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「名前を皆考えたのは私ですはぁ」 種村高政・著、増補改訂版『山下家』の中での山下良枝への取材ノートより。



 大広間は、屋敷の中心に囲炉裏があり、そこを囲むようにお膳が設けられていた。

 たくみは、浴衣に単膳でそこに現れた。

 他に客は居ないにもかかわらず、お膳の数は信じられないほど多かった。

 囲炉裏の一番近くの広間の中心に良枝よしえ御櫃おひつを抱え、ちょこんと座っていた。

 大量のお膳の数は、この山下家の家族の人数によるものだったのだ。巧はどこに座っていいかわからず、広間の入り口で立ち尽くしていた。

「適当に座ってくださえ、全部、みないっしょですからぁ」

 それにしても、この家族の多さには圧倒される。

 広間の一方のふすまが閉められていた。咳き込む声がその奥から聞こえた。誰か病人か老人がいるのだろうか。

 風呂場で混浴となった女子中学生も居た。巧は少女の方に顔を向けられなかった。もちろん先程の小学生も居た。そして和夫かずおも。

 巧はなにも考えずに適当に座った。そうするしかなかった。しかし、お膳の中は存外に寂しい内容の皿の数とおかずだった。

 そして、ここで、山下家の全員の紹介が、良枝によって始まった。どうやらこの宿泊所を取り仕切っているのは、この老女、良枝らしい。

 良枝の息子が、大男の和夫。30代か40代。年齢不詳の体躯の大きさをしている。

 和夫の長女とおぼしき、大きな娘が居た、名前は井千子いちこ娘盛りである。女子大学生か女子高生といったところ。妹らしき赤子をあやしているため、うつむき加減で長い髪を垂らし、その髪が顔にかかっているので顔まではよくわからない。

 先程の浴場で出会わせた女子中学生は次女らしい。名前は、継映つぐえ。風呂場であった時と同じ、仏頂面の無表情でお膳の前に座っている。

 そして、長男が先程の巧の部屋に居た小学生、力斗りきとここから、子供の数が異常に多くなる。

 巧も一度良枝の説明を聞いた限りでは、覚えられなかった。巧自身も覚える必要もないと自分に言い聞かせたのだが。

 小学生の男子は、力斗りきとを含め、三人おり、上から、力斗りきと烈太れった三六さぶろくと続く。そして、その下に、小学生一年生の女子、呂華ろっかとなり、ここまでが、小学生組みである。小学生の子は4人いることになる。

 この下に、幼稚園組みが年子で男子と女子が存在する。可愛い盛りであるはずだが、どこか表情が暗く、ふたりともしかめっ面をしている。名は上の男子が占目しめに女子は留雌とめ。このあたりで子供を終わりにしたかった事は名前からも容易に想像がつく。

 そして、長女、井千子いちこがあやしている、乳飲み子の女子の末子ばっし咲香栄さかえとなる。

 不思議なのは、これらの10人の子供を産んだ、母の存在がないことである。

 離婚したのか、、。良枝も和夫の恥と思ってか一切触れようとしない。

 襖の奥からは、時折咳き込む声と老人特有の痰を切るような音が頻繁聞こえる。起きてこられない様子で、相当弱っているらしい。ふすまの奥にいるのは、良枝の夫ではなかろうか、但し、これも一切説明はなかった。

 次女の継映つぐえがなぜか、大量のお膳をふすまを開け、幾度も運び入れる。

 巧は大量の薬膳でも用意されていると判断した。


「なんもねんあな田舎ですから」そう良枝は言ったが、本当になんにもないお膳だった。 本当に一汁三菜といったところである。そして、白米の御櫃おひつは良枝が後生大事にかかえている。気軽におかわりを頼めるような雰囲気ではない。

 しかし一汁三菜の一汁には、肉がしっかり入っていた。

「これは、なんの肉ですか」

 巧は、良枝が喜ぶだろうと思って訊いたが、そっけない答えだった。

いのししじゃ」

 巧が期待していたのは、"播但連絡道路"のたんの但馬牛だったが、この宿泊料金で和牛が食べられるわけがなかった。

 良枝と巧、以外はだれも一切一言も話さず、時折、閉められた襖の奥から咳き込む音が聞こえるだけのお通夜のような夕餉であった。

「で、スキー場のコースはどんな感じですか?、上級コースもあるのでしょうか?」

 これも、居たたまれず、会話を続ける目的と本当の好奇心から巧が良枝に尋ねた。

「スキーのことは、わたしゃー知らんから、和夫に任せとる」

ということだった。

 山下家自慢のスキー場ではないらしい。

 そして、何かに追われるように、お膳はあっという間に片付けられていった。


 ここいら田舎の夜は長いのだ。

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