10

「コース外を許可なく滑走することを固く禁じます 滑走した場合別途特別料金を頂く場合があります」 若市やましたスキー場のフェンスに掲げられた看板より。




 このスキー場にコースは、二種類しかなかった。 初級者用と上級者用。初級者用がメインゲレンデとなっていて、リフトで登ってきた斜面そのままだった。傾斜もゆるやかで幅もとても広く、これといった特徴もなく、だらだら山下家の屋敷まで滑り降りることになる。

 新雪のパウダー・スノーがやはり何と言ってもたくみを誘惑した。

 上級者用の斜面は、降りたリフトから右手に進むことになる。丁度朝来南から国道を進んだ方向と同じになる。方向として廃校とは真反対。コースの最初のところまでは、尾根伝いにゆるゆる進むことになるが、突然、切り立った、崖のような斜面が現れ、コース幅も真剣にコース作りされておらず、狭い。両側に低いフェンスはあるが、針葉樹が伸び放題に伸びている。見通しも悪く、初見で滑走するのは、無理そうだ。

 このスキー場の頂きでスキー板を履いたままちょこちょこ横歩きしながら移動していると、小学生の三男の三六さぶろくがついてくる。

 巧のことを見張るように和夫かずお良枝よしえに言われているのかもしれない。

 ふん、巧は鼻で笑い、その自分の考えを吹き飛ばし、初級者用を滑走しだした。

 三六さぶろくはスキーを履いていない。

 巧は、この程度の斜面だとパラレルでターンしながら、自由に滑れる。伊達に学生時代からやっていない。

 緩斜面だとはいへ、積もったばかりの雪に貸切状態のゲレンデ、少し考えられないくらいの贅沢だ。

 と、思って快調に滑走していたのは最初だけで、斜度が中盤から急激に変わった。

 リフトが二段階に設営されていたのはこのせいだったのだ。

 そこからは、リフトと同じで、お世辞にも丹念にコース設営されていますとはいえない、それどころか、初級者用とは名ばかりのこぶだらけ、雪質もどうしてこうばらばらになるのか理解できないぐらいの、コースとなった。

 しかし、巧は持てるスキー技術を屈指して難コースをクリアしていく。こぶは飛ばずに上手く避ける。板のエッジを立てそのエッジで雪の斜面を感じながら、、、。進学も就職も結婚も子育ても少しずつ裏切られたが、スキーだけは、相変わらず裏切らない、そんな思いだけは、今もしっかり持っている。

 そして、リフトのある反対側に大きくシュプールを描いたところで、わざところんだ。丁度、リフトからもゲレンデ下の山下家の屋敷からも見えなくなる場所を計算して。緩やかな斜面からは、三六が転げるように駆けてきているのが巧には見えていた。丁度斜度が急激に変化する辺りまで駆け下りている。リフトだと力斗りきとがいたあたりになる。ころんだまま伏せた姿勢で板のヴィンディングを外すと、板とストックを揃え、斜面の雪が緩やかに積もったところに埋めて隠した。

 そして、ウェアのふくらんだ中には、家から履いてきた普通のホーキンスのブーツを隠し持っていた。ブーツを寝転んだまま履き替えるとスキーブーツも一緒に隠した。

 そして、巧は、そのままごろごろ腹ばいの姿勢でフェンスまで転がると、見られていないことを確かめてから、フェンスの外に出た。

 これで、山下家の領有する土地から出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る