1-5 最弱のスライムにも負けそうです(サリエと最初の出会い話加筆)
夕飯ができたそうで、食堂で食事を摂ることにする。
食堂には20人ほどが座れる長テーブルに俺の分だけが用意されていた。
「サリエ、明日の朝食からはお前の分も一緒に用意しなさい」
「ん、従者は主人と一緒に食事はしない」
「その主人が言ってるんだ。僕は1人で食事をするのはさみしい。確かに従者とあまり一緒に食事を摂ることはしないが、学園では違う。効率が悪いので兄様たちも一緒に食事をしていたと聞いている。いいね?」
「ん、分かった。明日の朝から用意させる」
『ナビー、この食事、毒とかは大丈夫か?』
『……問題ないです。温かいうちにお食べください』
『了解、ありがとう』
思ったとおり、横に控えられるのは息苦しいし、緊張で喉を通らない。サリエと給仕の2人が俺の側で俺の食事をそれとなく見ているのだ。一品食べ終える頃に次の皿をさっと持ってきて温かいものが出される。フランス料理のコースディナーみたいだ。毎日これじゃ太りそうだな。
食事はどれもとても美味しく初めて食べるものが多かった……異世界料理も悪くない。
メイン料理だったオークのステーキは絶品だった。味の解説をするなら、豚8:牛2な食感と味わいでとても柔らかく、肉汁も多くジューシーだった。こちらに居る間にもう一度絶対食べたいと思えるほどだ。オーク自体の肉は安価なものだそうだが、リューク君の好物の一つとのことで、今日は復活のお祝いにと料理人が腕を振るってくれたようだ。
こちらの食事マナーとして、食事中はあまりしゃべらないというものがある。一生懸命作ってもらった料理を温かいうちに食べるのが作り手に対する礼になるからだそうだ。日本人の俺からすれば、サリエとワイワイ楽しく食べたいのだけどね。
まぁ、どのみち無理だろうとは思うが……だってサリエってば無口なんだもん。
俺が話し掛けなければ、おそらくず~っと黙ってる。今のところ、用がある時以外は話かけてくれない……つれない娘だ。知り合ってまだ数時間なので仕方ないのかな。
一人での寂しい食事を終え、部屋に戻ろうとするとサリエが声を掛けてきた。
「ん、お風呂の準備もできてる。行くときは声を掛けて。温くなる前に早めにお願い」
「ああ、ありがとう」
日本人なので毎日の入浴は欠かせないよね。アリア様、公爵家にしてくれてありがとう!
この世界の一般人はそうそうお風呂に入れない。
公衆浴場もあるようだが、スチームサウナのようなもので、お湯は体を洗った後に石鹸を流すために大きめのバケツ3杯しかもらえないようだ。
まずサウナに入り汗を流す。そして洗い場に行き、木の手桶と青のお湯の入ったバケツをもらえる。お湯3杯しかもらえないので体も髪も同時に流す必要があるようだ。青のバケツの湯が無くなったらバケツを持って行くと黄色い湯の入ったバケツがもらえる。次は赤のバケツだ。赤が最後の湯なのでそれまでに洗い流す必要がある。それ以降は有料でバケツ1杯につき追加料金が掛かってくるようだ。
薪で沸かす、魔道具で沸かす、魔法で沸かす。
どの手段であっても、それなりの金銭が掛かるのでしょうがない。
貴族の使用人たちも主人が入った後に利用できるために、主人が入浴希望をすると凄く喜ばれる。主人が入らない日は、当然使用人たちも入れない。お湯で清拭するだけだ。あまり入るのが遅いと湯が温くなってしまう。配慮のできる主人なら早く入ってあげ、自分が出る前に張ってある湯の温度を上げておいてあげる。勝手に湯温を上げられない使用人には当然喜ばれる。
リューク君は母親から教わり、出る前に湯船の温度を熱めにしてあげる配慮のできる子だったので、使用人たちからも好かれている。
温くなる前にと思い、一人で浴場に向かっていると、サリエに見つかり怒られた。
「ん! 声を掛けてと言っておいた!」
「ごめんごめん。どうせお風呂だし一人で……」
と言おうとしたところで、リューク君の記憶からあることを思い出した。そういえば、リューク君は一人でお風呂に入ってなかったのだ。着替えや体を洗うのも、端女とか下女といわれる契約奴隷にさせていたのだ。奴隷と言っても奴隷にも色々いて、公爵家で使っている奴隷は期間が定められている職業奴隷だ。日本でいう契約社員みたいなものだ。詳しいことは今回はいいだろう……。
問題は、今回襲撃を考えこの館には極力使用人をおいていないため、サリエが入浴介助に入ってこようとしていることだ。
「サリエ、何一緒に入ろうとしているんだよ!」
湯着という薄手の浴衣に近いものを着ており、脱衣所に入ってきて俺の服を脱がせようとしているのだ。
「ん! 下女がいないから、私がやるしかないの」
「別にそんなことお前がしなくてもいいよ。今日は1人で入るから大丈夫だ。それに侍女は貴族の令嬢が殆どだから、そんな端女がするようなことはしないぞ」
「ん、入浴中に襲われたら守れないから一緒に入る。湯着を着ているから問題ない」
「その湯着結構薄いし、白い布だから濡れると多分透けるぞ?」
「……ん、問題ない……」
問題ないと本人は言っているが、どう見ても嘘だ。顔は前髪で見えないが、長くてとんがった耳が真っ赤になっている。おそらく顔も真っ赤になっているのは間違いない。
「でも湯着着てたら、サリエ自身の体は洗えないだろ?」
「ん、侍女が主人と一緒に入ることはまずない」
そうなのだ、例外的に侍女が主人に一緒に入れと言われるのは、まあ、そういうことだ。性的に奉仕しろっていう含みになってしまう。
「でもそれだと意味ないだろ? 僕が出た後、サリエが入浴中は結局護衛はできないわけだし」
「ん、従来だと私の入浴中のリューク様の護衛は騎士が2名付く。事件が解決するまで私は入らない」
「入らないとか、女の子にはきついだろ? 入浴介助とかそうでなくても汗かくのに」
「ん、ちょっとの間だし【クリーン】で大丈夫」
【クリーン】は生活魔法の浄化の魔法だが、掃除や洗濯、お風呂の替わりにもなって色々と便利な魔法だ。
たぶん凄く恥ずかしいのを我慢しているのだろうと思うし、口下手なのを頑張ってしゃべっているのも伝わってくる。ちょっと腹を割って話してみよう。
「サリエはどうしてそこまで僕に尽くそうとするんだ?」
「ん、拾ってくれたゼノ様に恩返しをしたい。養父や養母も凄く大事に可愛がって育ててくれた。この両親にも恩返ししたい。リューク様に精一杯仕えることが今の私にできる一番の恩返し。何よりリューク様に以前助けてもらったから……受けた恩は絶対返す」
「ん? 以前に僕が助けた? サリエを?」
サリエの話を聞き思い出したことがある。俺は8年前にサリエに会っていたのだ。
それはサリエが母を亡くして直ぐの頃、今の養父に紹介するためにこの公爵家に来ていたことがあったのだ。
教会の孤児院からシスターに連れられて、サリエはうちのお屋敷を目指して歩いていた。もうすぐ到着という時にある事件が起こる。
この公爵家は領内の北に位置し、防壁の内側にも拘らず小さな林を所有している。
貴族が番犬として飼っていた犬が逃げだし、この林で野犬化して腹を空かせていたそいつが通りかかった小さいサリエに襲いかかったのだ。その時悲鳴を聞きつけ真っ先に駆けつけたのが、庭で遊んでいた俺だったのだ。
当時まだ7歳だったにも拘らず、勇敢にも身を挺して2人の前に割り込んで庇ったのだ。すぐに門番も駆けつけてきて大事には至らなかったが、俺は腕を噛まれて少し負傷した。腕の噛み傷はその場でサリエに同伴してきていたシスターが回復してくれ、傷が残るようなこともなかった。
『……マスター』
『うわっ! びっくりした! 急に声を掛けないでくれ』
すっかりナビーのことを忘れていた……急に念話で声を掛けられ心臓がバクバクしている。
『……ナビーの存在自体を忘れていたのですか……酷い……。補足情報です。サリエにとってはそのことは忘れられない事件だったようで、当時の幼いサリエからすれば恩義というより、身を挺して庇ってくれたかっこいい王子様的な存在に感じたようですね』
『ナビー、忘れていてごめん。凄く良い情報ありがとう』
過去の情報まで引き出せるとは……何気にナビーちゃんは凄いな。
『……サリエは学園の侍女候補の話を聞いて、次は自分がリューク様を守る番だと剣の修業を人の何倍も頑張ったようです』
だからここまで尽くそうとしてくれるのか……なんて一途で可愛いのだろう!
「あの時の女の子がサリエだったんだね。僕も覚えているよ」
「ん! 覚えていてくれて嬉しい! だからできることは精一杯頑張るの!」
「でも、無理に恥ずかしいことはしなくていいよ。僕は優秀な探索魔法持ちだから、サリエは脱衣所で控えてくれていればいい。何かあったらすぐに呼ぶから、その時は助けにきてくれるとありがたい。僕が済めば次はサリエが入るといい。僕はその間、サリエに声が聞こえる範囲内で待っているから」
「ん、あるじを入口で待たせる侍女とか聞いたことないので却下!」
「僕がいいと言っているのだから、別に良いんじゃない? 入浴しないと衛生的に良くないよ」
「ん、【クリーン】掛ければ浄化できる」
「ちゃんと入った方がいいに決まっているでしょ?」
俺が入浴した後に無理やり風呂に行かせたのだが、サリエは3分で出てきた。
どうあっても俺を待たせたくないそうだ。湯船に入ることもせず、頭と体を同時にさっと洗って湯をぶっかけてきただけのようだ。何日もこれが続くのも可哀想だし……どうしたものか。
入浴後にサリエを部屋に呼びだし明日の予定を伝える。
その前に気になることがあるので聞いてみる。
「サリエ、いつもお風呂上がりの髪はどうしているんだ?」
「ん? よく拭いて香油をつけてる。できるだけ匂いのないやつ」
ドライヤー的なものはないようだ。よしやってみるか。
手から温風が出るイメージをして魔力を込めたら簡単に出せた。風魔法と火魔法の併用だ。
モーター音もなく静かで結構良い魔法じゃないか?
「サリエ、ちょっとおいで」
椅子に座らせこの魔法を使い髪を乾かしていく。『あるじにこのようなことをさせては』とか言っていたが無視だ。サリエの奇麗な髪を触れるのは気持ちがいい。
何より髪を乾かしてる間は前髪を風で掻きあげられるので、サリエの可愛い顔が見放題なのだ。
「このまま聞いてほしい。皆には絶対秘密なんだけど、誰にも言わないと約束できる? 父様にもだよ」
「ん! 主人との信頼は最重要事項。誰にも言わない」
「僕もさっき開いてびっくりしたんだけど、今現在僕の種族レベルが1なんだ」
「ん? 1って……」
「生き返ったことによって、種族レベルが1にリセットされちゃったみたい」
「ん、それってどういうこと? 凄く嫌な予感がする」
俺は【クリスタルプレート】を開いてサリエに見せた。
「ん、見ていいの?」
「ヤバいから、一応見といて」
俺の【クリスタルプレート】を覗きこんだサリエが固まって、顔を引き攣らせた。
「ん! ヤバいね……私の指一本で強く突いただけでも死にそう!」
「だろ? なので明日は朝一からレベル上げに行こうと思う」
「ん! 外に出るのは危険!」
「いや、むしろ安全だよ。犯人は分かっているのだから、そいつに行先を伝えないでこっそり早朝に抜け出せばどこに行ったか探りようがないからね。ここを出るときに尾行にだけ気を付ければいい」
「ん、納得」
「僕はレベル1だから、戦闘は全てサリエに任せることになるけど明日はお願いね」
「ん、リューク様が安全圏に達するまで頑張る!」
「僕の呼び方だけど、リューク様がいいの?」
「ん、リューク様がいい。ご主人様の方がいい?」
「サリエも貴族だからね。奴隷や下女と違うからご主人様はちょっとね。リューク様でいいよ」
「ん、分かった」
髪を乾かしながらの会話だったが、サリエは櫛を入れるたび気持ちよさそうに目を細める。前髪が掻き揚げられ顔が見えているのも気付いていないようだ。完全に乾いたのを確認して暴露する。
「乾いたよ。サリエの可愛い顔がよく見れたから嬉しいよ。明日も僕に乾かさせてね」
「んみゃー! 顔見られた! はぅ……」
手で前髪を押さえて顔を隠しているけどもう手遅れだっての。可愛い奴め。
「で、サリエのステータスも見せてくれるか?」
サリエは一瞬迷ったが見せてくれた。自分のステータスを見せることは普通は絶対しない。スキル構成やレベルなどで弱点が漏えいするからだ。余程の信用がないとまず見せない。
サリエのレベルは28もあった。
一般人はレベル10~15前後、町の衛兵で20~25前後、騎士が30~35前後が標準的な平均値だ。
だがひとつ疑問がでてきた。
「サリエ? 騎士隊長のカリナさんに勝ち越してるんだよね? 彼女、確かレベル40ぐらいあったと思うけど、どうやって勝ったの? 普通28じゃ勝てないだろ?」
「ん、スキル構成と敏捷差で勝てた。大事なのは種族レベルより【剣士】や【身体強化】【敏捷強化】【腕力強化】等の技術やパッシブ系補助スキルの熟練レベル。私の剣は軽いから、ガイアス隊長とアラン隊長には勝てない」
構成次第でレベル差はある程度覆せるのか。でもサリエが努力したのだろうと思う。
「じゃあ、明日は6時に出発しようか。今から料理人に言って朝食を5時30分に、お昼の弁当をその時間に用意してもらってくれるかな。勿論出かけることは料理人には秘密にね」
「ん、分かった。頼んでくる」
翌朝、俺たちは街の城門の解放時間の6時に合わせて、レベル上げのために街から出るのだった。
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