美少女に生まれ変わったので、もう一度提督目指します

空母白龍

第1部 動乱の幕開け 〜開戦〜

プロローグ 西暦1944年3月31日 某海上

「クソッ、ダメだこのままだと墜ちる!」


 機長の悲鳴を聞き、微睡みの中にあった俺、古賀峯一は目を覚ました。


 窓を見てみると、激しい風雨がガラスに打ち付け、すぐ下に海面が見えていた。


 どうやらこの機は、嵐の中に突っ込んでしまったらしい。


「無線通じません!」


 飛行機にはあまり詳しくはないが、それでも今の状況がやばいということくらいは分かる。


「………長官!」


「ああ、分かっている」


 後ろの席にいた幕僚が悲痛な顔で言う。……覚悟を決めろと言うわけか。


 まったく、どうしてこんな目にあうんだ?


「馬鹿野郎!下げ過ぎだ、墜ちるぞ!!」


 ガクン、と嫌な浮遊感の後、右翼についていた発動機が火を噴いた。


「クソッ、衝撃にそな———」


 次の瞬間、真っ赤な炎とともに翼が吹き飛んだ。


 激しい衝撃が機体を襲い、身構えていたはずの身体があっという間に放り出され、そして何か固いものに全身を打ち付ける。


「エンジンカット!不時着水しろォッ!」


「長官!ご無事ですかッ!?」


 朦朧とする意識の中、機長の怒声と共に副官の叫び声が聞こえる。しかし返事をしようとするが、何故か口が動かない。


「ぜ、前方に大波がッ!!」


「ぶつかる!!!!」


 と、必死に何か言おうとする俺をあざ笑うが如く、俺の全身を再び衝撃が襲う。


 凄まじい圧壊音、悲鳴、衝撃


 爆音の中、俺の意識は今度こそ完全に闇に閉ざされていった。









 ※







 ……寒い


 意識が戻るとすぐに、俺は全身に寒さを感じた。


 海の中に放り出されたか?だが、それにしては水の感覚がない。


 と、薄く開いた目の前を、白い砂粒のようなものが通り過ぎる。


 …………………?


 思考が完全に停止フリーズする中、今度は二粒通過する。


 と、不意に頰に何か冷たいものが付いたような感触がする。


 手で触って確かめようとするが、先ほどの口同様何故か動かない。


 しばらく動かそうと頑張ってみるが、そうこうしているうちそんなことはどうでもよくなってきた。


 寒さが、のっぴきならなくなってきたのだ。


 やばいやばいと頭が完全に覚醒し、目をぱっちりと見開く。



 ———そこにあったのは、一面真っ白の雪原であった。


 …………………………………


 今度こそ俺の思考回路は完全にショートした。



 いったい何がどうなってるんだ??



 だが、呆然としていたって寒さが治まる気配はない。しかも、心なしか白粒も強まってきたようだ。


「……うあー、あー、うーー」


 ……うん?


「あーあー、あうえー」


 ……………マズイ。


 さっきとは違い、口は動かせるし、音を出すこともできる。が、頭の中では完璧な言語を言っているつもりなのに、口から出るのは意味不明な音…………


 と、不意に俺のそばに人影が立つ。


 …………逆光でよく見えないが、寒冷地用の街灯を身にまとった長身の男である。


 そして、腰に吊るす豪奢な軍刀。


 間違いない。陸軍の将校だ。それも、この様子だとかなりの高官。


 やれやれ助かった。俺は安堵しつつ状況を訪ねるべくその将校に問いかけようとする。


 が、


「あー、あああー!」


 ……そうだった。喋れないんだった!


 言語機能に障害が起きているのか?司令長官に就任して一年も経っていないと言うのに、このざまとは……


 自らの体たらくに愕然としていると、側に立っていた将校が静かにしゃがみ、俺に手を差し伸べてくる。


 引っ張り起こしてくれるのか?ありが……と思ったら、



 …………おかしい。絶対におかしい。


 確かにこの将校は長身だが、俺の方だってかなり大柄な方だ。山本みたいなチビならいざ知らず、そんなに軽々持ち上げられるわけが……


 そこでふと思い出す。幼児のような言葉、軽々持ち上がる体、



 ハッ、として首を動かす。全身全霊をかけてようやっと動かし、自らの体を見てみる。




 はい。完全に乳幼児でしたー^_^



 そのあまりの衝撃に、俺の意識は再び闇に閉ざされた。


 一体、何が……?



 ※


闇の中で、ふとこんなことを思い出した。


 いつだかは忘れた。おそらく山本が海軍省の次官になった直後くらいのことだろう。かつて奴がこんなことを言っていた。


「俺に数百円預けろ。そうすりゃ俺が東南アジアで何倍にもして返してやるから」


 好物という水饅頭をかきこみながら、奴はそう言って豪快に笑った。


「古賀、こいつの戯言をあんまり深く考えんほうがいいぞ。だいたいそうしたら海軍はどうするんだ?」


 横で寝そべっていた堀が、冷やかすようにそう言って笑う。すると山本は途端にしかめっ面になる。


「ああ?そんなもん知ったことか。毎日毎日陸軍の息のかかった右翼どもに殺す殺す言われるんだぞ。……はぁ、航空本部に戻りてぇなぁ……」


 遠い目をしてため息をつく山本。と、いきなり目を輝かせて俺の方を向いてきた。


「そうだおい古賀。お前が次官になれ。そのかわりに俺が練習艦隊の長官になってやる」


「馬鹿言うな。次官を辞めるとしても、お前が海に出るときは聯合艦隊司令長官だよ」


 山本のとんでもない提案を、堀が間髪入れずに否定する。ただ、と堀は続ける。


「山本の次は古賀だろう。……多分な」


 ポツリと呟かれたそれを聞くや、山本は冗談じゃないとばかりにかぶりを振る。


「今この時期に聯合艦隊の長官なぞやりたくないな。……やったとしても米内さんみたく数ヶ月でとばされるさ」


 そして奴は、堀と目を合わせてニヤリと笑い、俺に意味深な笑みを向ける。


「ただまぁ、俺がなるならないにしろ、お前はいずれ聯合艦隊の長官になる。そんときはな、古賀—————」



 ————何か、俺たちを驚かせるような、でけぇ計画でもやってみろよ



 そのときは単なる笑い話だった。冗談で「任せろ」と言った気もするが、今の今まですっかり忘れていた。


 奴が死に、その言葉通り後釜は俺になった。そのとき思い出したかどうか覚えていないが、もし思い出していたとしても、それはすぐに諦観に覆い尽くされていただろう。


 ミッドウェーで世界最強の空母機動部隊が壊滅し、ガダルカナルではそれを生き延びた珠玉の搭乗員たちが次々散っていった。


 もはや、どうしようもない負け戦だった。ここまで負けたしまえば、どう頑張ってもいずれは本土を焼かれて終了ジ・エンドだ。


 大日本帝国海軍も、そこで滅ぶだろう。


 そうして諦めたまま、俺は死んだ。


 記憶がこうして残っているのは気になるが、身体がああなってしまった以上、『聯合艦隊司令長官・古賀峯一』は死んだのだろう。





 …………ならば何故、あのことを思い出したのであろうか?


 そこまで考えたところで、再び意識が覚醒していく。




 ※




「——シア、アリシア」


 壮年の男の声で、俺は目覚めた。


「おお、起きたか。——ご飯だ。しっかりお食べ」


 そこは洋風の居間のような部屋で、俺は助けられたあの将校に抱き抱えられつつ飯を食べていた。


 ……その男の顔は、完全に西欧人のソレ。言語も、日本語ではない。が、何故かなにを言っているかは分かる。


 食べ終えると、俺は乳児用の小さいベッドに寝かされる。


 男はしばらく俺のそばにいたが、やがて静かに去っていく。



 ——去り際に呟かれた言葉が、俺の頭で流れ続ける。


「お前の名は、アリシア。誉れ高きネルソン一族の名を継ぐものだ」


 ………そうか、俺の名は、アリシアなのか。


 生まれ変わった(と認めるほかなくなってきた)なかで、それは、その一言だけはすんなりと胸の中に収まった。


 ただ、その後に続いた言葉は断じて許容できなかったが。


「俺の後を継ぎ、立派なになるのだぞ」


……………………………


 なにィィィィィィィィィィィィ!?!?

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