世界の終わりには幸せな結末を。

成瀬 灯

Ep.1 告白現場と告白と

 椛場もみじば高校の白雪姫――後輩の女の子でこう呼ばれている美少女がいた。真っ白な肌にほんのりと赤い唇。長い睫毛の下からは、ぱっちりとした瞳が覗く。切りそろえられた前髪と胸の高さでふわりと巻かれた艶やかな黒髪は、肌の色とのコントラストで更に魅力的になる。加えて、口数は少ないからミステリアス、あんまり笑わないクールな所も良い。


 そう熱弁するのは、僕の友達で可愛い子に目がない日向亮ひゅうが りょうだ。


「だがな――」

 亮は続ける。

「マイハニー伊菜々いななには叶わないのだよ!」


 勝手にやってろ、と思う。彼女がいない僕への当てつけか!


「伊菜々ちゃんって彼女がいながら、何で亮は可愛い子がいたらすぐ声かけるかな〜」

八尋やひろ――それはな、伊菜々が一番だって事を確認する為だ」


 メガネをくいっと上げて、何か良い事を言った風にしているが、それは合法というやつではなかろうか。


「藤君、次だよ」

 廊下で立ち話をしていた僕達にそう話しかけてきたのは、僕の前に担任と二者面談をしていた宮下さんだ。

「もうかぁ。ありがと、宮下さん」


 亮に「じゃ、行ってくる」と手を軽く上げて僕は教室へ向かった。


 二者面談と言っても、そう大した事は話さない。高校二年の冬とだけあって、意思確認の様なものだ。特に問題も無くさらりと二者面談を終えた僕は何だか無償に暖かいコーンスープが飲みたくなって、体育館前の自販機へ走った。体育館へは教室棟の外に一度出て外通路を渡らなければならない。外へ出た瞬間、12月の冷たい風邪がぴゅう、と吹き付け僕は身震いした。


「コーンスープ、コーンスープ」

 自販機でコーンスープのボタンを押す。すると、直後近くから「蓮村はすむらさん!」という声が聞こえてきて、やけに緊張した声だなと思う。コーンスープの缶を自販機から取り出して振り返ると、そこには二組の男女がいた。僕は思わず、やばいと直感し自販機の影に隠れた。


「蓮村さん」

 男の声が再度言う。


 蓮村――蓮村胡麦はすむら こむぎだったら、噂をすれば、だ。蓮村胡麦はあれだ、例の白雪姫だ。


「俺、ずっと前からその、蓮村さんの事、綺麗だなって思ってて……良かったら俺と付き合って下さい!」

 どどどどーしよう!! 告白だァ!?

 やっぱりと言うか、予想はしてたけどさ、でも大丈夫なのか? 僕、いるよ? 聞いちゃってるよ? おーい。


「…………」

 沈黙。蓮村さんの方は無言だ。

「……あの、ごめんなさい。死んでも無理です」


 撃沈。これは辛い、辛すぎる。

 死んでも無理って、もう絶望的。『あなたと付き合うくらいなら死んでやるわ!』って言われてるのと一緒じゃん……。


「そ、そっか。……あはは、何かごめんね」

 気まずい空気が流れた後、逃げ去るような足音が聞こえた。

 凄まじい告白現場だった。僕の方が変に緊張してしまった。


「ふぅ」

 少しぬるくなってしまったコーンスープの缶を再度握り返す。すると、ピロンと音がした。僕の体温が急に下がる。やばい、僕のスマホの通知音だ。


「……誰か、いるの?」

 白雪姫が静かに尋ねた。何て不運……。

 僕は両手を上げて、降参だ、という様に自販機の影から表に出た。


「ごめん、聞くつもりは無かったんだけど」

 先手必勝だ、と思いとりあえず謝っておく。しかし彼女は無言のままだ。沈黙が怖くて僕は恐る恐る彼女の顔を見た。すると、何故だろう。普段真っ白い肌が耳まで赤く染まっていた。


「……ふ、藤先輩……!」

 さっき聞いた声よりも高い声が言う。

「あれ、僕の名前? どっかで会ったことあるっけ?」


 頭を掻きながら、へらっと笑うと蓮村さんは僕の質問に答えること無く、僕に向けてスマホを向けた。そして、次の瞬間、シャッター音が響いた。しかもこれは……連写だ!


「あ〜、えっと、何この状況……」

 蓮村さんは、やや下を向いていて僕と目を合わそうとしない。連写だけが続いて、本当に訳が分からない状況だ。

 するとしばらくして、シャッター音が止んだ。

「……よりによって藤先輩に見られるなんて」

 小さく呟くのが聞こえた。

「でもちょっと嬉しいかも……」

「え?」


 今なんて、とは聞けなかった。だって何かこの子……っ目がやばい!!!


 恍惚さを孕んだ瞳がじっと僕を見つめる。色素が薄いからか自分の姿が写っているのが分かった。


「あの、藤先輩……私と付き合って下さい」

 強引に手を取られ、コンスープの缶が地面に落ちた。ひんやりとした指先がするり、と僕の指に絡む。

「先輩……ダメですか?」

 頬を桜色に染めた不安気な顔が、だんだんと僕に近づく。


 付き合ってって言ったって、いくら可愛いからって、さっき勇気ある告白にあんなこっぴどい振り方をした(のを見た)直後だし。

 そういくら可愛いからって、可愛いからって……可愛いからって――、


「……はいっ、ダメじゃありません……」

 その可愛さから、僕は思わず勢いで「イエス」とそう答えてしまったのだった。


 あぁどうしよう、もうすげぇ可愛い!!!

 恥ずかしさで自分の顔面を覆いたくなる可愛さだ流石白雪姫。


 蓮村さんは、さらりと髪を揺らしながら制服のポケットからボイスレコーダーらしきものを取り出した。そして再生ボタンを押す。

「えっ、これってさっきの……」

 僕と蓮村さんの会話が最初から最後まで収録されていた。

「はい」

 動悸が早くなる。


「――これがある限り先輩は私のものですね」

 そう言って彼女はにこり、と微笑んだ。

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