワーだと価格が全く違うのです。花だけ持ち帰れられるのならいいのですが、土ごと持って帰らないとすぐ傷むのです。【亜空間倉庫】の容量を食うので他の物を持ち帰った方が実入りが良いのですよ。時々薬師ギルドが依頼をだすので、依頼料が発生した場合のみ、皆、採取して持ち帰ります。薬師が護衛を雇って下ってきて、現場で上級解毒剤に錬成して持ち帰ることの方が多いようです」


 現場で錬成しないといけないほど傷みが早いのか……。


「なるほどね……」

「あの……聖女様が居るとはいえ、ここより更に階下に降りて大丈夫なのですか?」


「ああ、多分大丈夫だと思う」

「多分……心配ですが、私たちがどうこう言えないですよね……47階の夏エリアの中心に泉があるのですが、その周辺で『ブルーデトックスフラワー』なら確実に見つけられると思います。綺麗な青い花なので目につくはずです」


「良い情報が聞けた。ありがとう」




 探索者たちと別れて階下を目指す。


「やっぱり変だよね……」

「ん? エリー、何が変なんだ?」


「だって、10歳前後の子供が3人に15歳ぐらいの子供が2人でも凄くおかしいのに、手足が無い子供を連れてこんな深い所に潜ってきたら誰が見ても変だよ……」


「そりゃそうだけど、人の目を気にしていたら何もできないだろ?」

「うん。でもルル様が強いのは知っていたけど……お兄ちゃんはちょっと普通じゃない……やっぱ勇者様なの?」


「ほら~! ルルが余計なこと言うから! 子供って聞いていないようで、意外とこういうことは耳ざとく聞いているんだぞ……」


「あぅ。勇者様ごめんなさい」

「ほらまた言った!」


「「ご主人様は、勇者様なの?」」


 獣人二人の目がキラキラしてこっちを見てた――


「違うぞ。そんな者には成りたくない……それより頑張って46階まで降りるよ。そこで今日は終了だ」


「「「はーい」」」



 もはや怖いとか言う者もいなくなっていた……だって視界に入る前に、ホーミング弾で倒しちゃってるからね。

 罠も事前に回避して通っているので、ダンジョン攻略の面白さは全くない。


 サリエと来る時は、ちゃんと攻略したいな。

 今回の目的はあくまで種族レベル40と、『ブルーデトックスフラワー』だ。




 魔法で狩りまくりながら46階の宿泊地点に来たのだが、レベルが上がらない。

 現在俺がレベル37、ルルもレベル37、カリーナが23、ルディが22、エリーが20だ。


 【ログハウス】を出して、今日はここまでとする。


「ヤッター! みんなこれで1stジョブに就けるね!」

「うん! ご主人様、ジョブに就いてもいい?」

「ルディもジョブに就きたいのです!」


「勿論いいよ。皆はどんなジョブに就きたいんだ?」


「私はね、魔法を使いたいので【魔術師】がいい!」


 エリーは魔術師希望か……。

 どれどれ……【詳細鑑定】で調べてみると、風と水の魔法適性があるな。


「エリーは風>水の魔法適性があるようだね。神殿で属性神様に毎日お祈りしつつ頑張れば、風魔法の方はなんとか上級魔法まで覚えられそうだよ。水の方はせいぜい中級魔法までかな」


「本当!? 私、頑張る!」


「カリーナは何かなりたいものある?」

「はい。お父さんとお母さんと同じ【シーフ】になりたいです」


「【シーフ】とか、種族的にピッタリだね。猫族って元々【忍足】とか生まれつき持ってるし、気配を消すの上手いしね。手先も器用で警戒心も強いから凄く良いんじゃないか」


「本当ですか? じゃあ、やっぱり私は【シーフ】になります」


「ルディは【剣士】になりたいです」


「ルディの両親も【剣士】だったのかな?」

「……お父さんは【拳闘士】でお母さんは【戦士】だって言ってました……やっぱり【剣士】はダメ?」


「うん? ダメじゃないよ。ルディの好きなジョブに就いていいんだよ。でもどうして【剣士】がいいの?」

「ご主人様がカッコいいのです! ルディも剣と魔法でシュッパッって倒したいです!」


「……ルディ……俺は【魔法剣士】なんだ。で、残念だけど獣人族はあまり攻撃魔法は使えないんだよ。どちらかというと、身体強化系のパッシブ特性を生まれつき沢山持っていて、君の両親のような自分の体を武器にする前衛向きの者が多いんだ」


「あぅ~……残念……」

「あ、でもルディはレア種の白狼族だから聖属性の適性があって、獣人では珍しい聖属性の回復魔法が使えるよ」


「う~ん。でもルル様もご主人様も凄いヒーラーだし……ルディの回復魔法は要らないような……」


「聖女のルルと比べたらダメだよ。もしルディが回復魔法を覚えたら、将来的にカリーナとルディとエリーの3人だけでダンジョンに入ってもいいPTになるよ。前衛と回復が使えるルディ、前衛か中間距離の遊撃で、索敵と罠などのトラップ回避や解除ができるカリーナ、後衛で魔法攻撃のエリー、もう1人盾持ちの前衛職が居れば完璧だね」


「そっか……じゃあ【剣士】になってもいい?」

「うん、いいよ。剣もいろんな種類の剣があるから色々持って試すといいね」



 ジョブに就けると子供たちは喜んでいるが、俺とルルのレベルの上りが悪い。

 帰りの時間を考慮したら、このままでは期日内にレベル40は無理っぽい。


 さて、どうしたものか――


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 皆さまご無沙汰しております。

 久しぶりの投稿となります。


 もうご存知の方もいると思いますが、本作品は第3回カクヨムWeb小説コンテストにて特別賞を頂き、2月20日にファンタジア文庫様から書籍販売されることになりました。


 現在特設ページにて試し読みができ、期間限定ですが何話かに分けて書籍の試し読み連載されています。

 加筆改稿してWeb版と違うので、宜しければ是非覗いてみてください。


 書籍版は全年齢対象になって、本筋は同じですがかなり本作と違っています。

 どうなるか不安だったので更新を暫くストップしていましたが、webの方はこのままWeb版として投稿再開していきますので、今後もよろしくお願いします。


 書籍作業で忙しく、長らく更新止まっていて申し訳ありませんでした。

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