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「安全にお使いいただくためにこれだけは守りましょう」
リフトの発電機の取扱説明書より。
天気は快晴。驚くほどいい。昨日の午後の風雪が本当にウソのようだ。
リフトは二段階でコースの最も高い地点までスキーヤーを運ぶ事になっていた。といっても、スキーヤーは巧しか居ない。
小さなリフトで、小さいから二機に分けて、若市山の上まで運んでいるといってもよかった。
下のリフト乗り場の横には、大型なのか、小型なのかわからないが、重油か軽油かガソリンかわからないが、発電機やかましい音を立ててうなり、その電力でリフトを動かしていた。
下の乗り場には、和夫が居た。
「下の看板だと、二つコースがあるみたいだけど、どんな感じなのですか?」
巧も答えなど期待していない。中継点というか、二機目のリフトの乗り場には
想像したとおりだった。遠くから見るぶんには立派なリフトだが、近くで見るとリフトは古くて、ボロい。至る所錆びており、何かのしっかりした行政の安全基準を守られているようには、決して見えない。
しかし、ここで、逃げ出すわけにはいかない。
巧はスキー客なのである。そして乗り場に進む。発電機の壮絶な音にかき消されていたが、リフトの軋んでで動く音も相当である。
スキー板をブーツにヴィンディングし、リフトが上から順に降下してきて、ぐるっと乗り場で回るのを振り返って見る。
すべてのリフト席の昨夜の雪がつもったままである。ところが、巧が座ろうとしていたリフト席に和夫がぱっと腕で雪を払ってくれた。
意外な行動にあっけにとられていると、お尻のところまでリフト席がやってきて、すとんと席に乗り込んでしまった。
和夫の驚きの行動に巧は振り向いていると、リフトはコースに沿ってどんどん進んでいく。地表からリフトまでの高さが丁度四、五メートルぐらい。人が恐怖を感じる一番怖い高さだ。
頭上のリフトの連結器のところは恐ろしいほどの音を立てて軋んでいた。
頭上を気にし続けるわけにもいかなくなったのは、
足のステップにスキー板ごと両足を置いた時だった。
ガスンという自然な音をたて、左側のステップ・ホールダーが外れた。丁度巧は、右側に乗っていたのとリフトの座席に深く腰掛けていたので落下はしなかったが、ステップに重心をかけていたらどうなっていたかわからない。
巧は、腹筋と太ももの上部の筋肉に必死に力を入れ、スキー板と自身の足を支えていた。
鼻から、思わず、大量の息を漏らしてしまう。そしてその全てが、白い息となる。
力斗の待つ第二リフトまで後、十数メートル。
力を入れ続け、リフトの中継所まで足とスキー板をキープする。
後、数メートル。
オンボロリフトで筋トレだ。
尻、ふともも 腹筋の乳酸がその筋肉を駆け巡り、限界濃度に達しようとしている。
助けてくれ、本心だ。
と、と、到着。倒木のように、リフト乗り場の吹き込んだ新雪の中に倒れ込む。普通に見たら滑稽でしか無い行動だ。
ステップの壊れたリフトは、クルッと回転し、下っていく。
力斗が、全く感情のない目で倒れ込んだ巧を見ている。
巧は、文字通りストックを杖として使い立ち上がった。力斗も和夫と同じような目をしている。
スキー板を平行にして、横歩きで、乗り場に向かう。ここの発電機は下の発電機に比べ輪をかけて古く、ボロだ。音が定期的に鳴っていない。時々、息をついたり、空回りしたかと思うと、狂ったようにガチャンコがちゃんこ鳴る。機械なのに一定に動いていない。
安全管理のレベルではない、壊れているのはだれの目に明らかだ。そしてこの第二リフトは、下のリフト以上に傷んでいる。この第二リフト乗り場に力斗という人間が一応配置されている方が、不思議なぐらいだ。
巧は、もう発電機似など気が回らない。第二リフトではリフトの錆ぐわい、ステップばかり見だした。
人間工学上、さっきの乗り方は筋肉の急激な疲労の観点から出来ない。
ものすごく、長く乗り場でリフトを見定め、おそらく同じのが一周ぐらいしたのではないか!?。
一番マシなやつに左足のスキー板で蹴って右足のスキーで滑り乗り込む。あっという間にリフトはコースに沿って進んでいく。
恐る恐るステップに足を置く、徐々に最低限の体重を掛ける。力を入れて踏むような馬鹿なことはしない。
大丈夫なようだ。
巧が安心した後に座席から振り向くと、力斗がどんどん小さくなっていく。
ようやく、普通に下り場に到着できそうだった。
その瞬間、今度は、頭上でガトンと音がすると、リフトの簡単な日差しよけのシェイドが折れ曲がり、巧の首をはねるが如く直角に折れ、一瞬で目の前から迫ってきた。
巧は、ストックで受け止めた。
もう剣術である。
リフトの座席の屋根で首をはねられることは免れたが、頭ごと屋根ですっぽり覆われた形になり前が見えない。
いや、周囲が全く見えない。見えるのは、下だけだ。大丈夫だ。下り場に到着すると地面が近づくはずだから。
しかし、今、リフトのシェイド、屋根を支えているのは、支柱でなく、巧の首の筋肉と上腕の筋肉だった。リフトの屋根を振り払い下に落とすことなど無理だった。
またもや、乳酸が筋肉の持続力の限界を知らせつつあった。
今度は、先と違い、後何メートルなのか、わからない。下は一面の雪高低の差がつかみにくい。
後、どれくらいなのだろう!?。
筋肉はもう限界を告げている。
その時、リフトの座席が旋回しだしたことに巧の三半規管が
巧は、またもや、体ごと、いや、リフトの屋根を頭に載せたまま、白く見える場所に体を投げ出した。
このコースの最頂部には、なんと、
一体、どうやって、この少年はここまで登ったのだ。
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