第5話 12月13日 「息子の変化①」
十二月十三日
先ほど、家に着きました。うん、何から書き始めればいいのだろう。正直迷っています。でも気持ちを整理するって意味でも、今回の顛末を書くことにするわ。自信はないけれど。
結局、東京に行く日の朝になっても連絡は無くて、その時から何だか嫌な予感はしていたのよね。ピンポンを鳴らしても返事はなし。仕方なく不動産屋さんに無理いって借りた合鍵で部屋に入った途端、正直言って驚きました。弁当の空容器、潰れたビールの空き缶、汚れがこびりついたティッシュが、足の踏み場なく埋めつくしていました。部屋を間違えたんじゃないかって、まず思ったわ。だって真は少し潔癖かなと心配するくらいだったんですもの。玄関のドアポストに押し込められた郵便物の宛先で、やっぱり真の部屋なんだと確認出来たけど、それでも半分は信じられなかった。
留守中に勝手に部屋をいじっていいのか迷ったけれど、座る場所もなかったしね。近所のスーパーで必要な物を買ってきて掃除を始めました。なかなかに骨が折れる作業で、床が見えるようになるまで幾つものゴミ袋が必要でした。テーブルの上の弁当を見たら、食べ残した茄子の漬物が干からびていて、それを見たときだけ、少し安心したの。ああまだ茄子が嫌いなんだって。一番大変だったのは水まわりだったかな。ユニットバスの浴槽や壁にへばりついた水垢は、ほんとしぶとくて。力を込めて拭くたびに、大切なものまで流されてくようだったわ。
あなたが部屋に戻ってきたのは、日付が変わった一時間十二分。身体は疲れていたけど、まったく寝られなかったからはっきり覚えています。玄関の鍵穴からガチャリと音が鳴り、ゆっくりとドアが開いた途端、私は今日何度も味わった、いえそれ以上の驚きを覚えました。
まるで別人のようでした。いえそれは物の例えなんかじゃなくて、外見がすっかり変わってしまった、という意味で。肉の襦袢を着こんでいるようなその姿。正確なところはわからないけど、ざっと見二十キロ以上太ったように見えた。顔についた贅肉は、人相まで変えていました。
「お帰りなさい、真」と、努めて普段のように話そうとしたけど、声が震えてしまったわ。みっともないほどに。
「なにしに来たんだよ。ていうか、なに勝手に入ってんだよ」
深夜の部屋に響く尖った声。小さい頃から怒った様子を見せたことなど一度もなくて、お父さんが蒸発した時ですら不満を口に出さずにいたあなたが見せた激しさ。私の知らない真が、目の前に立っていました。
「どうやって部屋に入ったんだよ」
自分でも気づいたのか、少し声を落としてくれたおかげで、お母さんもようやく我に返ることが出来ました。
「うん、不動産屋さんに鍵を借りてね。一応、今日あなたの家に行くって留守電入れておいたんだけど」
「忙しくて留守電聞いてなかった。悪い。でもさ、ほんと、何しに来たの」
「ごめん、ほら去年も会えなかったら元気でやってるかなって。顔だけ見たらすぐ帰るつもりだったのよ。ほんとよ」
「別に元気だから。余計な心配要らないから」
ぶっきらぼうは相変わらずなんだけど、照れ隠しだった昔とは違う、拒絶が滲むぶっきらぼうでした。
「元気って言うけど、そんな風に見えないわよ。少し大きくなったみたいだし、部屋もちょっと汚れてたし」
少し無神経だったかしら。その思いが頭をよぎったけれど、後には引き返せない。
「何でもない。仕事が忙しくて、生活が不規則になっただけ。何でもない」
苛々と「何でもない」を繰り返している様子は、とてもじゃないけど何でもないようには見えなかった。「でも」と食下がろうとする私を尻目に、「明日も朝から仕事だから」と、真は有無を言わせない調子で干したばかりの布団にくるまってしまいました。
だいぶ長くなっちゃったわね。お母さんも明日からまた仕事だし、そろそろ寝ます。眠れそうにはないけれど、横になるだけでも全然ちがうはず。続きはまた明日書く予定です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます