第17話 報酬

 懐かしい天井があった。柔らかなベッドの感触もそうだ。


「負けた、か」


 医務室のベッドの上で呟いた。


「ああ、お前は負けた」


 俺の独り言を拾ったのは、ベッドの横で腕を組んで座る団長だった。


「お前は、負けた」


 団長は噛みしめるようにもう一度言った。


「勝つための準備をしていました」


 瞬間、オリヴィエ獲得の最大のチャンスを逃してしまった後悔と、また団長を超えられなかった悔しさと、また医務室の天井を見上げる虚しさが一気に押し寄せてきた。涙声をこらえるくぐもってた声で俺は返事した。


 涙を堪える俺と、不器用ゆえか黙り込む団長の間に、葬儀のような沈痛な時間が流れた。


 言葉を探すように手を握っては開いてを何度か繰り返すと、団長は重そうな体を椅子から持ち上げた。


「過去に何度も娘についた虫を追い払ってきた。今回もそうだ。私を負かした者は、いや、私にここまで本気で挑みかかった者は数える程しかいなかったか」


 ベッドを仕切るカーテンに手を掛け、俺に背を向けながら話す団長の言葉は独白のようだった。


「私の妻はあの子の出産と引き換えに死んだ。あの子は私の妻の身代わりでもある。お前を今まで散々な目に合わせてきた事は謝るが、誰にもやるつもりはない」


「............」


 目頭を押さえる俺から返事が帰ってこないことを確認すると、団長は「だが」と付け足した。


「オリヴィエはやる」


「......え」


「2度は言わん。私に向かってきたように死ぬ気で、いや——」


 言いかけた言葉を一度飲み込むと、団長は息を大きく吸い込んだ。


「あの子の事は死んでも守れ」


 その言葉だけを残して団長は去っていった。



§  §  §



「結局あの後どうだったんだ?」


「親子喧嘩で決着がついた」


「だなー」


 翌日の朝食の席で、俺はカーチスとクラッドと同じテーブルを囲んでいた。団長の一撃で失神した後は医務室で夜を過ごしたので、その後の顛末を聞いていなかったのだ。


「親子喧嘩というと?」


「オリヴィエちゃんがブチ切れて、団長をぶっ飛ばした」


「は?」


「あ、ケインは知らなかったっけ? オリヴィエちゃんは『鋼鉄の肌』っていうゴッズ持ってるんだよ。それで、団長をぶっ飛ばした」


 ありえないことを口走るカーチスに頭痛がしてくる。こめかみを押さえながら、目でクラッドに説明を促したが、クラッドはいつもの不機嫌な表情でサンドイッチを咀嚼している。補足も訂正もない。


「そういう戦士向きのゴッズは俺にくれよ......」


「ケインは小手先で戦う今のスタイルの方が似合ってるぜー」


「小手先って言ったらお前のほうだろ。ばかにしてるならぶっ飛ばすぞ」


「この軽業野郎をぶっ飛ばすなら俺が先だ」


「あ、やっべー」


 昨日の戦闘が早くも噂になっているらしい。煽るカーチスと、茶化されて苛立つ俺と、カーチスを殴りたいだけのクラッドの3人のトリオは、多くの騎士の目を引いていた。



§  §  §



 正騎士になったと言っても、すぐに任務が与えられるわけではない。教会騎士団に所属する正騎士は、‘守護騎士隊’と‛遠征騎士隊’を代表とした複数の隊うちのどれかに所属するのだ。


 基本的には隊員を募集している部隊の中で、希望の部隊を申請して、受理されることで初めて部隊員として認められ任務を与えられる。すでに部隊に所属している場合でも、手続きをすれば所属部隊を変えることも出来る。ちなみに、俺達は既に仮入隊が決まっている。‘神罰部隊’という少数部隊だ。


「バニッシュ」とも呼ばれるこの部隊は、都市の内外に存在する悪魔を調査、駆除するという一点の目的の為だけに存在する。


 人類に対する脅威は害獣や災害、凶暴な亜人等多岐にわたるが、その中でも悪魔は特別な存在だ。思念体として存在する彼らは、何の変哲もない一般人を、魔法を使う怪物へと変貌させてしまう。


 狡猾で高い力と魔力を持つ悪魔は、普通の騎士では倒すことができない。その脅威を払うのが神罰部隊だ。


 特徴は、教会騎士の中でも最も危険度の高い任務が与えられるため、部隊員全員にゴッズ能力を含めた高い戦闘力が求められる事。


 入隊の条件は神罰部隊に所属する隊員や団長、枢機卿などの高位の聖職者の推薦のみ。といっても、推薦は団長の許可があっさり降りたのでそのクリアした。前衛2人、後衛2人のパーティでの申請なので、仮入隊が終わればすぐに活動できるはずだ。


 だが、問題はこのパーティは一見それぞれの役割がかみ合っているように見えるが、完成には程遠いということだ。


 理由の1つ目は、オリヴィエは回復以外の支援が出来ないこと。僧侶≪プリースト≫といえば、回復以外にも筋力強化や、魔力の自然回復促進などの様々な支援魔法で前衛をサポートする。しかし、戦場に駆り出されては困るため、団長はオリヴィエに回復術以外の支援魔法を習得させていなかったのだ。


 理由の2つ目は、クラッドには魔法の才能は全くないという事。魔法適性の高いエルフの血を引いているのにも関わらず、彼は魔法が使えない。人並み以上の魔力はあるが、それを操作するための機能がまるで無いらしい。魔法剣士が将来の夢だったそうだが、早くも夢敗れている。


 理由の3つ目は、俺にもカーチスにも魔法の才能は無いこと。俺たちに関しては、そもそも魔力がほとんどないからクラッドよりも魔法剣士の希望はない。まぁ普通の人間は魔力なんてまるで無いそうだから、こればかりは気にしても仕方がない。オリヴィエの支援魔法が無い現状では、俺たち男3人は攻撃に関しては魔法無しだ。それぞれが磨いた技術とゴッズだけを頼りに戦っていくことになる。


 それでも、一応は団長に認めてもらえるレベルの戦闘力はあるので、既にそこらの騎士よりはよほど強いというのが、落ち込みきれない微妙なラインであった。


 取り敢えず俺たちは、先輩方の任務に追従しながら、パーティーとしての連携を強化する方針になった。


 正騎士になり、希望したパーティーで希望した部隊に配属されても、自分のパーティーで任務をこなすのはもう少し先だ。

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