第3章 起死回生一発逆転

(1)作戦立案

 襲撃の翌朝、皆で食堂で揃って朝食を食べながら、ソフィアが地下室に捕らえてある者達の処遇について、事も無げに口にした。


「頭領、例の連中、昏睡状態にしているんですよね? そのままどれ位、放置できます?」

 突如頭上から聞こえて来た声に、サイラスはギョッとして顔を上げたが、ジーレスはスープを飲む合間に淡々と答えた。


「そうだな……、これまでの経験からすると、半月程は大丈夫だろう。目覚めた後足腰が弱って、暫く生活に支障が出るかもしれないが、命に別状はない」

「良かった~。じゃああのまま暫く放置って事で。ヴォーバン男爵家の目の前で、大荷物を次々と運び出したら、幾ら何でも怪しまれますしね」

 機嫌良く応じたソフィアに、サイラスは心の中で(そうじゃないだろ!)と突っ込みを入れたが、顔を揃えている中では一番の常識人らしいイーダリスが、早速懸念を口にした。


「姉さん、そうは言っても、半月経ったら周囲に怪しまれずに運び出せるという保証は無いんだが。どうするつもりなんだ?」

 その問いかけに、サイラスは(尤もだ)と頷いてソフィアの様子を窺うと、彼女はその顔に人の悪い笑みを浮かべながら、弟に言い聞かせた。


「心配しなくても、ちゃんと半月後には屋敷から出して、そうね……、手の空いている『デルス』の人に依頼して、隣国の辺鄙な村の中にでも放り出す事にしましょうか。それ位の業務外手当は出してよ? イーダ」

「だから……、姉さんの方針は分かったから、それに至るまでの具体的な手立てとかを、説明して欲しいんだけどな」

 右手で額を押さえながら、呻くように訴えたイーダリスの心境を思って、サイラスは心底同情した。するとソフィアが苦笑いで応じる。


「それに関して、皆に聞いて欲しい話があるから、食事を終えたら談話室に移動して下さいね?」

 そんな事を言われた面々は、ある者は溜め息を吐き、またある者は面白そうな笑みを浮かべながら了承し、全員が食べ終えると同時にぞろぞろと談話室へと移動した。

 そしていつもの様に円形に椅子を並べて座ってから、彼女が実に良い笑顔で口を開いた。


「今回の私達の縁談を、実に都合良く完全に打破する方法について、私からちょっとした提案があるのですが、皆さん、話に乗って貰えませんか?」

 その愛想の良過ぎる笑顔を見たオイゲンが、過去の経験から慎重に答える。


「取り敢えず、話を聞くだけだったらな。乗るかどうかはそれを聞いてから判断するが、どんな話だ?」

「昨晩しっかり暴れてぐっすり寝たら、目が覚めた直後に、もの凄く良い作戦を思いついちゃったんですよ! 題して《起死回生一発逆転。この際ルセリア嬢には、後腐れなく死んで貰いましょう!》作戦です!」

(おいおい、ちょっと待て!?)

 彼女が嬉々としてそんな事を宣言した為、流石にサイラスは慌てて彼女を見上げたが、その横でイーダリスが勢い良く椅子から立ち上がりながら、姉を怒鳴りつけた。


「どうしてルセリアが死ぬ事になるんだ! 姉さん、ふざけるのもいい加減にしろ!!」

「ちょっと待って、落ち着いて! 本当に殺す訳じゃなくて、死んだ事にするだけよ」

「なんかもう話を聞く前から、ろくでもない話の予感しかしないぞ! 一体どんな作戦を考えたんだ!?」

 苦笑しながら弟を宥めるソフィアと、姉に盛大に文句を付けるイーダリスを眺めながら、年長者達は互いの顔を見合わせつつ、盛大な溜め息を吐いた。


「作戦名に、センスが無さ過ぎる……。情操面での教育に失敗したかもしれん」

「頭領、そういう問題じゃないだろう?」

「第一、私達に任された時点で、情操教育もへったくれも無いと思います」

「……それもそうだな」

 痛恨の表情で呟いたジーレスに、オイゲンとファルドが冷静に言い諭す。そんな漫才じみたやり取りをしている間に、ソフィアは若干機嫌を損ねた様に弟に言い聞かせた。


「そう喚かないで、とにかくまず私の話を聞いてよ? それを聞いた上で、もっと良い案があるなら聞かせて欲しいわ」

 その申し出に、イーダリスは取り敢えず何とか気持ちを静めて、姉の話を聞く態勢になった。


「分かった。じゃあ取り敢えず、説明してくれ」

「それじゃあ、まずルーバンス公爵家を油断させる為に、二人とも縁談を受けるって返事をして欲しいの」

 しかしいきなり予想外の事を言われたイーダリスは、怒りも忘れて面食らう。


「はぁあ? 姉さん、正気か?」

「勿論正気だし、本当に結婚したりしないわよ。先にイーダリスの結婚話を進めて、次に私の正式な婚約って流れに持って行くのよ。それから……」

 呆気に取られたイーダリスに向かって、ソフィアは順を追って作戦案の全貌を事細かく説明していった。それを聞いていくに従い、サイラスはそのあまりの無茶振りに思わず頭を抱えてしまったが、それは彼女の身内も同様だった。


「……と言うわけ。どう? 凄いでしょう?」

 計画の全てを語り終えて得意満面で尋ねてきた姉に、イーダリスは頬を引き攣らせながら、慎重に尋ね返した。


「姉さん……、本当にそんな事をやる気か?」

「何よ。不服があるなら、これ以上の対案を出してみなさいよ?」

「…………」

 挑む様に言われてイーダリスは黙り込んだが、この間冷静に内容を聞いていた年長者達から、次々と問題点を指摘する声が上がる。


「ソフィア。今の計画を実行に移す為には、幾つかの問題点があるぞ?」

「まず第一に、当事者であるルセリア嬢の意思を確認していない。次に、彼女の受け入れ先を確保していない」

「まさかファルス公爵に、頼むつもりでは無いだろうね? 公爵だったらそれ位はお引き受けするとは思うが、ルーバンス公爵側と表立って対立するのは不本意だろうし。家臣の私達としては、甘受できないが」

 口々に指摘された内容に、ソフィアは心得た様に頷いた。


「そこの所は、全て私がなんとかします。取り敢えずルセリア嬢の意思は、私が今夜にもルーバンス公爵邸に忍び込んで、確認してきますから」

「今夜!? 姉さん!」

 慌ててイーダリスが声をかけたが、ソフィアは既に決定事項だと言わんばかりに応じた。


「だから明日にはルーバンス公爵家に応受の返事をする様に、準備しておいてね? あんたの方の結婚式は一週間後には執り行って欲しいから、その準備も滞りなく宜しく。それに領地から出てくるのは時間がかかるから、父様達には魔導鏡で今日のうちに連絡しておかないと駄目よ? あ、勿論、詳しい事情もちゃんと説明するのよ?」

 矢継ぎ早に指示を出してくるソフィアに、イーダリスは半ば呆然としながら呟いた。


「本当に、やる気なんだ……」

「当たり前でしょう。いい加減、あんたも腹を括りなさい」

 そこまで言われて、イーダリスは真剣な顔付きになって頷いた。


「分かった。早速諸々の手配をする。親族や職場に結婚の事を告げて、式に出席して貰わないといけない人もいるから」

「ああ、そうね。参列者の問題もあったわね」

 そこら辺はすっかり考えが抜け落ちていたソフィアが頷くと、ジーレスがさり気なく問いかけてきた。


「それで? ソフィア。それらは全て、お前達二人でやるつもりか?」

 その声に、ソフィアは気まずそうに、彼らの方に向き直って申し出た。


「ええと……、それでですね。ここまで話を大きくすると、さすがに私の手に余る事になりますので、この際お三方のご厚情に縋り無いなと、勝手な事を考えておりまして……」

 神妙にそんな事を言ってきたソフィアに、オイゲンが苦笑しながら応じる。


「仕方がねぇなぁ。因みにどれだけ出せるって?」

「王宮からの月毎の支給金の、三分の一を……」

 控え目に申し出たソフィアに、ファルドが若干心配そうに確認を入れる。


「三分の一? それなら三人分で、ソフィアのひと月分の俸給が飛ぶけど、良いのかい?」

「いえ、その……、三人分を合わせて三分の一と言う事で……」

「…………」

 更に消え入りそうな小声でソフィアが申し出た途端、ジーレス達だけでは無く、イーダリスまで微妙な顔付きになって黙り込んだ。そしてそれを聞いてしまったサイラスも、密かに呆れる。


(ソフィア、それは俺から見ても値切り過ぎだ。侍女の俸給がどれ位かは正解には分からないが、王宮専属魔術師の俺より、高給取りの筈は無いよな? それなのに、私用でこんな凄腕の人達に働いて貰う報酬がそれだけって……)

 そして少しの間顔を見合わせていた面々だったが、溜め息を吐いたジーレスが、苦笑しながらその話を受けた。


「仕方が無いか。三人分で三分の一で手を打とう。その代わり、その額で私達が仕事を引き受けた事を、仲間内で口外するなよ?」

 ジーレスがそう口にした途端、ソフィアが歓喜の叫びを上げた。


「ありがとうございます、頭領!」

 それにオイゲンとファルドが、軽い突っ込みを入れる。

「相変わらずソフィアには甘いなぁ、頭領は」

「そんな風に昔から、頭領がガツンとソフィアを拒否できなかったから、こんなになっちゃったんですよ」

「先生! 『こんな』って何ですか!?」

(うん、俺もジーレスさんには、ちょっと文句を言いたい……)

 ファルドの意見に密かにサイラスが同意していると、気持ちを切り替えたらしいイーダリスが、椅子から立ち上がった。


「じゃあ早速、準備を進めるよ。幸い今は社交シーズンの直前だから、貴族は殆ど王都に集まってる筈だし」

 その声に、一度ルーバンス公爵家に使者に立っていたファルドも、腰を上げる。


「それじゃあ俺も、またルーバンス公爵邸へ使者として出向くか。ついでに先方の反応も探って来るから」

「宜しくお願いします」

(本当にあの作戦でやり切るつもりか。とんでもないな『デルス』って)

 そう言って頭を下げるソフィアを見上げながら、サイラスはかなり複雑な心境に陥っていた。

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