オーダーメイド保険で幸せライフ!

ちびまるフォイ

失敗が怖くなる最後の瞬間!

「いいかぁ、お前らぁ、失敗したときのことなんかなぁ……若ぇうちは考えるんじゃねぇ!

 どーんと当たればいいんだ! どーんと!!」


「課長、飲みすぎですよ」


「うるへぇ! 俺はいま大事なことを言ってるんだぁ!

 この閉塞した日本社会を変えるには若い奴の……Zzz」


「あーあ寝ちまったよ」


「課長はこういっているけど、その考えが古いよな。

 いまどき若いやつが無理をするって体育会系のノリが古いって気付かないもんかね」


まぶたを閉じてまどろみかけたころに、部下の陰口が耳に入った。

千鳥足で家に帰ると、自分より顔を赤く紅潮させた妻が待っていた。


「今何時だと思ってるの!! 大事な話があるっていったじゃない!!」


「今日は若い奴に向こう見ずの努力の大事さを説いてだな……」


「もういい!!」


妻は怒ってそれきり無視するようになった。

テーブルには置きっぱなしの保険加入書類が残されていた。


「大事な話って……保険か?」


妻と並んで加入しに行くのも気恥ずかしく面倒なので、

翌日に俺は書類を持って保険の会社を訪れた。


「いらっしゃいませ、どういった保険をご希望で?」


「この紙に書いているやつを」


「オーダーメイド保険ですね。かしこまりました」


男は真っ白な書類を取り出して机に置いた。


「では、こちらに好きな保険を作って書いてください。

 内容に応じて私どもから保険金をお支払いいたします」


「それはすごい! つまづいたら保険金貰えるとかできるのか!?」


「オーダーメイドですから」


最近の保険会社はここまで進んでいたのか。

とりあえず、失業保険とか離婚保険などをオーダーメイドで作っていく。


「ご利用ありがとうございました。1点だけ注意があります」


「注意?」


「ご本人様が死んでしまった場合は保険は適用されません。

 うちは生命保険ではないので、死んでしまうと保険は白紙になります」


「ああわかった」


保険会社をあとにした。

その道中、思い切りつまづいて転ぶと保険が適用された。


『つまづき保険が適用されました。100円が口座に振り込まれます』


「すげぇな!! ここまでやるのか!」


金額こそたいしたことはないが、保険があるだけでだいぶ違う。

保険に入ってから俺の日常は激変した。



「みんな! もっともっと挑戦するんだ! 現状維持とは後退だぞ!」


「課長、最近なんだか前より活動的になりましたね」


「まあな。前はどこかで失業したり、嫌われることを恐れていたからな」


今では「失業保険」も「孤立保険」にも入っている。

いつ仕事を失っても、孤独になっても保険があるから大丈夫。


「みんな、新プロジェクト、成功させるぞ!!」


「「「 おおーー! 」」」


失敗を恐れなくなり、新プロジェクトを率いていた。

問題が起きたのはその翌日だった。


「課長! 大変です! 発注ミスで……大赤字になっています!」


「なんだって!?」


確かめると、自分のミスで数字の桁数が間違っていた。

これでは新プロジェクトの失敗が決定したようなものだ。


「課長、どうしましょう……このままじゃ会社が……」


「ど、どうしよう……」


自分には失業保険が適用されるので問題はない。

まして、失業レベルのビッグイベントになれば保険金も高額が期待できる。


でも、ほかの人は……。


「安心しろ、俺のせいでみんなが失業なんてさせない!」


「課長……!」


金さえあればなんとかなる。問題は金なんだ。

だったら向かう場所はたたひとつ。

俺は保険会社へと向かった。


「一番高額な保険金が出るオーダーメイド保険はどれだ?」


「一番は……大けが保険ですね。どうしたんです、急に保険に入りたいって」


「い、いや……一応最高額の保険も入った方が安全かと」


「いまや、深爪しただけでも保険適用されるほど

 保険でしっかり守られているあなたが今更入る必要もないと思いますね」


ぶつくさ言う男を無視して保険に入った。

これで金が入る手はずは整った。


保険会社を出ると、ひっきりなしに車が行きかう道路へと向かった。


「死なない程度に大けがすれば……金が入ってみんな助かる……!」


俺は道路に一歩ふみだした。

目の前にトラックのヘッドライトが近づいて……。



「てめぇ!! なに道路に出てやがんだ!! 危ねぇだろ!!」



俺の寸前で車は止まってしまった。


「まさか……オートブレーキ!?」


「何言ってやがんでぇ! さっさと道路から出ろこのバカ!!」


俺は最新技術を憎んだ。

車にひかれて大けがすれば、保険金が出て助かるはずだったのに。

とぼとぼと歩道に戻ったそのとき。


「あぶない!!」


猛スピードで歩道を走ってくる自転車が突っ込んできた。




 ・

 ・

 ・



目を覚ますと、病室のベッドの上で寝かされていた。


「やった!! 大けができた!」


「やっと目を覚ましたと思ったら何を喜んでるんですか」


保険会社の男はベット脇であきれ果てていた。

すぐに会社に連絡をしてみる。

きっと俺の身をていして作った金が会社の復旧に役立っていることだろう。

社員が泣いて俺にすがる姿が目に浮かぶ。


「もしもし? よぉ、新プロジェクトはどうなった? 会社は?」


『ああ、課長。……って、もう課長じゃないんですね』


「え?」


『会社でしたら、3日前につぶれましたよ。あの大赤字が原因で』


「はぁ!? 金入っていただろ!?」


『入ってないですよ。何言ってるんですか』


電話が切れると、俺の堪忍袋の緒もキレて保険会社の男の胸倉をつかんだ。


「おい! どういうことだ!! 大けが保険が適用されてないぞ!!

 それに、俺の失業保険も適用されてないじゃないか!!」


「なに言ってるんですか、ちゃんと適用しましたよ」


「だったらどうして金が増えてないんだ!!」



「そうじゃなくて、適用したのは死亡による白紙ですって」



「……は?」


「前に言ったでしょう。死んだら保険は白紙になるって。

 あなた、事故後に一度死んでから、なんどか持ち直したんです」


「はああああ!?」


一度死ぬとすべての保険はリセットされる。

これじゃ今までのオーダーメイド保険はもうなくなってしまった。


「それじゃ、またのご利用をお待ちしています」


「お、おい待て!! まだ話は……」


男が病室に出ようとするのを、追いかけようにも足がすくんで動かない。

いったいどうなってる。


「こ、怖い……! 保険に入ってないのにつまづいたらと思うと……!」


もし、離婚されたら。

もし、孤立したら。

もし、つまづいたら。


すべての保険がなくなった今、外には危険が多すぎる。

何もかもが怖くなり、とても動けなくなった。



「お願いだ!! 保険に入らせてくれぇぇぇ!!」

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