第4話 出会ったのは……

 “ガアアアアアアあああああああ”


 あまりの衝撃からヨゼフは一瞬の間思考が止まってしまっていた。その間はあまりに致命的な隙だった。やられる。そう思いつつも迎撃の準備をすることが出来ない。そのヨゼフの眼前にうねり声をあげながら黒い影が横切る。その影はレッドリンクスの頭めがけて飛びかかっていた。


「ポーラ!!!」


 その黒い影は紛れもなくポーラであった。気にもしていなかった相手からの攻撃にレッドリンクスにスキが出来る。それによりなんとか意識を取り戻したヨゼフは弓をレッドリンクスへと向ける。


 その瞬間ポーラがレッドリンクスに薙ぎ払われるのが見えた。小さな呻き声をあげ、数メートル離れた木にたたきつけられる。その姿を見たヨゼフの理性は飛んでいた。


「貴様ぁぁぁあああ!!!!!」


 両親を獣魔の襲撃によって亡くしたヨゼフにとってポーラは両親の忘れがたみであり家族であった。最後に残った家族、その存在までおまえらに奪われてたまるものか。

 ありったけの魔力を注ぎ込み、射抜いた一撃は光り輝く雷撃を纏いながら螺旋を描きレッドリンクスの頭を貫いていた。

 レッドリンクスは真っ赤な鮮血をまき散らしながら息絶えた。さすがの獣魔も頭から全身を一直線に貫かれては生きながらえることは出来ない。しかしその代償は余りに大きかった。

 かなりの魔力を消費し、身体全体に酷い倦怠感が襲う。さらに余りの威力に弦が耐え切れず切れてしまった。もう矢を射る事は出来ない。それでもヨゼフは身体を引きずりポーラのほうへ歩き出す。


 なんとかポーラの下までたどり着きつくと、ポーラは小さな鳴き声を持って応えた。レッドリンクスに薙ぎ払われた箇所から酷い出血をしている。恐らく木に叩き付けられた衝撃で骨折もしているだろう。早く処置をしないと危ない。


「大丈夫だ、絶対にお前を死なせはしない。何があっても一緒に町に帰るんだ。踏ん張れよ相棒」


 心の中では後悔の言葉ばかりがよぎるが口に出すことはない。この相棒は命を賭してこの俺を守ってくれた。ならばその信頼に応えなければどうする。

 ポーラに羽織っていたマントをかけると、ヨゼフは見渡しのいい丘の頂上を目指した。あそこならば見渡しがいいのでどこから奴が襲ってくるか一目瞭然となる。逆を言えば相手もこちらを見つけやすいのだが。

 ヨゼフは疲れ切っている体に鞭を打って走り、何とか追いつかれる前に丘の頂上にまでたどり着いた。今追いかけてきているであろう一匹はかなり用心深く、恐らくは三匹のリーダー格であろうと予測できた。

 でなければわざと気配を感じさせ時間を稼ぐ等という知能を持っているはずがない。そして今も虎視眈々と隙を伺いながら襲い掛かるタイミングを見計らっているのだろう。


「出てきやがれ、化け物め。おれはここにいるぞ!」


 ヨゼフはあたりで最も高い位置にある丘の上で盛大に名乗りを上げた。そして大げさな動作で弓を地面に投げ捨てた。使えない武器等持っていても仕方ない。とにかくいまは注意を俺に引き付ける。分の悪い賭けなんてもんじゃない。ほとんど自殺に近いような方法だが残された道はこれしかなかった。


「武器も捨てた人間ごときに弱腰とは、大したことねぇな猫っころ!おれは逃げも隠れもしねぇ!

  

 タイマンといこうじゃねえか!」



 獣魔に人の言葉が分かるかどうかは知らない。だが大声をあげることで、虚勢を張ることは出来た。本当は恐怖で足が震えている。だが相手には自分の位置を知らせてしまった。もう後には戻れない。そして草陰からゆっくりとそいつは姿を現した。

 まるで自分の姿を見せつけるように現れたのは先ほどのレッドリンクスよりもさらに一回り大きな体をしていた。そしてその背中に黒々と生えた一本線の鬣が自らの力を示す。

 獣魔には同じ種類であってもランクがあり、それは見た目で判断できる。レッドリンクスは力を蓄えるにつれ背中に黒々とした鬣を持つようになると聞いたことがある。つまりこいつはそれだけ力を持っているいのだろう。そしてその意味を俺が知っている事すら承知の上のように見える。


 反撃の手段を無くした相手にまざまざと実力差を見せつけ絶望を持って反抗の気を削ごうとしているか。ふざけるな。獣魔なんぞの策略にもう二度と乗ってたまるか。こっちは元々実力差など承知の上なのだから。


「てめえが来ないならこっちから行ってやる!」


 手に持った鉈を手に雄叫び上げながら突撃をかける。それは正に無謀といえる行動だった。如何に適合者とはいえ、結晶機なしでは身体能力が高い人間に過ぎない。それが本来武器ですらない鉈を持って獣魔に対するなど正気の沙汰とは思えなかった。それでも鬣持ちのそいつは全く気を緩めることなくヨゼフを睨めつける。

 野生の本能か、ヨゼフの持つ覚悟を感じたのか、ヨゼフの突撃に対し横に跳び上がり丘の上に降りたつ。坂の傾斜を利用した突撃もこうなってしまえばブレーキの利かない攻撃となる。そのまま無様に転げ落ちる始末である。この隙を逃す相手ではない。ふっと軽く跳び上がると一瞬でヨゼフへと飛びかかった。

 そしてなんの抵抗すら出来ずに馬乗りとされる。しかしヨゼフの顔には笑みが浮かんでいた。仰向きになって構えた左手には矢をセットした状態の結晶機の中心部がしっかりと握られている。


「くたばりやがれ化け物!!」


 ヨゼフはありったけの魔力を込め、右手で矢を結晶機の残骸へと押し込んだ。


 その一瞬一瞬はまるで時間がスローモーションになったかのようにゆっくりと見えた。迸る雷光ひとつひとつまでも鮮明に見える。中心部だけ強引に抜き取った結晶機は上手く魔力を伝道せず、強力な雷を垂れ流した。おかげでヨゼフの両手は雷により焼きただれてしまっている。

 しかし雷を纏った矢は結晶機から放たれ鬣付の心臓へと確実に放たれている。心臓を貫かれれば獣魔とて死ぬ。確かな手ごたえがヨゼフにはあった。


 勝利を確信した、次の瞬間目の前が一瞬真っ暗になり、その後ヨゼフは強大な衝撃と共に体が宙を舞うのを感じた。


 そのまま受け身も取れずに地面に叩き付けられる。自分が鬣付に薙ぎ払われたのだと自覚したと同時に世界は時間を取り戻し猛烈な痛みが全身を襲ってきた。

 なぜだ。確実に心臓を狙ったはずなのに。朦朧とした意識の中で鬣付を見ると胸に突き刺さった矢を咥え引き抜く姿が見えた。その間には鬣付の右手があった。つまり鬣付はあの一瞬の間に右手を前にだし矢の威力を低下させたのだ。麻痺の残る右手をかばいながら、ゆっくりと鬣付はヨゼフへと足を向ける。


 「ふざけんなよ、俺は町に帰るんだ、ポーラと一緒にあの村に」


 薄れかける意識の中で動かぬ体を引きずり顔を上げる。しかしその目の前には圧倒的なまでの力が立塞がっていた。


“オ――――――――――――――――ン”


 この戦いの勝者は勝利の雄叫びを上げた。その響きはどこまでも雄々しく、だがしかし悲しみも帯びているように感じた。三匹で行動していたということは同時期に追い出された兄弟だったのだろうか?なぜかそんなことが頭に浮かんだ。

 獣魔に家族の情があるとでもいうのか。いやあったところで何も変わりはしない。こいつは獣魔で俺は人、やるかやられるかそれだけの関係性しかないのだから。


 そしてついにその時が来た。こいつは俺を食うのだろう。荒い息が肌に生暖かく感じる。すまんポーラもう会いに行けないよ。お嬢様申し訳ありません約束は守れそうにありません。そうつぶやき。目を閉じた。


 …おかしい。食われると覚悟を決めたのに一向に食われる気配がない。痛み自体はある。全身傷だらけだし骨も何か所か折っているだろう。それでも鬣付の野郎の牙を感じることがないのだ。


 「嬲り殺しか。どんだけ趣味が悪いんだこの野郎」


 そう思いながら、目を開けると鬣付は何かの気配を察知し辺りを警戒しているようだった。まさか町から救護がきたのか。まずい。こいつの力では逆に返り討ちにあい全滅するぞ。

  そんな見当違いなことを考えていると、聞いたことがある音楽が微かに聞こえてきた。こんな所に町の演奏家なんかが来るわけない。じゃあこれはなんだ?その音楽はだんだんと近づいてきている。

  すると鬣付は一瞬だけ俺を睨めつけたあと、踵を返し最初の一匹がいた方へと走り去っていった。その様子を呆然とヨゼフは見送っていた。


「助かった……のか?」


 そうしている間に音楽はさらに近づいてくる。そしてだんだんと歌っている歌詞まできこえるようになってきた。その陽気な音楽はほんの少し前まで死闘を繰り広げていたその場には全く持ってふさわしくなかった。



『……るひ…のなか…であった』


 断片的に聞こえ来る音楽は明らかに子供向けの音楽であったけれど、その歌声は今までに聞いたことがないほどに綺麗でヨゼフは自分がすでに死んでしまったのかとさえ思った。天国とやらは苦しみのない安らかな世界だと聞いている。この音楽はまさしくその様を表しているように感じられた。しかしその音楽はますます近くなり、歌詞も鮮明に聞こえるようになる。


『‥あらくまさ‥おれいにうたいましょ ラララ ラララララ~ ラララ ラララララ~』

 






「……森の…くまさん?」


 その一言を最後にヨゼフは意識を失った。

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