第20話 妹

「あの、私っ、レイン・テイスターと言います!!」


 騎士団の食堂では絶対に口をすることのない食事に舌鼓を打った後、アフドとコートと別れた俺たちはマスターの案内で店の裏口に来ていた。


 俺たちを待っていたくだんの少女は、相変わらずのわたわたと緊張した様子で名乗った。


 薄茶を基調にした給仕用のメイド服にはシミひとつなく、牛皮のブーツからはまだ糊の匂いが立ち上ってきそうだ。


 しかし、140cm少々の身長には不釣り合いに見える服装に身を包む彼女にはそれ相応の雰囲気がある。明らかに18歳の俺より幼いが、どこか別の場所でも同じように働いていたのだろうか。


 クラッドが口火を切った。


「君、このふざけた男とはどういう関係なんだ?」


「お兄ちゃん」


「は?」


「みたいな人です」


「こいつが? 人の面倒を見るより、人の生活を破壊する事の方が得意な男だぞ」


「確かに、お兄ちゃんはよくイタズラする人ですけど」


「イタズラじゃ済まない事も多いけどな」


「ですけど、私をいつも守ってくれたんです」


「本当にこいつが?」


「そうです。お兄ちゃんが」


 少女と反抗期の長身エルフが、カーチスを指差して睨み合う構図が完成した。


 当のカーチスは上の空を装って口笛を吹いている。役に立たん。


 空気が悪くなるのは避けたいので、俺が会話に割って入る。


「レインちゃんだっけ? ということは、カーチスと同郷なわけだね」


「そうです、お兄ちゃんが住んでたお屋敷の使用人をしていました」


「屋敷?」


「え、みなさん知らないんですか? お兄ちゃんはネルティーザ領の領主様の末っ子ですからおぼっちゃまですよ」


「「おぼっちゃま!?」」


 全員で唱和してしまった。こいつが「おぼっちゃま」だと?


「カーチス君はそんな高貴な家の生まれなのですか?」


 珍しくオリヴィエも質問を投げかける。それくらいにはカーチスと領主の屋敷のイメージは結びつかないのだ。


「ええ、それはもうこーんなおっきさです」


 身振り手振りで必死に説明していても、胸を張って両手を目いっぱいに広げる姿がなんだか小動物めいて可愛いな、としか思えない。身体が小さいからスケール感ゼロだ。


「あんた、それは本当か?」


 クラッドが訝るようにカーチスを見る。調子外れな口笛が萎む。珍しくクラッドの優勢だ。


 視線に耐えきれずにカーチスは口を開いた。


「ま、まあねー」


 出自の話をされるのはバツが悪いのか、目は泳ぎ下唇を噛み、体を逸らして顔を背けている。


 本当に会話になりそうにないので、また俺が口をはさむことにする。


「君はここで働いてるみたいだけど、カーチスの屋敷はどうしたの?」


 努めて穏やかな声で話しかけると、レインは小さな身体を抱き寄せるようにして俺を見上げた。最近目が腐っていることに定評があるので、警戒されるのは仕方ない。


「王都に出てくるために辞めてきました」


 しかし、そこだけは強い意志を感じさせる瞳でレインはカーチスを見た。どうやら気があるな。


「それはそれは行動的だね。年は幾つなの?」


「15です」


「なるほど、生活費をカーチスに頼る気が無かったわけだね」


 これには少女の本気が見える。「私をいつも守ってくれたんです」のセリフからはカーチスの少女に対する想いも伺えるので、俺は自信たっぷりに口を開いた。


「おい、健気ないい子じゃないか。この子はお前を追いかけて王都まで出てきた口だぞ、何とかしてやれ」


「いや、俺が来いって言ったわけじゃないし、生活って言っても俺ら給金も多くはないし...…」


「男じゃないなぁ」


「お兄ちゃんはそういうのじゃないです! 私が勝手にしたことですからっ」


 ぼやくクラッドに、カーチスを守ろうとするレインが突っかかった。またもや睨み合う構図だ。


 だが、カーチスが男らしくない事には同意せざるを得ないので、レインの苦労を軽減しつつカーチスが男らしくなる案を提示する事にした。


「じゃあ俺とクラッドもちょっと金出すから、レインちゃんはカーチスと暮らすってのはどうだ?」


「俺は何もそういうつもりじゃ」


「え、え、そんなわけには」


「俺こそ関係ないだろ!?」


 カーチスとレインは2人揃ってたじろぎ、突然出資者に加えられたクラッドは驚きに目を見開いた。


 しかし、人の感情の機微に疎いオリヴィエには反論は通じない。妙案とばかりに手を叩いて賛成した。

 

「それならお姉さん的には安心ですね☆」


「ですよね! お前たちは血は繋がってなくても兄妹みたいなものなんだから一緒に住むのがいいんだよ。女の子が一人で暮らすには王都は広すぎる」


 王都で活動する騎士の多くは用意された寄宿舎や兵舎で寝泊まりすることが義務付けられているが、神罰騎士隊は他の騎士隊より巡回業務が少ないので、申請を出せば自分の家で寝泊まりすることもできるのだ。


 こうして、カーチスとレインは一緒に住む事になった。



§  §  §



 カーチスとレインの同棲どうせいの準備は、俺たちパーティーの協力であっという間に済んでしまった。


 住む場所は教会に寄付された貴族の別邸を、「神罰騎士隊新人の兄妹」という事で特別に貸与してもらうことになった。引っ越し作業は、これまた教会から貸し出された馬車を使ったので1日もしないうちに完了した。


「こんなに早く終わるなんて思いませんでした。ありがとうございますっ!」


 少女特有の溌溂はつらつとした様子でレインは頭を下げた。栗色のサイドテールがぴょこ、と跳ねる。


「困ったときはお互い様だ。気にしなくていいよ」


 ここぞとばかりに気取って振る舞う俺に、クラッドがじとじとと文句を垂れた。


「あいつのためになんで俺が金出さなきゃいけないんだよ」


「クラッド、まだそんなこと言ってるのか。男らしくないぞ」


「うるさいな。あんたの所為だろ」


「まぁまぁ、兄妹が一緒にいられるのは幸せな事でしょう?」


「それはそうですけど……」


 出資にもカーチスとレインの同棲にも肯定的だったオリヴィエがなだめに入ると、クラッドはすごすごと引き下がる。年上の女性には弱いのだろうか。


「まぁ、なんだ。助かった」


 不貞腐れるクラッドとオリヴィエを見て、鼻の頭を掻きながらカーチスが言った。


「ん、あんたのためじゃねぇよ」


 カーチスの素直な言葉に顔を背けると、クラッドはそのまま王城の方角に向かって足早に立ち去ってしまった。


 グリープのびょうが石畳をカツカツと鳴らす音が雑踏に消えるのを見届けると、オリヴィエは柔らかな眼差しをカーチスに向けた。


「カーチス君、クラッドのあれは照れてるだけですよ」


「いやー、俺嫌われてるからなー」


「お兄ちゃん! 今のはきっと伝わってるから大丈夫!」


「レイン、俺は人徳の低さを痛感したよ。これを機にもう少し真面目に生きようと思う」


 オリヴィエとレインの励ましにカーチスは仰々しくかしこまって応えた。


「嘘だな」


 しかし俺の口から漏れたのは、ため息交じりの言葉だった。お前がそんな簡単に改心するわけないだろ。

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