3-5 ミハエル先生の転換日となりそうです
バカ親父のせいで先生には本当に申し訳ないと思う。20年も前の話だが、それだけに重い。この先生は20年も想い苦しんだということなのだ。報われない。
「学園長、今回の件は双方和解ということで収めてください。この後2人だけで話がしたいので席を外してもらえますか?」
「何か事情があるようだの? いいだろう、言っておくがあのスキルは今後禁止だぞ?」
「了解です。お手数をおかけしました」
「ふむ、ミハエル先生も今後はあのような言はせぬようにな」
「はい、申し訳ありませんでした」
俺の土下座謝罪のことを特に追求してくることもなく、学園長は席を外してくれた。
「サリエも悪いけど席を外してくれ」
「ん、でも外で待機してる」
「ああ、それでいい」
現在生徒指導室には、ミハエル先生と俺の2人だけだ。
「あの、フォレスト君。本当にごめんなさい、ちょっとイラッとしてて。もう今後このようなことは絶対しないので許してください」
「いえ、僕の方こそ勝手な憶測で先生を判断していたようでごめんなさい。もうある程度の事情は把握しましたので、単刀直入にお聞きしますね。先生は未だにゼノ父様のことが好きなのですか?」
先生はゼノの名が出たことと、好きだと聞かれたことにかなりの動揺を見せている。
「あの、質問の意図が見えません……」
「先生が学生時代にうちの親父と同じパーティーになり、遠征授業での1位祝いの打ち上げの時に関係を持ったにも係わらず、ヤリ捨てされた件のことです」
少しストレートすぎたかもだが、先生にはこのくらいで言った方がいいと思う。
「なぜあなたがそのことを知っているのですか? まさかゼノ様がおしゃべりになったのですか?」
「親父は何も言わないですよ。むしろ忘れていると言っていいでしょう」
「そうですか……」
俺の「忘れている」発言でもの凄く悲しそうな顔をした……やはり未だに想いが強いようだ。
「先生にお聞きします。このままで良いのですか?」
「今更です……こんな歳になってから騒がれたら、ゼノ様にご迷惑が掛かってしまうだけです」
「先生が良いのであれば、僕は何も言いません。ですが、これが最後だと思い少しだけ言いますね。当時先生が勇気を出して父様に結婚話をすれば、第二夫人として違う人生を歩んでいたと思いますよ。ナナの母親ですが、商家の平民の娘です。ですが皆と同じように奥さんとして扱っています。母親3人とも仲も良く、とても幸せそうです。先生は発言しないことによってその権利を自ら放棄したのです。うちのバカ親父が悪いのですが、1割くらいは先生にも非はあると思います。当時勇気を出してバカ親父に責任追及するべきだったのです」
「そんなことは言われなくても分かっています!」
「もう一度お聞きします。先生はこのままで良いのですか?」
「ですが、今更何て言うのですか! 20年も前の責任を取ってくれとでも言うのですか!?」
「先生が想いを捨てきれず、まだ未練があるのでしたら僕が協力します」
先生は俺の方を見つめて、どうして良いのか分からないといった風だ。
「第二夫人のセシア母様は今35歳なのですが、病気で子供ができなくて悩んでいました。最近それが改善され、今子作りに励んでいます。先生と3歳違いですが、魔素の循環が良いのでしょう。優秀な魔術師は老化が遅いとよく言われますが、先生も20代で通用するぐらい若々しいですよね? 先生は父様との子供ほしくないですか?」
「欲しいです! でも、今更」
「また勇気を出さず、下らない遠慮をして幸せになるチャンスを逃すのですか? 今回で最後だと思ってください。この機会を逃せば、今後先生の想いは一方通行で終わりです。進展はないでしょう。待っていても何も起こりませんよ? 妥協して気のない違う男と結婚しますか?」
「私は……どうしたら良いのか分かりません」
「じゃあ、聞き方を変えます。もしうちの父様と結婚できるとしたらしたいですか?」
「したいです! ずっと想って過ごしてきました! でも、今更こんなことを言えば迷惑が掛かってしまいます!」
「くだらないですね。父様はマリア母様を手に入れるためにかなり卑怯な手を使って手中にしました。先生は迷惑が掛かるとかで、諦められるくらいのものなのですか? 20年経っても忘れられず、想いを募らせ未だに独身でいるのじゃないのですか?」
「結婚したいです……彼の子供がほしいです」
先生は想いが弾けたようにシクシク泣き出した。
俺はマリア母様にまず断りを入れる。
「母様、今お時間宜しいですか?」
『ええ、いいわよ? どうしたの?』
「そこに他の母様たちは居ますか?」
『ええ、3人でお茶しているところよ?』
「丁度いいですね、会話をオープン会話ににしてください。実はですね――」
事の発端を詳細に順序良く説明した。
『女の敵ね! 分かりました。ゼノは私たちで折檻します。リュークは私たちにどうしてほしいのですか?』
「ミハエル先生は、迷惑が掛かるとずっと想いを胸に独身を通してきたようですが、ラエルの件があった僕にしてみれば、くだらないとしか言えません。僕を殺してでもフィリアがほしいと願ったラエルの方が理解できるほどです。でも、このままなのも可哀想ですので、母様たちの仲間に入れてあげてください」
『私にも少しは責任があるのかしら?』
「マリア母様にこれっぽっちも責任はないですよ。バカ親父が全面的に悪いのです。人のフィアンセに横恋慕した上に略奪したあげく、本来娶らなければいけない相手を何も言ってこないからとヤリ捨てたのです。クズ男です!」
『その彼女の想いは本物なのね?』
「ええ、20年経った今も男性経験はその1回きりで、想いを募らせ未だ独身です」
『今晩その方をうちに連れてこられるかしら?』
先生の都合は良いようだ。
「はい、大丈夫なようです」
『では、ナナも一緒に連れていらっしゃい。その方を迎え入れる前提で家族会議をいたしましょう』
「了解しました。カイン兄さんは僕がテレポで迎えに行ってきますね」
『そうですね。カインもそろそろザイルの村に着くころでしょう。ゼノは現在公務で登城していますが、夕飯までには帰ると少し前に連絡があったので、帰ってきたら逃げないように確保しておきます』
先生は最初急展開に戸惑っていたようだが、マリア母様の『迎え入れる前提で』という言葉を聞いて腹が決まったようだ。
俺はカイン兄さんに連絡し、ザイルの村の神殿で待機してもらった。
「フォレスト君、ありがとう。正直ゼノ様に拒絶されないか怖いですが、少し勇気を出して、奥方様たちに受け入れてもらえるようにお願いしてみようと思います」
諦めかけていた恋に望みがでてきて、先生にも少し勇気がでたようだ。
ミリム母様の実家で、大きな長テーブルに現在父様以外の家族が集まっている。
上座に俺と先生が座り、右側に母様たち3人が、左側にカイン兄さんと妹のナナが座っている。
粗方の事情説明も終え父様待ちの状態だ。
父様抜きの家族会議での結論を言おう。
ミハエル先生は第三夫人として受け入れることになった。
マリア母様とセシア母様は怒り心頭だ。貴族でないミリム母様はピンとこなかったようだが、伯爵家の息女の処女を散らしておいて、責任を取らず放置したことを許せないという訳だ。
やっと帰ってきた父様は、何も知らされず執事に連れられて俺たち家族がいる部屋に誘導される。
「ただいま~! 今帰ったよ! 皆で集まって待っていてくれたのかい!?」
父様は嬉しそうに入ってきたのだが、嘗ての同級生のミハエルさんを見つけて硬直する。そして、重い場の空気をいち早く察知して、警戒態勢に入る。
「お帰りなさい父様、なんとなく把握したようですが、そこにお座りください」
下座の質素な木の丸椅子に座らせられるが、父様は文句も言わず大人しく掛けた。
「あなた、ここでどういう家族会議が行われたか、察しの良いあなたならもうお分かりですよね?」
「ああ、ロッテとリュークが上座に座って家族全員が集まっての会議となったら、俺の過去の過ちについてだな?」
カイン兄さんがすっと席を立って父様の方に歩み寄った。
「父様、過ちとはどういうことです?」
「私は嘗て彼女に手を出しておきながら、マリアを見初めてしまい、何も言ってこなかったロッテを見捨ててしまった」
それを聞いたカイン兄さんは父様を思いっきり殴り飛ばした。
父様は椅子ごと後ろに引っ繰り返ってしまう。
「ミハエル先生、一発でお許しください。先生に手出ししたこと自体を過ちだと言ったのなら袋叩きにしたのですが、見捨てたことを過ちだと言うのならこれ以上は殴れません」
「兄様! かっこいいです!」
「カイン兄様、素敵です! リューク兄様の次に素敵です!」
ナナの一言で全て台無しである……。
「父様、兄様が先に殴ったので僕は何もしませんが、気持ちは同じです。ミハエル先生は殴らないでしょうから、代わりに兄様が殴ってくれたのです。まぁ、兄様の意図をちゃんと理解して逃げずに無抵抗で殴らせた父様もカッコ良かったですけどね……」
「ふむ、なかなか良いパンチだった。怪我をしない程度の最大威力での顎へのクリーンヒットだ。まだクラクラしている」
兄様は、父様を起こして自分の席に戻る。
「リュークが連れてきたのだな? だが、ロッテは一生何も言わずに過ごすものと思っていたのだが?」
「そうですね、先生は僕が連れてきました……少し先生とトラブルになりまして、僕の勘違いで泣かせてしまい、見兼ねた女神様が父様のことをチクッてくれたのです」
「なっ⁉ 俺の過去の醜態を言ったのはロッテではなくアリア様なのか!?」
「いえ、違う女神様ですけど、その辺は秘密です。ミハエル先生があまりにも可哀想だと同情した女神がいたということです。で、父様はこの後どうなさるつもりですか?」
父様が席を立ったのでミハエル先生に謝罪するのかと思ったのだが、向かった先は母様たちの所だった。
「マリア、セシル、ミリム、ロッテを新たな妻として迎え入れたい。ミリムの時にこれ以上は嫁を増やさないと約束して於いてなんだが、彼女だけは許可もらえないだろうか?」
父様は、母様たちに頭を下げて懇願する。
「もう3人での話は付いています。今回は仕方がないので許可してあげます。ですがこれ以降はチョッキン刑にしますからね!」
「うっ! 分かった……浮気はしないと誓おう、ありがとう!」
母様たちから許可を得た父様は、ミハエル先生の側にいき、深々と頭を下げた。
「ロッテ、今更だが済まなかった。改めて言わせてもらう、許してくれるなら俺と結婚してくれないか?」
先生は手で顔を覆い泣きながらこう答えた。
「はい! 嬉しいです! その言葉を20年お待ちしておりました! 不束者ですがよろしくお願い致します!」
う~、泣けてくる……先生もっと怒れよ!
その後こまごまとした話し合いがされる。
父様は明日の朝一番でミハエル家へ先生を嫁にもらう為に挨拶に向かうそうだ。
教師職は俺が卒業するまでは辞めないそうで、俺の卒業と同時に退職して子供がほしいとのことだ。
式は夏休みに行うことになるようだ。
「最後に僕から報告があります。セシア母様おめでとうございます! まだどっちか分からないですが、僕に弟か妹ができたようです」
「本当ですか? リューク、嘘じゃないですよね?」
「ええ、ですがまだお腹に宿ったばかりで不安定な状態です。できればあまり動かず安静にしていてくださいね」
「ええ! 勿論です!」
「おめでとう、セシア! 良かったわね!」
「セシアおめでとう! 私ももう1人ほしくなっちゃった!」
「ありがとう、マリア、ミリム、ミリムももう一人産めばいいわ。一緒に育てましょ」
「それなら、私ももう1人産もうかな……リュークが居れば高齢出産でも安泰だろうしね」
母様たちが盛り上がっているが、父様も子供ができたのは嬉しそうだ。
先生が俺の側にやってきて、お礼を言ってきた。
「フォレスト君、長いこと想い描いた夢が今日叶いました。ありがとう」
「ロッテ先生、家族になるのですから、リュークと呼んでくださいね」
「それもそうですわね……リューク君、これからもよろしくね!」
とてもいい笑顔だ! 先生ご馳走様、こっちまで幸せな気分になったよ。
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