3-12 マームは生活が厳しいようです

 お爺様と別れて、サリエとこの後空いた時間何しようかと話しながらメイン通りを散策中だ。


「ん、狩りに行きたい!」


 うちの侍女は、色気も何もない……可愛い声で狩りを御所望です。

 俺のこと好きって言ったのに、普通ここはデートでしょ!

 2人きりなのだからショッピングだとか、劇場なんかも王都にはあるはずだよ?


「え~と、デートとかじゃなくて、狩りがしたいの?」

「ん、狩りデート! リューク様との狩り楽しい!」


 狩りデート!? 日本ではない新語が聞けた……サリエが楽しいなら良いんだけどね。そう言えば、エルフもピグミー族も根っからの狩猟民族だったな。狩りとか本能的に血が騒ぐのだろうか?


 とりあえずギルドに行ってみることになり、メイン通りをギルド方向に向かって歩いていたら、見知った顔に出会う。


 服屋からしょんぼりした感じのクラスメートが出てきたのだ。


「サリエ、あの娘うちの班になった娘だよな?」

「ん、リューク様がちょっと強引に誘った娘。名前はマーム」


「そうそう、マーム」

「ん、自分で誘っておいて名前忘れてる。マーム可哀想」


「なんか元気ないよな? どうしたんだろ?」

「ん、声掛けてみれば分かる」


「マーム!」

「ヒャッ!」


 テクテクと歩いてる彼女に後ろから声を掛けたら、凄く驚かれてしまった。


「悪い、びっくりしちゃった?」

「あ! リューク様! ご、ご、ごきげんうるわしゅうございましゅ」


「ひゃははは、マーム何言ってんだ!」

「ん、面白い娘!」


 どうやらいきなり公爵家の俺に声を掛けられて、緊張しまくって自分でも何を言ってるのか分かんなくなっているようだ。


「あぅ~」

「マーム、普通にして良いんだよ。同じ班員なんだからね。で、何かあったのか? そんなにしょんぼりして……」


「え? あ~いや~」

「ん、リューク様にちゃんと話す」


「いや、言いたくないことなら言わなくていいよ」


 話を聞くと、どうやら彼女は学園が始まって初の休日ということで、昨日からアルバイトを探していたようだ。


 だが1日半歩き回り、あっちこっちの店に入ってアルバイトを探しているが全て断られている。なかなかマームの提示する条件に合う店がないそうだ。



 彼女の希望する条件は


 ・平日は授業が終えた後の17時~19時までの2時間

 ・休日は朝からできるだけ沢山

 ・試験中は休みをもらいたい


 正直こんな条件じゃ中々ないと思う。

 17時~19時とか丁度夕食時の時間なので飲食関係ならありそうな気もするが、実際大変なのはピークタイムを過ぎ、客が帰った後の洗い物や後片付けなのだ。せめて20時まで働けるなら良いのだが、学園の門限が21時までなのでギリギリか間に合わなくなってしまう。それにマームは器量は可愛い顔立ちだが、人並み以上ではない。看板娘とかで雇う程度でもないので、若くて経験がない娘より専業主婦の若妻の方がパートタイムでは優遇される。何せこの世界の婚期は10代が基本なのだ。若くて綺麗な人妻は沢山いる。



 だが、もっと大事なことがある。


「マーム、アルバイトとか班員に黙ってしちゃダメだろ」

「えっ!? どうしてですか? 私、直ぐにでもお金を稼がないと、結構ピンチなのです!」


「班を組んだ時に狩りやレベル上げに行くと言ったよね? 来週の休日にレベル上げを兼ねた狩りに誘うつもりなんだけど、アルバイトとかしてたら行けないだろ? うちの班じゃマームが1番レベルが低いから1番レベル上げしなきゃいけないんだよ?」


「はい、その時にはご迷惑おかけします!」


 そう言って何度も頭を下げるが、別にレベルが低いのは仕方がないことなのだ。貴族と違って庶民がレベル上げに街を出ることはない。一生街から出ない者も沢山いるくらいだ。それほど街の外は危険なのだ。


 一般住民が魔獣を倒してレベルを上げるには冒険者を雇う必要がある。最低でも3人。命の危険が伴うような仕事なので、1人に最低3万ジェニーはいるだろう。1日雇うのに約10万ジェニーかかってしまうのだ。貴族や儲かっている商人でもない限りそこまでしてレベルを上げたりする余裕のある者はいない。


 学園に通っている貴族の子たちは最低限の嗜みとしてレベル15以上にしてきている。足の悪いナナですら、俺たちのレベル上げの時に同行してレベル17まで上げている。騎士に守られてのパワーレベリングだったけどね。


 レベル20にしてジョブまで取ってきている者も結構いるくらいだ。種族レベルが10以上ないと初級魔法を習得できないという理由もあるし、レベルが低いと魔法習得に時間もかかるのだ。


 習得に時間のかかる理由は簡単だ。

 レベルが低いイコール基本パラメーターが低いということだ。

 知力・精神・MP量が低いのは魔法科の生徒には致命的だよね。なにせMP量が少ないと数撃ちの練習ができず、熟練度が上げられないのだ。


「マーム、種族レベルが低いと色々習得にも時間がかかるし、防御力も低いので怪我もしやすくなる。貴族は嗜みとして最低15までレベルを上げてきているが、庶民はそうもいかないだろ? マームのレベルは今幾つだ?」


「私は12しかないです……ごめんなさい」

「謝る必要はないよ、それが普通なんだから。でもそのままだとどんどん授業でも置いて行かれるよ? 僕のMPは今3576あるしサリエは3978もあるんだよ。マームはそれよりかなり低いでしょ?」


「はい……」

「MP量が少ないと、俺たちが数百発撃って練習できるのに対して、マームは数十発で打ち止めになる。日毎に熟練度に差がでるよ」


 マームはしょんぼりとなってしまった。


 まぁ俺たちはちょっと異常なんだけどね。授業で置いて行かれるかもという危機感を持ってほしいから、ちょっと煽ってみたんだよね。実際進級試験に合格できなくて学園を去る一般生徒は貴族と比べたら格段に多い。


「とにかく、パーティーを組んだ以上皆に黙って行動しちゃダメってこと。勿論毎週必ず参加しなきゃダメだとかそういうんじゃないよ。月に1回は話し合って、皆で行ける週を確保するつもりだったけど。そういう話し合いとかまだ何もしてないよね?」


「ん、お金は大事。ないと不安になる。マーム、余裕ないの?」

「はい、手持ちはもう3万ジェニーしかありません。なくなるまでにお仕事を探すつもりでした」


「ん、リューク様。今から狩りに行く。それで解決!」

「確かに手っ取り早いけど。マームの今の格好は冒険者と言うより、村娘……とても狩りに行く恰好じゃないよね」


「ん、私が貸してあげる。先行投資。武器と防具を買う」

「そんなの、ダメです! 班内での貸し借りはしてはいけません!」


 金の切れ目が縁の切れ目という言葉があるが、俺もあまり貸し借りは感心しない。ちゃんとそういうことを理解しているマームは好感が持てる。


「今回は仕方がない。班長として立て替えてあげるよ。どうせ今日1日で使った分は回収するしね」 


 強制的に武器屋と防具屋に連れて行き、初心者用の冒険者装備一式を買い揃えた。


 ・武器:鋼のショートソード ジャンク品3万ジェニー

 ・革の胸当て        ジャンク品2万ジェニー

 ・インナー         3枚で1万5千ジェニー

 ・革のパンツ        2万5千ジェニー

 ・剥ぎ取り用の鋼のナイフ  ジャンク品1万ジェニー


 合計10万ジェニー丁度だ。これに剣帯用の革のベルトをサービスで付けてもらった。


 勿論マームに渡す前に俺のオリジナル魔法の【リストア】で新品状態にしてあげている。素人の彼女にはジャンクとか新品とかさっぱり分かってないようだし、黙ってたら何が起こってるのかすら分からないだろうと思う。あれよあれよと10万もの借金を作られてしまったマームは半べそ状態だ。


 でも本当なら新品を買うと軽く50万は超えるんだよ。

 買った物を装備させてから冒険者ギルドに連れて行き、冒険者登録をさせる。


 依頼ボードは今回見ない。常時依頼が出ているオーク狙いだからだ。


『ナビー、王都の近くにコロニーはないか?』

『……マームの足で2時間ほどの所に30頭ほどのコロニーがあります』


『小さいけど初戦なら丁度いいかな。オークが30頭だよね? ゴブリンとかは?』

『……はい、オークが30頭です。ゴブリンは13頭しかいませんね。他にコボルドが3匹います。リーダーはオークナイトですね。他の上位種はプリーストが2、ソルジャーが2、アーチャーが3です。小さい割に上位種が多いです。これから一気に数が増えそうなコロニーですね』


『増えてから狩りたい気もするけど、ここから2時間の所じゃ誰か犠牲者が出てもいけないしね。日が暮れる前に急いで行ってくるかな』




 街の門を出てから、ざっと行先を告げる。


「マーム、今日はオークを狙うね。大体2時間ほど歩くから頑張ってね」

「2時間ですか!? ハイ、頑張ります」


 【身体強化】なしで往復4時間はかなりきついだろうと思う。マームにヒールを入れながら90分で目的地に着いた。マームはかなり頑張って歩いたようだ。村出身と言っていたが、町娘よりは健脚のようで安心した。


 マームのレベルが低いので、常時パッシブ魔法を切らさないようにかけている。

 万が一弓矢が急所にでも当たったら即死しかねない。


「あの、リューク様! オークが一杯います!」


 みたらマームちゃんガクブルです。失禁しそうなレベルで震えちゃってます。

 西門を出て街道を5kmほど歩き、そこから森の中を2km入った場所なのだが、途中でスライムやホーンラビットを何体か狩っている。その時は平気な顔をしていたから心配していなかったのだが、乙女の敵のオークの集団はかなり怖いようだ。


 対照的にサリエは今にも飛び出していきそうなほど喜んでいる。


「サリエが狩りたい? それとも僕がやる? どっちかがマームの護衛だよ」

「ん、私が狩りたい! リューク様はマームのお守り」


 まぁ分かっていたけどね。


「マームも剣だけは一応抜いて構えておいてね。サリエ、先にプリとアーチャーは僕が仕留めてあげるから、サリエは魔法なしで行っておいで」


「ん、分かった!」


 【無詠唱】だが、【多重詠唱】はしないで、プリーストを先に仕留め、順次アーチャーを3頭狩って俺の分は終了だ。


 こちらに1頭犬型のコボルドが走ってきたので【魔糸】で捕える。


「マーム、殺生はできる?」

「はい、村育ちなので。兎ぐらいは殺して捌くことができます」


「じゃあこのコボルドに剣で止めを刺してみて」

「はい、エイッ!」


 心臓付近を躊躇なく一突きだった。

 オークも1頭捕らえて、首を落とさせてみたがマームは問題なく人型も殺せるようだ。

 マームは身長は153cm、体重も43kgしかない。小さめの体を目一杯使って剣を振り回している。

 お父さんにでも教わったのかな? 決して上手ではないが、剣に初めて触れるってな感じでもない。



「ちゃんとマームが魔獣を殺せてよかったよ。もしできませんとか言ったら、流石にうちのパーティーには要らないしね」


「私、このままリューク様の班にいても良いですか?」

「ああ、勿論だよ。マームが頑張ってる限りは見捨てたりはしないよ。でも、すぐに諦めたりやってもいないうちから無理だと決めつける行為は僕は嫌いだから、そういうのはしないように気を付けてね」


「はい、一生懸命頑張って勉強もします。あの、今後人も殺せないとダメでしょうか? 冒険者なら必ず殺人はしないといけないとお父さんが言ってました」


「Bランク冒険者の試験にそういう項目があるようだけど、僕たち学生はギルドランクを上げるのが目的じゃないから、殺人はやらないよ。もし今日のように街の外に出ていて、盗賊なんかに襲われてしまった場合に殺さなきゃならない場合がひょっとしたらあるかもだけど、こちらから積極的に殺すとかないから。基本今後はダンジョンで稼ぐのが良いかな。オーク狩りはお金になるけど、今日みたいに必ず発見できるとは限らないからね」


「良かったです。魔獣なら平気で殺せますが、人はちょっと私は殺せないかもです」

「もし、盗賊が襲ってきたとしても、マームは自分の身を守るのに専念すればいいよ。盗賊の相手は僕たち貴族がやるからね。その為に領民は税を払ってるんだしね」


 そうこう話してる間にサリエが帰ってきた。


「ん、終わった」


「サリエ様、お疲れ様でした」

「お疲れ、サリエは狩りになるとイキイキしてるね」


「ん、凄く楽しい!」

「サリエ様、凄くカッコ良かったです!」


 褒められたサリエはなんか嬉しそうだ。ない胸を張っている。

 顔は相変わらず前髪で見えないがドヤ顔してそうだ。なんか可愛い。



「時間もないし、水分補給とトイレ休憩だけしてさっさと血抜きしようか? マームは兎の解体はできるんだよね?」

「はい、オークもできます」


「全部解体する時間はないから、血抜きしてる時間に魔石の抜き取りと兎だけ解体しようか」


 まず、俺がオークを逆さに吊っている間にゴブリンとコボルドの魔石をサリエとマームで抜き取る作業をする。兎は小さいのでオークより先に血抜きが終えるので待ち時間に3匹解体し終える。兎の解体が終えるころにはオークも血抜きが終えている。効率よくやれば1時間ちょっとで作業終了だ。


 だが、現在もうすぐ17時がこようとしている。日が暮れると閉門されてしまう。


「ちょっと時間がないので、マームを背負って帰る」

「エッ!? リューク様、流石にそれはダメです。リューク様にそんなことさせられません!」


「だから時間がないんだってば! 日が暮れると閉門される。そうしたら何の野営道具もなしに外で野宿だ。時間がないからさっさとおぶさるんだ」


 公爵家の者だと門番に話せば、俺達なら閉門後も入れてもらえるだろうが、こんなことで家の名前を出すわけにはいかない。


 ナナには少し遅くなるとメールを入れ。食事を1食分多く頼んでおいた。勿論マームの分だ。


 森の中は流石にマームが怪我しないように慎重に進んだけど、街道ではサリエと爆走した。20分ほどで門に着きましたよ。チーターもびっくりです。マームは涙目でぐったりしてたけどね。


 ギルドに立ち寄り、コロニー討伐の報告と、オークの解体と魔石の買取をしてもらう。王都もフォレスト同様、肉が不足していて大変喜ばれた。フォレスト領より2割ほど肉が高く売れるようだ。人口が多い分、肉の消費量も多いのだろう。ダンジョン産より、フィールド産の肉の方が美味しいそうで……その分買取価格も良いそうだ。



 ギルドの預かり証を受け取り学園に戻った。

 明日の昼には解体も査定も終えているとの話なので、授業終了後にマームも連れて一緒に受け取りに行くことにした。



 お腹がすいたな……とりあえず夕飯だ。

 遠慮というか、ビビッて貴族寮にくるのを嫌がるマームを、ちょっと強引にナナの部屋に連行して夕飯を一緒に食べるとしますかね。

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