3-21 ナナは死を覚悟したようです

 少し早目の昼食を終え、サリエとアイスを食べながらまったりしている。

 現在11:00、ナナたちがお昼休みに入るまでに1時間はあるし、午後の授業までに2時間以上ある。



 「ん、リューク様お風呂に入っていい?」


 あぁ、そう言えばサリエはおしっこかけられたんだったな。【クリーン】で浄化したけど、気分的に入浴したいよね。


「時間もあるしゆっくり入るといいよ」

「ん、リューク様も一緒に入ってほしい……」


 ん!? 珍しく一緒に入ってほしいだと?


『……どうやらサリエはマスターにシャンプーしてもらいたいようですね。マスターに洗ってもらうことによって穢れが消えると思い込みたいようです』


『それって只の気分的な話だよな?』

『……そうですね。サリエの気分的な問題です。マスターが洗ったところでかけられた事実が変わることはありません』


『身もふたもないことを……でも、断る理由はないよな。むしろなんか嬉しいぞ』



「そうだな、【飛翔】の着地失敗で土も被ったし、汗も掻いたから入るとするか。サリエのシャンプーは俺がやるからね」


 サリエからは言い出しにくいだろうと思い、先にこっちから振っておいてやる。


「ん、主人に髪を洗わせる侍女なんかいない……」


 本当は嬉しいくせに、意地張っちゃってからに。


「俺が洗いたいんだから、サリエは大人しく洗われておけばいいんだよ」

「ん、分った! お湯溜めてくる!」


 サリエは嬉しそうに浴場に走って行った。

 可愛い奴め。




 サリエと楽しくお風呂に入っているとナビーが割って入ってきた。


『……マスター、ゼノと国王のゼヨが2人で下らないことを画策中です』

『下らない事?』


『……何パターンか想定しているようですが、全て下らない茶番ですので、マスターはサラッとやり過ごして見せてください。決して真に受けて相手にしたらダメですよ。あのバカ共の思うツボです』


『事前に内容が分かっていなければ対処できないだろ?』

『……大したことじゃないのでマスターなら問題ないです。使徒の使命を気にするあまり、ゼノとゼヨの馬鹿兄弟が王命でなら何か聞き出せないかと色々画策しているようです。午後の授業をキャンセルさせて城に呼び出す気のようですね。理由付けはプリシラ救出の褒美を授けるとかで呼び出す気です。ナナとフィリアも呼んでマスターを煽るのに利用する気です』


 馬鹿兄弟って……一応この国では賢王と言われている国王様だよ。


『まぁ多少のことなら大目に見るけど、ナナとフィリアを巻き込んであまり度が過ぎるなら怒るぞ?』

『……あのバカ兄弟の考えることはどの案もホントに茶番ですので、目くじら立てずにやり過ごしてください』


 そこに父様からコールが入る。


『はい父様、何でしょう?』

『うむ、リュークよ、今日はお手柄だったな。プリシラの護衛に当たっていた騎士たちから大体の事情は聴いた』


『そうですか、駆けつけるのが間に合わず、騎士の何人かが亡くなってしまったのが悔やまれます』

『立派に役目をはたして亡くなった騎士たちの家族には、それ相当の賞恤金を国王が出すと言っている。皆優秀な騎士だけに残念なことだ……』


『賞恤金? なんですか? 初めて聞きます』

『ああ、公務で殉職した場合で特に功績が認められたときには、遺族年金と別に特別金として支払われるのだ』


 へぇ~、遺族年金もちゃんとあるのか。

 戦争とかある世界だからそんなものないとか思ってたけど、皆が騎士に憧れるのも納得だ。

 冒険者が死んでも家族には手持ちの分以外何も残らないからね。


『家族も多少は報われますね』

『ああ、それでだな。お前にも国王が褒賞を直接出すとのことで、午後から登城してきてほしいそうだ』


『ゼヨ伯父様自らですか? そこまでして下さらなくても良いと、父様の方からやんわり断ってくださいませんか?』


 ダメもとで言ってみる。2人はグルなんだから理由を付けてくるのは目に見えているんだけどね。


『自分の娘の命を助けてもらったんだ。親の気持ちを察してやれ。自らの口でちゃんと礼を言いたいのだろう』

『それもそうですね……分かりました。城には午後から行けば良いのですか?』


『王城から大型馬車を既に迎えに向かわせてある。一緒に活躍したサリエは勿論だが、久しぶりにナナとお前の婚約者の顔も見たいそうだ』


『ナナとフィリアも連れていくのです?』

『ああ、どうせナナとは挨拶に来る予定だったから丁度良いだろう。お昼をそっちで食べてから手配してある馬車に乗ってくるといい』


『はい、分かりました』

『学園の方にはこちらから連絡しておくので心配しなくていいぞ』



 通話を切ってサリエに話し掛ける。


「だ、そうだよ」

「ん、国王様か……緊張する」


 現在サリエは浴槽の中で俺に抱っこされている状態だ。

 サリエの柔肌はツルッツルのスベスベで気持ちが良い。





 現在ナナたちと合流し、王城から迎えに来ている大型馬車に揺られて城に向かっているところだ。ナナの侍女のマーレル姉妹は今回学園に残ってもらっている。ナビー曰く茶番というトラブルが起きそうだし、身内のトラブルに巻き込みたくなかったからだ。



「リューク様? 今回わたくしは何故呼ばれたのでしょう?」

「婚約者のフィリアの顔も見て見たいそうだよ。おそらく10才のあのお披露目式で会ったのが最後でしょ?」


「はい、国王様とはそうだと思います。第二夫人の奥方様とは、王都に治療のお手伝いで来た時に、友人に誘われたお茶会で何度かお会いしたことがあります」


「ナナも10歳のお披露目式以来だよね?」

「はい、社交場には出向いていませんでしたから」




 これから謁見の間に入るのだが、おかしい。王との謁見なのに武装解除しないのだ。いくら甥っ子姪っ子といえ、それは本来絶対あり得ないことだ。そのままでいいと帯剣したまま中に通された。


 ちなみに皆学園の制服で来ている。無難な正装だから一番これが当たり障りなくて良いのだ。こちらの世界でも冠婚葬祭全てこれ一着で行ける。



 謁見の間に入り、国王の座っている王座の約5mほど手前の赤い敷物が切れている位置で一旦止まり、片膝ついて挨拶を行う。


 王から見て左から家格が高い順に並ぶのが礼節としてある。

 俺・ナナ・フィリア・サリエの順で横一列に並び、俺から挨拶を行う。


「国王陛下、お招きいただき参上いたしました。ご無沙汰しております」

「うむ、よく来てくれた。楽にしていいぞ、今は身内しか居ないのでな」


 謁見の間には確かに身内しかいない。あくまで見える範囲ではだが――


 国王のゼヨ・父様のゼノ・第二王子のゼクス・第三王女のプリシラ・宰相のスピニエルの5人だ。


 ん~、ゼクス君か~中々の男前だ。系統でいえばカイン兄さんと同じだな。カッコいいとかハンサムとかの古臭いがそういう古風なタイプだ。でもこの世界ではそういうのが持てるのだ。俺のような女顔でなよっちそうなのは、母性や庇護欲はそそるが、大モテはしない。


 フィリアに気があるとかいってたな、確かにチラチラ見て頬を薄っすら染めてやがる。フィリアもちょっと気になっているのか、視線を送って観察しているようだ。


 【気配察知】があるのでかなりの精度で分かってしまうから、こういう時にはイラッとしてしまうな。


「では、ゼヨ伯父様とお呼びしますね」

「ああ、それでよい。今日はプリシラを助けてくれてありがとう。俺も飛竜で駆けつけたのだが、間に合わず危うく娘を亡くすところだった。本当に感謝する」


「いえ、どういたしましてです。皆を紹介しておきます。ナナ……」

「はい。ゼヨ伯父様お久しぶりでございます。足のせいもあって王都に来ることもなかったので、10歳の時以来です」


「おお、ナナは美しく育ったな。ゼノも嬉しかろう。足も治るそうで何よりだ」


「で、隣が僕の婚約者のフィリアです」

「お初にお目にかかります。リューク様の婚約者のフィリア・E・ラッセルでございます」


 フィリアも10歳のお披露目式で会っているが、子爵家の娘が会話することなど滅多にない。挨拶として初めましてで正解だろう。


「ほぅ! これは噂にたがわぬ美しさだ……」


『……マスター、少し事情が変わってきました。ナナとフィリアの美貌が予想以上に美しかったので、ゼヨが少しよからぬ計算を始めました』


『ん? 茶番で終わらなくなったってことか?』

『……茶番には違わないですが……本気が混じったってことです。お気を付け下さい』


「最後に、今回の功労者の僕の専属侍女のサリエです」

「ん、お初にお目にかかりゅますしゅ。侍女のサリエ・E・ウォーレルです」


 サリエ緊張して噛んじゃったのね……。


「聞いて思っていたより小さいな。その成りでカリナ隊長より強いとは大したものだ。サリエ、今日のことは感謝する。其方らの加勢が数分遅ければプリシラ含め全員死んでいたと隊長が言っている。良く助けに行ってくれた、ありがとう」


 王自ら子爵家の娘に頭を下げて礼を述べたのだ。本当に感謝しているのが伝わってくる。


『ナビー、ゼヨ伯父さんに悪意なんかなさそうだぞ?』

『……甘いですね。一国の王なのですよ、したたかでないと務まりません。すぐに仕掛けてきますよ』


「帰りに、リュークとサリエには宝物庫から希望の品を何か見繕って授けよう。ところでゼノ? ナナはいいお年頃だが、まだ婚約者が決まっていないそうだな?」


「ん? まぁ、そうですね……」


『……ほらきた! ゼノも打ち合わせと違うので戸惑っているみたいですが、やることは同じなのでおそらくゼヨの話に合わせてくるでしょう』 


「うちの娘はプリシラ以外は4人とも嫁ぎ先が決まっていてな。プリシラは目が悪いし、貴重な1級審問官の資格を持っているのでそうそう嫁がせるわけにもいかないのだよ。隣国の公爵家の嫡子が我が国との縁を求めて来ておってな。ナナの足も治るのならば、丁度良い縁談になると思わないか?」


『なるほど、結構本気だな。さて父様はナナの気持ちを知っているからどう出るかな?』

『……ゼヨに話を合わせると思います。本来の目的はマスターを少し煽ってみて、どう反応するか見るための茶番だったのですから』


『俺がどう行動するか見るため? 何のために?』

『……国外逃亡未遂犯がそれを言いますか……』


『うっ。そういうことか……何やら力を得た使徒である俺が、国外に行かれると困るんだな? その意思がまだあるかないかと、王命に従うかどうかが知りたいってところか?』


『……その通りです。ですが二人の美貌を見てちょっと本気で手に入れようと欲を出したみたいですね』


「兄さん、ナナの縁談ですか? ちょっとそれは即答しかねます」


「何を言っているのだ? 隣国との縁を結ぶ良き婚姻だ。国の為、領民の為だ」

「お待ちください! わたしにはお慕いしている方がございます! その方以外と結婚するつもりはございません」


「ん? 公爵家の娘がなに我が儘を言っておるのだ? ゼノ、お前の家ではどういう躾をしているのだ? 婚姻は公爵家の子女としての大事な務めだろ? その為に民は税を納めその歳になるまで贅を尽くしてお前を養ってくれているのだ。お前の身は税を払ってお前を養ってくれている民の為に使われるのが道理だ。貴族の婚姻に自由はないと知れ。家格が高ければ高いほど責務は大きいのだ」



 ナナは何も言い返せなくなってしまい、ボロボロ涙を流しながら俺を見ている。


 ゼヨの言ってることもこの世界じゃ間違ってないのかもしれないが、現代日本育ちの俺からすれば、親が勝手に決めるとか『何言ってんの?』ってな感じだ。ましてやこいつは伯父であって親ですらない……マジでイラっとする。


 昔の日本もこんな感じだったらしいけどね……。


『……あ~あ、マスター、ナナが死を決意したようです』


 ハァ、何だかな~。面倒なことこの上ない。

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