誰かはやく
長谷川タスク
第1話 ターコイズブルーに憧れて
屋根に積もった雪を太陽が照らす。溶けた水が地面へしたたる音を聞き、私はくたくたの布団から起き上がった。11時、早く起きた方だ。1月では珍しくいい天気で、日差しが身体を照らしてくれたからだろう。階段を下りてリビングへ行くと、母が用意した朝食が並んでいる。目玉焼きを食べながら、昨日の出来事の原因と結果を考え、ついてない自分の運命を呪った。
母は私が起きる時間でご飯を炊いてくれる。料理上手で気配り上手なところが余計私を苛立たせた。日に日に自分が母親に似てくる、それだけで嫌悪感を持っていた。母を嫌いな理由は、コンプレックスに関係している。「腋臭、わきが」。母からの遺伝である。気がついたのは中三の全校集会。周りの友達のヒソヒソ声。白い体操着のわきの下の黄ばみで確信した。とにかく自分の体が嫌いだった。2人姉妹の長女として生まれたことにも納得できずにいた。今でも無意味な苛立ちを一人では消化できず、思春期のまま30歳を迎えようとしている。
暗い気分を払拭したくて、自分が今できる気晴らしの方法を考える。服を買う、ネイル、髪を切る、映画。ここまで考えて「髪を切る」を選択した。昨日見られた私の姿を早く変えたい。そんな気持ちもあった。車を出して駅前の美容院へ向かった。1620円でカットしてくれるお店。格安なわりに望み通りのカットをしてくれるし、いい時代だなと感心する。本当はお気に入りで通っていたお店が近所にあるのだが、仕事を辞め6キロ太った自分を見せたくない。ここ1年意地を張っている。
「いらっしゃいませ。本日はいかがなさいますか。」
お出迎えはお決まりのフレーズで安心する。
「カットのみで」
持ってきた雑誌を見せてイスに座る。自分が堂々と正面にいる、最悪だ。とにかくブスだ。普段は自分の顔を見ないようにしている。お金が十分にあれば整形していただろうと思う。妹の顔が浮かぶ。妹は誰からも褒められる美人だ。父に似て、目は青みがかったグレーで日本人離れしした端正な顔立ちをしていた。歌手の木村カエラをアナウンサーにしたような雰囲気。とにかく美人だった。3年前に結婚し、可愛い息子もいる。数年前までは自慢の妹だった。今は嫉妬の対象でしかない。心までブスな私をパートナーに選んでくれる人なんていない、妹を妬むのはストップ。そう言い聞かせて髪を切る鋏の音に集中した。シャキシャキシャキ。一定のリズムで心が少し落ち着き正直になれた。シンデレラをいじめる姉たちの気持ちがよくわかる。私は妹になりたかった。
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