逃避行
2-1 自分の存在価値を見いだせず逃げ出しました
サリエは最初風呂から俺を追い出そうとしていたのだが、俺の様子が少しおかしいのをいち早く察知したのか、ぶつぶつ言いながら一緒に入ってくれた。
「ん、リューク様何かあった?」
浴槽の中、2人で浸かっているときにサリエが話しかけてきた。
中身が別人なんですとは、流石に言えない。リューク君の記憶と融合している俺はリューク君に言わせれば自分なんだと言っていた。リュークとして7日しか過ごしていない俺にはなんとなくしか実感できないが、言っていることは分かる。
その人の今の性格や人格といわれるものを形成しているのは、これまでの経験や選択などの積み重ねによるものだ。辛かったこと、悲しかったこと、嬉しかったこと、楽しかったこと、それらによって形成されていると言ってもいい。つまり記憶をそっくりそのままトレースしたら性格も似てくるのだと思われる。
30年龍馬として生きた彼の結論だ。『僕は僕であってあなたでもある』
確かにリュークは俺の中にいる。『俺は俺であって彼でもある』
俺がなぜ頑なにアリアの話を聞かず、死を望んだのか。
理由なんて実に単純だ……不安で不安でしょうがなかったのだ。死がすぐ身近にある世界で生きていくのが怖くて仕方がないのだ。
何より勇者として世界を救えとか……自分を殺そうとしたラエルですら殺せないのに、人の命まで守ることなんか俺にできるとは思えないのだ。
魔獣とならこれからも多分戦える。だが女神アリアはきっともっと恐ろしいものと対峙させようとしている。
主神の神がもう駄目だからと異世界人に助けを求める事態なのだ。目の下に隈ができるほどのことだ。関わって痛い思いや怖い思いをするくらいなら、俺はいっそ楽に死を選ぶ。悪いが俺には英雄願望も勇者願望も聖人願望も一切ないのだ。
俺の心は弱い、今もサリエに逃げている。
ベッドで1人でいたら不安になるので、風呂場まで押しかけてサリエに甘えているのだ。
創主様にもリュークとして生きろと言われて、中身が別人なのを本当は俺自身怖くて誰にも言えないのだ。俺という存在が否定されるのが怖いからだ。もしフィリアたちに今の俺を否定されたらと思うと、とても怖いのだ。
7日だけならとごまかして過ごしてきたが、この後フィリアやナナに会うのが怖い。中身45歳が何とも情けないが、不安で仕方がない……いっそ楽になりたいと思うほどに。
「サリエ、ちょっと僕不穏になってるかもしれない。甘えちゃって悪いんだけど、ちょっとだけ一緒に居て」
「ん、でも何かあったのなら、言ってくれないと分からない?」
「うん、凄く生きるのが不安なんだ。いっそ死んでしまった方が楽なんじゃないかと思えるくらいにね……」
「ん!? ダメ! 死んでしまったらお終い! 甘えても良いから死んじゃダメ!」
「うん、今は大丈夫。サリエの匂いを嗅いでたら凄く落ち着いてきた」
「ん、いつでも嗅いでいい! リューク様なら嫌じゃないからいい! でも知らない娘にはやっちゃダメ!」
「別に匂いフェチとかじゃないから知らない娘の匂いを勝手に嗅いだりしないよ」
「ん、ならいい」
「ナナやフィリアには内緒だよ。この間のようにチクッたらもうサリエに頼ることもしないからね」
「ん、もうチクッたりしない! あの時はナナ様が怖くて……」
俺がこうやってサリエに甘えて現実逃避していた頃、例の部屋に残っていた2人はこんな会話をしていたようだ。
「創主様、お手数をおかけしてしまい申し訳ありません」
「ふむ、気にするでない」
「ですが彼をただ放置されては、私が困るのです」
「アリアは分かっておらぬな、あやつはあれでよいのじゃ。やれと言われればやらぬ、やるなと言えばやらない、面倒な奴じゃ。それと心がとても弱い。今はそっとしておくとよい。そのうち自分から飛び込んでいって、勝手に解決してくれるはずじゃ」
「うん? え~と??」
「ナナにしろセシアの時にしろ、ジュエルやジェシルにしろ、龍馬は己に治せる力があるなら見過ごせぬのじゃ。赤の他人がオークに捕らわれた所を見ただけで心を痛めて、その後まで気にしておる。そんな奴が、其方の管理しているこの世界の実状を見て黙っている筈がなかろう? 今の龍馬じゃ、どうせまだ役にはたたぬ。学園に通い、もっと実力を付けさせた方がよい。その上でこの今の惨状を見れば、3年後には情も沸いているナナやフィリアの為に必死になってくれるはずじゃ」
「放っておけば、勝手に何とかしてくれると?」
「そうじゃ。自分から禍の渦中に飛び込んでいくじゃろう」
「そうであれば良いのですが……」
「不安か? そうじゃな、アリアには言っておこうかの。今、この部屋は儂の【ブラインド】魔法で外部に一切の情報が出ぬようになっておる。今から儂の話すことはここだけの秘密じゃぞ?」
「え~と、はい。一切他言しないとお約束します」
「龍馬の奴、いや……これからはリュークと呼ぼう。先にこっちの説明をしとくかの、この世界の家格は知っておるな?」
「はい、大きく分ければこの世界では、王族>公爵>侯爵>伯爵>子爵>男爵>準男爵>騎士爵となっています」
「ふむ、では神格は?」
「はい。創造神>破壊神>統治神>管理神>環境神>属性神>神獣>聖獣です」
「聖獣は神ではないのぅ。あれは獣じゃ。神獣には魔石はないが、聖獣にはちゃんと魔石があるじゃろう?」
「え~と?」
「ふむ、何故このような話をするのか分からぬのじゃろう? アリア自身はどこに位置すると思う?」
「第4位の神格の管理神でしょうか?」
「実は環境神というのは【ユグドラシル】のことでの。本来の神格は管理神の上なのじゃ。理由は【ユグドラシル】は【創造】できるからじゃ。只、システムとして感情を与えておらぬから管理神をおいておるのじゃ。監視しておらぬと感情がないのでとんでもないことを平気でやらかすのでの」
「どういうことでしょう?」
「【ユグドラシル】はバランサーなのじゃ。食物連鎖で説明するとだな、それがうまく回るように環境を整えるのが主な仕事なのじゃが、ある種が増えすぎて、そのバランスが崩れようとしたとする。感情がないので、有無を言わさずその増えすぎた種族を間引こうとするのじゃ。あくまでシステムに則って行動しようとするプログラムと一緒なのじゃ。では、なぜ感情を与えておらぬのか分かるか?」
「公平さを期すためにですか?」
「そうじゃ、創造できる存在に公平さがなくなったら秩序も何もないからの」
「…………」
「儂の言いたい事が分からぬので困っておるのだな」
「はい、申し訳ありません」
「リュークの【魔法創造】あれは神の力じゃ。敢えて神格で基準を付けるとしたら第4位じゃ。統治神と環境神の間に位置しておる。ちなみにアリアは第6位じゃ、つまり現状リュークは其方より上位の神的存在になっておる」
「えっ? え~と、龍馬君が、いやリューク君が神? しかも私より上?」
「どうじゃ、びっくりしたじゃろ? 儂がでばってくるだけの事態じゃろ? 女神のお尻をペンペンするのも納得じゃろ? 普通の人間に万が一の確率でもそんなことが起こるはずがないのだ」
「あの、冗談ではないのですね?」
「リュークは儂の創ったシステムの抜け道を奇跡的にすり抜けて、自ら神に至りおった。神と言っても肉体と実体を伴なっておる故に随分制限がかかってしまうが、たった6日であやつが創り出したスキルのチートぶりは目を見張るものがあるじゃろう? 放っておけばそのうちとんでもない存在になるぞ? 儂の右腕になり得る存在じゃ。今から楽しみじゃのぅ。ふぉふぉふぉ」
「申し訳ありません! 私の責任です! 彼をどうされるのですか?」
「【ユグドラシル】にスキルを新たに創ってもらうかと提案したのだから、半分以上お前の責任じゃが、特に何もせぬぞ。ただ見ておればよい。皆には内緒じゃぞ。次はどんなチートスキルを創るのか楽しみじゃ」
例の部屋でとんでもない会話がされてるとも知らず、朝を迎える。
俺は結局昨晩一睡もできなかった。隈こそまだないが、顔色は良くない。
リュークとして生きると決めてから、自分を否定されないか不安で仕方がないのだ。昨日までは、アリアに丸投げして記憶の調整をしてもらえば良いと思っていたので、極力人を避けつつもなんとか立ち回っていられたのだ。
今日は学園の入学式だ。眠いがナナの晴れ舞台を見てあげないとな。
眠いのを我慢しつつサリエと朝食を食べるためにナナの部屋にやって来たのだが、フィリアを見た瞬間俺の中のリューク君の感情が弾けてしまった。
フィリアに駆け寄っていきなり抱きしめてしまったのだ。
それで終われば良かったのだが、朝一番挨拶もしないうちからいきなり抱きついた俺を、フィリアは咄嗟に突き放すように突き飛ばしてしまった。
俺はその場に尻持ちをついて倒れてしまう。フィリアはしまったという顔で俺を見下ろしている。
一瞬凍りつくような嫌な空気になり、居た堪れなくなった俺は一言『ごめん!』と言って走って逃げた。
フィリアの『待って!』と言う声が聞こえたが、とてもこの場に居たくなかった。
フィリアに拒否されてしまった。いや、拒否ではないのかもしれないが……俺の心はポッキリ折れた。
一番不安で、一番恐れていたことが起こったのだ。
リュークは2、3ケ月経てば違和感もなくなると言っていた……ではその前なら?
今の現状が答えだ。フィリアに突き放されて立ち直れないほどのトラウマになっている。わずか10日前まで抱き合ってキスをしてた者に拒否られたのだ。おそらく怖くてもう当分触れられないだろう。むしろ会話できるのかも怪しい。
自室に逃げたのだがコールやメールがフィリアやナナからひっきりなしに送ってくる。コールに出る勇気もなく、訪ねて来ても会うことを拒否した。
それでも時間は無情に過ぎ学園生活が始まる。
遅刻しつつもサリエに引き摺られるように教室に行くと当然同じ魔法科のフィリアやナナがいる。ホームルーム中なので会話もなく、そのまま体育館に向かい入学式が始まる。その間の記憶はあまりない。ただサリエに引っ張られた先に移動し、座ってボーッと呆けていただけだ。
いつの間にか入学式も終わっていた。各自の教室に戻る際にトイレに行くと言いサリエと離れた。そう言えば俺のせいでサリエも朝飯食べてないんだよな、ごめんよ。
トイレに入り【テレポ】を使い、フォレストの西館の俺が使ってた部屋に飛ぶ。
そのままベッドに転がり、考える。
体育館にいた時も、ず~とある言葉が思い浮かぶのだ。
創主様が言っていた『好きに生きろ』という言葉だ。
俺はナナやフィリアが好き?
確かに好きだが、違うな……この感情はリューク君の記憶からくるものだ。
ナナやフィリアは俺が好き?
これも違う、彼女たちが好きなのは俺じゃなくリューク君だ。
ではサリエは?
サリエは好きだ。だが、サリエから好意は感じているが、義父や義母の為、ゼノの恩に報いるためということもあるのだろう。
では母様たち家族は?
これもリューク君の想いだ。
では、リューク君にではなく龍馬の為に尽くしてくれる人は?
居た! リュークを殺した犯罪者が一人いる。ジュエルだ! リュークとしてではなく、龍馬として考えてみて、やっと今の現状がみえた気がした。
リュークとして偽って生きようとするからこうやって無理がでてくるのだ。
もうさっきのような思いはしたくない。俺はリュークとしてではなく龍馬として生きる。
創主様の言う通り、やりたいようにやる。
45歳のおっさんが、今更学園で小学生レベルの勉強なんかやってられるか!
美しい彼女たちに想うところはあるが、騙すようで気が滅入ってくるのだ。
リューク君に恋している美少女たちに、リュークに成りすまして関わった時点でうまくいくはずがなかったのだ。
時間経過とともに彼女たちが俺を好きと言ってくれるようになったとしても、俺が龍馬の存在を隠して嘘を吐いている限り、俺の心の中に『好きなのはリューク君で、本当は俺じゃないんだ』という想いが根強く残ってしまう……それでは絶対うまくいくはずがないのだ。
もうリュークは捨て去ろう……俺はやはり龍馬なんだ。
リョウマとして生きる!
只そう意識しただけで昨晩の不安が嘘のように消えた。
この危険な世界で生きる恐怖や不安はあるが、昨晩のような得体のしれない不安感ではない。
家も名前も捨てる――国を出よう。
サリエにだけは申し訳ないが、公爵家の者は皆優しい。
俺が居なくなったからといって、サリエを学園から辞めさせたりはしないだろう。
さて、どこに行こう。
エルフに憧れがあったが、ミルファ姫でちょっと幻滅したからな。
南に向かおう、目的地は獣国だ! 今度こそ獣耳をモフりに行こう。45歳の肉体ではっちゃけたリュークに負けてられない! この体は15歳で美少年なんだ。負けてられるか! 言語だけで1千億も彼は稼いでいるんだ。俺にはもっと凄いチート魔法があるんだ。俺もはっちゃけるぞ!
15歳の肉体年齢に精神も引っ張られるのか、童心に返ったようにワクワクしてきた!
謝罪の意を込め、サリエにだけはメールを送った。
サリエへ
思うところがあって国を出ることにした。
サリエには申し訳ないと思っている。
国も名前も捨て生きようと思う。家族にはそう伝えてほしい。
俺は今後やりたいように自由に生きていくので、そっとしておいてほしい。
フィリアが気に病むかもだが、やはり以前の僕のようには戻れない。
今のままの俺にしかなれないので、俺が出て行ったことを気にしないでいい。フィリアにも好きに生きてくれと伝えてほしい。
我が儘な言いようだが、国を捨てるんだ。いくら言い訳して言いつくろっても迷惑がかかるし、恨まれるのは一緒だ。なので一切言い訳はしない。勝手に出て行き、勝手にどこかで好き勝手に生きて、勝手にどこかで野垂れ死ぬので、俺のことは忘れてくれ。
フレンドリストを全て着信拒否設定にし、ジェネラル討伐をした街道に【テレポ】してから南に進むのだった。
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お読みくださりありがとうございます。
書籍の方では2章は全面カットになります。
主人公らしくない行動と、エロ過ぎるのがアウトだそうですw
この作品はR-15で書いていますが、書籍版では全年齢になっていますので……仕方ないですね。
賛否両論のある2章ですが、削除しないで多少手直ししつつこのまま残します。
ちなみに、書籍版ではフィリアやナナたちに、中身は別人の龍馬だと告白しない流れになっています。
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