宝石妖精

舞原桜水

第1話 アメジスト“紫水晶”


 豊かな木々と花々に囲まれた穏やかな国、イグニス国。気候にも恵まれ、ここ数年、争いごともなく平和な国を維持し続けている。これも国王の成果なのだろう。

 そんな豊かな国では数百年前より、妖精との共存をしているのだ。ただの共存ではなく、彼らは“産まれて”くるのだ。

 人が産まれてくると同時に、妖精は小さな卵として赤ん坊の傍に現れる。一週間もすれば、卵は孵化して中から小さな妖精が誕生する。産まれた妖精は赤ん坊の傍について、人が20という節目を迎えるまでずっと傍にいる、と言われてきた。

 時には赤ん坊の親代わりに、時には遊び相手に、時には物事の良し悪しを教える相手に――。



「こらー!待ちなさーい!!」

 小高い丘の上に建つ小さな一軒家。その一軒家から出てきたのは一人の少女で、淡いクリーム色の髪を後ろで結び、裾の長いスカート。踵の低いブーツを履いた小柄な少女だ。そんな少女の手には人が使うには小さすぎる包帯が握られている。

 少女の目の前には掌に乗る程の小さな妖精が飛んでいる。よく見てみれば、妖精の羽は大きな傷がつけられており、左足には小さな包帯が巻かれている。

 怪我をしているせいか、上手く飛べないらしくふらふらしている。少女は落ちそうな妖精に手を伸ばし、寸でのところで受け止めに成功。はあ、とため息をつく。

掌にいる妖精へ目線を向ければ、少し飛んだだけで疲れたのか、辛そうに息をしている。そんな妖精の頭をそっと撫でて、今度は笑みを浮かべた。

 撫でられるのが心地よいのか、妖精はゆっくりと船を漕ぎだし、そのまま少女の掌の上で寝てしまった。妖精を起こさないようにゆっくりと、家の中へ戻り、数分前まで妖精が寝ていたベッドの中へ優しく寝かしつけた。パープル色の髪の毛を指先で撫でつけ、傍にあったサーモンピンク色の毛布を掛ける。

 少女――ジェルはそのまま自分の仕事へと戻るのだった。


 この国では妖精は人と共に産まれる宿命にあった。産まれた妖精は一緒に産まれた人を守り、時には教育の立場に立つこともある。そんな妖精たちも人が20を迎えると同時に宝石の姿へ変わっていくのだ。

 宝石へ変わった妖精たちは宝石の姿のまま、今度は人を守る立場になるのだ。

 人と妖精は切っても切れない関係がもう数百年間続いている。

 しかし、ここ数年の間で妖精の立場はどんどん人によって脅かされつつある。

 人を守るべき存在として生まれた妖精を、人は全く違う考えを持っているのだ。

 欲望に忠実で、己の欲望を満たすためならなりふり構わない。それが人だ。

 いつの頃からか人と産まれる妖精たちに目をつけたのだ。

 妖精は高値で売れる。宝石になってしまった彼らには自我なんて存在しない。あくまで宝石でしかなく、大人たちはそこに目をつけたのだ。

 どうせ使えないのなら売ってしまえばいい。どうせなら、金にしてしまえばいい。

 それだけならただの売買だ。しかし、それで収まるわけもなく、いつしか宝石に変わる前、そう、妖精の状態での売買が増えたのだ。

 殺さず、傷ぐらいならいいだろう、金になるのだから。

 


 ジェルはそんな大人たちを幼いころからずっと見続けてきた。比較的穏やかな街で暮らし、街の人々も妖精を、宝石を大切にしてくれている。

 優しくて、穏やかな時間。

 ある日、街にやってきた一人の商人によって穏やかな時間は永遠に奪われることになったのだ。

 商人は最初の頃は普通の人だった。他国の珍しい衣類を売る。しかし、そこで商人が金の代わりに求めたのが宝石だ。

 肌身離さず身に着けるよう言われている人々は最初は戸惑ったが、商人は言葉巧みに彼らを騙し、宝石を奪っていったのだ。挙句、まだ妖精状態である子どもの妖精にすら目を付けたのだ。

 そこからは――。

 ジェルは振りかぶる。嫌な記憶を思い出しくない。あれは悪夢だ。

 あいつさえ来なければ、ずっと穏やかな時間を過ごせたのに、母も、妹や弟たちも、幸せだったのに。

 すやすやと寝息をたてる妖精を見ていると、心の一番暖かい部分をぐじゃっと音を立ててナイフで突き立てられる感覚に襲われる。

 彼らを守るために、ジェムはこの仕事に就いたのだ。

 『妖精医療(フェアリードクター)』

 傷ついた妖精を保護し、治療することを生業とする仕事。


ジェル・リンダーソンの仕事であり、日常なのである。


 

 

 

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