(11)後始末(サイラス編)

 そして一気に人気が無くなった室内で、ロイは祭壇の前で仰向けになっているルセリアを諸悪の根源の様に睨み付け、事もあろうに乱暴に歩み寄って、憂さを晴らす為に彼女を蹴り転がそうとした。


「よりにもよってこんな場所で、何て事をしやがる! この馬鹿女が!!」

「死人に対して、何をなさるおつもりですか!」

「お止め下さい! 遺体を蹴ろうとするなど、死者に対する冒涜です!!」

 咄嗟にルセリアの傍に居た医師が彼女を庇って覆い被さり、その暴挙を目の当たりにした神官長も、慌ててロイの前に割り込んで叱責した。


「危ない!!」

「神官長様!」

「五月蝿い! お前には関係ないだろう、引っ込んでいろ!」

 神官達やロイの非難の声や罵声が響く中、ロナルドが忌々しげに息子に言い聞かせた。


「ロイ、止めろ。それよりルセリアがどこでどんな薬物を手に入れたかは知らんが、ぐずぐずしていると王宮から調査の人間が来る。ルセリアの遺体から変な薬物が出てきたら、余計な容疑をかけられかねないぞ。さっさと葬儀を済ませて、埋葬してしまうに限る」

「は? 埋葬? こんな奴の死体、そこら辺に投げ捨てれば良いだろうが!」

 腹立ち紛れにロイは主張したが、ロナルドはそんな息子の浅はかさを叱り付けた。


「馬鹿者! そんな事をしたら王宮から派遣された官吏に遺体を確保されて、徹底的に調べられるだろうが! 幸いここは神殿だ。すぐにでも葬儀はできる。正式な葬儀を済ませて届け出を出した上で埋葬してしまえば、さすがに墓を掘り起こしてまで調べようと主張する者は、そうそういない筈だ。何と言っても今回の騒ぎの死亡者は、毒を持ち込んだルセリア以外に存在しないのだからな」

「……ちっ、忌々しいが仕方がないか」

 懇切丁寧に説明されたロイは、しぶしぶそれに従う事にして神官長に向き直り、横柄な口調で言いつけた。


「じゃあさっさと、こいつの葬儀を済ませてくれ。婚礼が葬儀になっただけだから、唱える言葉が違くなっただけで大差はないだろう」

「なんと罰当たりな事をおっしゃる! しかも幾ら略式で葬儀を執り行うとしても、このまま棺にも入れずに墓所に埋葬するおつもりではないでしょうな!?」

 さすがに普段温厚で知られている神官長も、ロイの神をも恐れぬ暴言に顔色を変えて詰め寄ったが、ここで入口の扉を開けて職人風の二人連れが顔を出し、中に居る人間に向かって呼びかけた。


「すいませ~ん! こちらに棺桶のご注文をされた方がいらっしゃいますかね? 表の神官さん達に聞いても、何だか随分混乱されているみたいで、全然要領を得ないもんで」

「一番安い棺桶で良いからって言われて、急いでお持ちしたんですが、神官の方が誰かお亡くなりになったんですか?」

「…………」

 ルセリアが倒れてからさほど経過していない筈なのに、さっさと棺が届いた事で、神官達は顔を見合わせてルーバンス家の者達を白い目で見やった。しかしそんな視線は気にならなかったらしいロナルド達は、機嫌良く神官長を促す。


「ああ、誰か気の利いた者が、早速注文してくれたらしいな」

「神官長、これで文句はないだろう。さっさと葬儀を始めろ」

「……畏まりました」

 神官長は怒りを堪えながら、棺を運んで来た者に指示してルセリアを棺の中に横たえさせ、略式で死者への別れと弔いの文言を唱え始めた。部屋の隅や柱の陰に控えている神官達はその情景を眺めて、一同に顔を顰めて囁き合う。


「全く……、何て非常識な一家だ」

「あれでも本当に身内なのか?」

「それ以前に、貴族の最高位である公爵家の姿とは嘆かわしい。世も末だぞ」

「亡くなった女性が気の毒過ぎるな」

 一連の出来事で、ルーバンス公爵家は下級貴族間だけではなく、神殿内でも愛想を尽かされて、評価がガタ落ちになる羽目になったが、当人達は全くその事に気付かないまま所定の葬儀の儀式を終えると、棺を埋葬する事を神官に横柄に言い付けて、ぞろぞろと帰って行ってしまった。

 その所業に神官達は再び唖然となったが、とにかく葬儀済みの旨を役所に届け出て、埋葬する手配を整えて棺を神殿から送り出した。


「しかし親方、この花嫁さん、あの偉そうなお貴族様の身内なんですよね? それなのにこんな一番安物の棺に入れた上、公爵家の墓地じゃなくて、一般の共同墓地に埋葬なんかして良いんですか?」

 棺桶を作るのに加えて、常に埋葬も請け負っているバールは、弟子と共にルセリアを入れた棺を持って神殿内を進んだが、困惑も露わに弟子から尋ねられた為、溜め息を吐いて言い聞かせた。


「ご当主様がそう言ってるんだから、構わないさ。お貴族様にも、色々事情があるって事だな」

「だけど『場所は任せる。適当に埋めておけ』って……、お別れも埋葬にも、立ち会う気が無いなんて……」

 弟子のルセリアに同情する様な声音に、思わずバールも賛意を示す。


「本当にろくでも無いよな。かつかつの暮らしでも、一家揃って仲良く平穏に暮らせる事を、これほどありがたく思った事は無いぞ」

「ですよねぇ……、俺が死んでも、この人よりはまともな弔いをして貰えると思いますよ」

 しみじみとそんなやり取りをしているうちに、人気の無い裏庭に出て、棺桶を運んで来た荷馬車の荷台に棺を乗せようとした二人は、既に同じ形の棺が一つ載せてあるのに気がつき、揃って首を傾げた。


「あれ? 親方。ここに来る時に、もう一つ棺桶を持って来てましたっけ?」

「何を言ってる。そんな筈は無いだろう」

「ですが、これは……」

「本当だ。おかしいな……」

 そして棺の両端を抱え上げながら戸惑っている二人に向かって、近くの木陰から様子を窺っていたサイラスが、彼らに向かって呪文を唱えた。


「マーシェス・デラ・ウェード……」

 その途端、二人は瞬きさえ止めて全身が見事に固まり、その手から二人に駆け寄ったサイラスが、同様にやってきたオイゲンに声をかけた。


「今です。オイゲンさん、手を貸して下さい」

「了解」

 そして同じく裏庭に止めてあった幌馬車の中に棺を押し込むと、待ち構えていたファルドが、釘抜きを手に素早く動く。


「お帰り。早速、蓋を開けよう」

「お願いします。俺は後始末をして来ますので。すぐ戻ります」

 そしてルセリアの棺の蓋を開けるのを二人に任せ、サイラスは荷馬車に戻り、バール達に荷馬車に積んでおいた棺がルセリアを入れたそれだとの暗示をかけて、拘束魔術を解いた上、止まっていた間の時間を無かった様に誤魔化して、無事墓地へと送り出した。

 それから再び幌馬車に戻ると、ルセリアは既に棺から出されていた。


「彼女の具合はどうですか?」

 心配そうに問いかけたサイラスに、ファルドが確信を持って答える。


「ああ、予定通り、著しく呼吸も拍動も少ないが死んではいないし、つい先程中和薬を投与したから、数時間で意識も回復する筈だ。念の為予定通り、このまま目的地に到着するまで私が付いて行くよ」

「お願いします。じゃあオイゲンさん、出して下さい」

「了解。じゃあ安全運転で行くぜ!」

 御者台のオイゲンが、安全運転どころかすっ飛ばしそうなテンションで応じた為、サイラスは慌てて釘を刺した。


「ハリード男爵領には、ステイド子爵夫妻が同行する事になっていますから、王都城壁の外で合流するのを忘れないで下さいよ?」

「分かってるって、心配すんな!」

 そして予め魔術で眠らせておいた、通用門の守番の前を幌馬車が悠々と通り過ぎるのを眺めてから、サイラスはやり残していた事に気がついた。


「さて、これで取り敢えずは終わり……、じゃなくて、祭壇の間にもう一度忍び込んで、録画石を回収しないと」

 そしてサイラスは口の中でぶつぶつと文句を言いつつ録画石を回収してから、ステイド子爵邸に向かった。


「あら、サイラスさん、お帰りなさい」

「今回随分働いて貰ったのに、まともにおもてなしできなくてすまなかったね」

 ステイド子爵邸に帰り着くと、先に帰っていたソフィアの両親であるカールストとアリーシャは、既に正装から普段着に着替えて旅支度を終え、玄関ホールに大きな荷物と共に立っている状態だった。その二人から礼儀正しく挨拶された為、サイラスも軽く頭を下げる。


「いえ、お気遣いなく。それよりご出立の準備は万全の様ですね」

 すると二人は、如何にも楽しげに笑った。


「ええ、『こんな所に長居は無用!』と、憤然と領地に引きこもるわけですよ」

「ショックを受けて精神を病んで、二度と王都に来られないかもしれないわね、あなた」

「これで今後公式行事を欠席しても、周りから色々言われる事は無かろう。今回の噂が、貴族間で広まる事は確実だからな」

「これで無駄な出費が、これまで以上に抑えられるわね。それでは失礼しますわ」

「お会いできて嬉しかったです。お元気で」

「……お気をつけて」

 ルーバンス家の者達が『顔色が悪い』とか『足元が覚束ない』などと評した二人だったが、アリーシャは単に畑仕事のせいで日焼けで皮膚の色が濃くなった上、肌荒れで化粧が乗らずに血色が悪く見えただけであり、カールストに至っては夕食の食材を確保する狩りの最中、足を滑らせて挫き、若干足を引きずっていただけという、すこぶる元気に田舎暮らしを満喫していた故であった。その為、今後は滞在費用も馬鹿にならない王都滞在を益々減らせるとあって、二人の足取りは傍目にも分かるほど軽く、上機嫌に屋敷を出て行った。


「さあ、祝杯を上げるわよ! 結構良いのを買っておいたんだから!」

「ベンサム! グラスを持って来て!」

 そんな両親を見送った姉妹は、昔からの使用人を大声で呼ばわりながら居間へと向かう。するとイーダリスだけは彼女達から離れて、こそこそとサイラスに尋ねてきた。


「お疲れ様でした、サイラスさん。それで……、ルセリアは大丈夫でしょうか?」

 そんな彼の懸念を無理もないと思ったサイラスは、明るく言い聞かせた。


「ああ、ファルドさんがきちんと中和薬を投与してくれたし、ハリード男爵領まで同行してくれるから、心配は要らないだろう」

「そうですか。ありがとうございます」

 如何にも安堵した顔付きになったイーダリスを、ここでサイラスがちょっとだけからかう。


「安心するのは、まだ早いんじゃ無いのか? 少ししてから彼女の後を追って、ハリード男爵領まで出向いて、ちゃんと口説かないといけないんだろう? まさか一人で王都に戻ってくる様な、間抜けな事はしないよなぁ?」

 それを聞いたイーダリスは、若干顔を赤く染めながら、拗ねた様にサイラスから視線を逸らす。


「……そんなヘマしませんよ。結構意地が悪いですね、サイラスさん」

「悪い。ちょっとからかいたくなった」

 そして男二人で顔を見合わせてから、小さく笑い合っていると、廊下の向こうから、ソフィアが大声で呼びかけてくる。


「ちょっとイーダリス、さっさと来なさい! それにサイラス! 今、シェリル姫様に魔導鏡で協力のお礼を申し上げたら、会場での一部始終を録画してたって聞いたわよ? そんな面白い物を隠さないで! それを肴に、皆で飲むわよ!!」

「それじゃあ、行きましょうか」

「そうだな」

 ソフィアの主張に同意してサイラス達が合流してから、作戦の成功を祝って三姉弟にケネルとサイラスの面子で、酒盛りが始まった。


「そう言えば、彼女の棺と入れ替えた棺の中は空なんですか?」

 乾杯して飲み始めて早々に、素朴な疑問を口にしたケネルに、録画石の起動準備をしながらサイラスが苦笑いで答える。

「いえ、誤魔化しやすくするために、食用の豚を一頭入れておきました」

「なるほど、そうでしたか」

「因みに、それはルーバンス公爵家からレノーラ神殿への、供物の一部をくすねたんですがね。常に経費削減を心掛けているので」

 そんな事を茶目っ気たっぷりにサイラスが口にした為、周囲で爆笑が湧き起こった。


「あはははっ! 良くやったわ、サイラス!!」

「良いわよそれ位。慰謝料の前倒し分に、こっそり貰っても罰は当たらないわよね?」

「俺は何も聞いていませんから」

「本当に墓を掘り返すとは思えないが、もしそんな事態になっても何かの骨は出て来るわけか」


 そして益々上機嫌になったソフィアに催促されて、サイラスは録画石の内容を披露し始めたのだが、最初は満面の笑顔だった彼女の機嫌がある時点を境に急降下し、そんな彼女の表情の変化を目の当たりにしたサイラスは、これを披露した事を密かに後悔する事になった。

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