(3)不穏な第一印象

「イーダリス殿、エルセフィーナ嬢、お待ちしておりました」

 そんな口上を述べながら笑顔で歩み寄って来た男は、二人の前まで来ると右手を差し出しつつ自己紹介をした。


「私がロイ・ティヌス・ルーバンスです。以後お見知りおき下さい。そしてこちらが……、妹のルセリア・エスタ・ルーバンスです」

「初めてお目にかかります。宜しくお願いします」

 遅れてロイの斜め後ろに歩いて来た女性を、彼が若干ぞんざいに見える手振りで紹介した為、イーダリスが応じる。


「こちらこそ、本日はお招き頂きまして、ありがとうございます。イーダリス・マイル・ステイドです。姉共々、宜しくお付き合い下さい」

「初めまして、エルセフィーナ・ジェスタ・ステイドです。お目にかかれて光栄です」

 イーダリスに続いてソフィアも握手をすると、ロイは大袈裟に彼女を褒め称えた。


「いや、エルセフィーナ嬢はお美しいですね。お話を聞くところに寄ると、ご病弱な母君に付き添ってずっと御領地暮らしとか。しかし全く鄙びた様子も無く、気品溢れる佇まいで、感動致しました」

 それを聞いたソフィアは、鼻で笑い飛ばしたいのを堪えながら、さり気なく持参した扇を三分の一程開いて口元を隠し、一見恥じらう様に微笑んで見せた。


「まあ……、王都暮らしの方は、誉め言葉もお上手ですのね。嫁き遅れの女でも本気にしてしまいそうですから、程々にして頂きたいですわ」

「程々など! 私はあなたに出会った感動を表す言葉を、まだ十分の一も口にしていないのですよ?」

「本当にお上手ですこと」

 ころころと上機嫌に笑ったソフィアに、ロイも気を良くしたのか愛想笑いで応じる。その間イーダリスとルセリアは、無言のまま慎重に相手の観察をしていたが、ここで貫禄のある侍女が静かに声をかけてきた。


「ロイ様。テラスにお席の準備が整っておりますが」

 それで思い出した様に、ロイが窓の方に二人を促す。

「ああ、そうだった。それではお二人とも、こちらにどうぞ。今日は天気も良いですし、我が家自慢の庭園を見ながらお食事をして頂こうと思いまして、テラスに席を設けてみました」

「はい、先程執事長殿から話を伺いまして、楽しみにしておりました」

「ロイ様が差配なさったのですか? さすがに洗練されていらっしゃいますね」

「それほどでもありませんよ」

 二人のお世辞で気を良くしたのか、得意満面で先導するロイを見ながら、ソフィアは笑顔の裏で舌打ちを堪えた。


(ルセリア嬢のドレス……。袖丈も肩幅も、微妙にサイズが合って無いのがバレバレ。滅多にドレスは作らないけど、こっちは後宮勤務なのよ? 王妃様やレイナ様に直接お目にかかる機会だってあるし、日々出入りするご婦人方の衣装チェックはしてるもの。どう見てもそのデザイン、昨年に流行った奴じゃない)

 密かにルセリアの装いを上から下まで吟味したソフィアは、ルーバンス公爵家の無神経さに怒りを覚えた。


(ドレスを新調しないのは仕方ないにしても、せめて縁を詰めて微調整するとか、装飾でデザインを誤魔化すとか、一手間かければどうとでも見苦しく無い様にできるでしょう? それに、ドレスと全然バランスが取れていないアクセサリー……。ドレス同様に彼女の姉妹からのお下がりか、借り物ってところよね。そんな装いで身内を人前に出して恥ずかしく無いのかと言う以前に、末端の田舎貴族には分からないと、高をくくられているのかしら!?)

 椅子に座りながら早くもムカムカしてきたのをソフィアが懸命に堪えていると、同様の事を察したイーダリスが、姉の心境を察して釘を刺してきた。


「姉さん……。気持ちは分かるけど、頼むからこんな所で暴れないでくれ」

 隣席から僅かに身を乗り出しながら囁いてきた弟に、ソフィアは冷え切った声で囁き返す。

「……一応、立場は弁えているから、心配しないで」

「分かった」

 まだソフィアが冷静だと分かったイーダリスは、取り敢えず安堵したものの、これからの話の流れを予想すると全く油断でき無い為、改めて気を引き締めた。

 そして四人が二人ずつ向かい合ってテーブルに着いたのとほぼ同時に、サイラスが主庭園に辿り着いた。


(やっと見つけた。ここか……)

 綺麗に刈り込まれた植え込みの陰から顔を覗かせて、ソフィア達の姿を認めたサイラスは、安堵の溜め息を吐いてからキョロキョロと周囲を見回した。そして適当な高さの木を認めた彼は、もう少しだけ四人が居るテラスにこそこそと近付き、爪を立てて木の幹を少し駆け上がってから、枝から枝へと器用に飛び上がる。


(よし。ここからなら良く見える。それに、この距離から集音魔術を作動させても、他の魔術師には気取られないだろうしな)

 満足そうに枝の上で一人頷いたサイラスは首輪の中央に触れて、再び人語を話せる様にした。そして静かに呪文を唱える。

「パルファ・リム・ユード・ギラン」

 そして唱え終わるなり、サイラスの耳元で男女の声が小さく響き始めた。


「……本日はお二人をご招待しましたので、料理長に腕を振るって貰ったんですよ」

「それでは心して、味合わせて頂かなくてはいけませんね」

「本当に盛り付けが美しい上、とても美味しそうですわ」

 見下ろしている、少し離れたテラス上の四人の会話が聞き取れる様になった事を確認したサイラスは、暫くそこに腰を据える事にした。


「よし、大丈夫だな。このまま少し様子を見るか」

 そしてさほど太くもない枝に四肢を曲げて座り込んだ彼は、注意深く目の前の午餐会の行方を見守り始めた。

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