ジャヴェルはジャヴェルを告発する

 あの哀れな女の具合はどうもよくない。ずっと熱で浮かされうわ言ばかりを言う。コゼットという名の娘を預かっているテナルディエとかいう夫妻に手紙を出したが、彼らは娘を返さないどころかさらなる入り目を要求してきた。こととすると、私自身が行かなければならないかもしれない。そういうわけで、市長としていくつかの緊急の案件を処理していた時に、ジャヴェル君が入ってきてこのようなことを言うものだから驚いた。

「私を首にしてください」

「君は何を言っているのだね!首にする理由などないよ」

「それをこれからご説明申し上げます」

 見ると彼は随分と.....変わってしまっていた。警察所であのかわいそうな女を捕まえた時の、あの燃えるような、異常な職務への忠実が、どうにもねじくれてしまったようである。

「六週間前、あの売春婦の事件の直後、私はあなたを。具体的には、少年から金銭を強奪した罪で再犯者として告発したのです。あなたの怪力やそのほかもろもろの調査からそう考えたのです」

「それで?」

 何とかごまかしたものの、私の動揺ときたら!八年以上前のことをどうして掘り起こせたのでしょうか!あの少年とは私が最後に人から奪ったあの少年だろう!では、これから私は逮捕されると?

「私は疲れからか事実誤認をしており、任務を外れて休息するべきであると、返事がきました。というのは、すでにジャン・ヴァルジャンはパリで捕まっているからです」

 わけがわからない。私がジャン・ヴァルジャンだというのに、どうしてジャン・ヴァルジャンが捕まえられるというのだろうか。

「こういうことです、市長殿。ある田舎に、シャンマティユーじいさんと呼ばれる老人がいました。全く、何をやって生きてるんだかわからないような連中で、昨年の秋に酒造用のリンゴを盗んで逮捕されました。ここまでなら微罪ですな。しかしここで偶然というのがひとさじのスパイスのごとく効いてくるのです。その老人が投獄されたところの牢番に、ブルヴェーというのがいました。前科者ですが、行いが良かったとかいうので牢番の職を与えられたのです。そのブルウェーがシャンマティユーとやらを見た時にこういったのです。『わしはこの男を知ってる。こいつはいわくつきの男だ。貴様はジャン・ヴァルジャンだな』と。しかしシャンマティユーのほうでは否定しましたので、別にジャン・ヴァルジャンと同じ牢獄にいたことのある囚人を連れてきました。コシュパイユとシュニルディユーという名の、無期懲役を科された連中です。そいつらもその男をジャン・ヴァルジャンであると認めました。最後の確認として、私が呼ばれました。というのは、私も実はジャン・ヴァルジャンを見たことがあるからです。警察に勤める前には牢番をしていたのです。私が見ても、奴はジャン・ヴァルジャンでした。そうして本物のジャン・ヴァルジャンの居所がわかったからには、尊敬されるべき市長を徒にジャン・ヴァルジャンとして告発したという咎について、自ら出頭し処罰を希うべきであると考えた次第です」

 なるほど、私と極めて似た顔の人が、私として逮捕されたわけだ。

「そして、その裁判というのはどうなるのです」

「難しい問題です市長殿。というのは、リンゴを盗むだけならまあそのうち檻から出られましょうが、それは再犯であり、そして少年から金銭を奪ったことも加味されるでしょう。おそらくは終身刑になるかと。明日裁判になりますので、証人として召喚された私は今日の晩の馬車で出なければなりません。免職についての手続きを早めに済ませていただけると幸いなのですが」

「なるほど。しかし私は君の言うことぐらいで人を免職しようとは思わない。些細なことで人を罰し職を取り上げるのは罪悪です」そう、あの哀れな女に私がしたように。

「市長殿、恐れながら重ねて申し上げます。たとえ自分の上官を疑うのは悪いことであるとしても、疑念をいだくのは警察の職務上必要なことであります。しかし、一時の感情に駆られ、証拠不十分にて市長を告発するというのは、警察にあるまじきことです!仮に私の部下がそうしたならば、私はその人を免職するでしょう!市長は政治家として、人の法の下に公正たる必要があります!私はこれまで犯罪者に対し過酷でした。それは私が自らに対しても過酷であるからこそ正当だったのです!ここで免職されなければ、秤は傾き私は卑劣漢となるでしょう!私は上司として範を示す必要があり、また全ての人を、富める者も貧しいものも男も女も、同じように扱う義務があります。職!私は健康な成人男性です。まあなんとかなりましょう」

「とにかく、私は君を免職しない。それどころか、君は昇進に値する人物であると考えている。この話は終わりだ、私は忙しいのでね」

 そう告げると、ジャヴェル君は頭を垂れ退出した。こう言い残して。

「市長殿、私は降任が来るまで、仕事は続けていたしておきます」

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