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「あんた、生まれは?」



「埼玉の田舎です」



「家族は?」



「両親と兄弟5人です。上から兄、姉、姉、僕、妹です」



「実家の稼業は?」



「小間物屋です。両親は健在ですが、最近は、兄と兄嫁が主に切り盛りしています」



「子供のうちに亡くなった兄弟とかいる? そうだな、小学校3、4年生くらいかな」



 男は僕の左隣辺りに視線を動かした。彼の言う坊ちゃんとやらがいるのだろうか。僕にはそんなもの見えないが。



「いません」



「そう? はて、そうなるとこの子は誰なんだか。もしかして、隠し子とか……」



「いません。子供の霊なんて、心当たりは全くないのです」



 とことん無礼な奴だ。

 僕にも佐藤の設定にも隠し子なんて存在しない。

 だが、もし僕のそばに男の子の霊がいるとするなら、若干の心当たりはない訳ではない。

 勿論、心当たりがあるだけで、実際に亡霊なんているはずがないのは、大前提である。



「おいおい、あんまその子を無視してやるなよ。かわいそうに。健気にも、坊は兄さんが大好きで、ぴったりくっついて守ってくれているんだぞ」



「そんなこと言われても、見えないのですから困ります」



 出鱈目を言うなという台詞は飲み込んだ。まだ、反撃に出るべき時ではない。

 彼が僕の嘘に騙され、決定的な間違いを犯すまで、虎視眈々と機会を狙うのだ。



「うーん。俺としては、いたいけな坊の肩を持ちたくなっちまうのだけどね。子供はどんな子も可愛い。大事にしてやらなきゃいけねえ宝さね」



「死んだ子供でも?」



「生きてるか死んでるかで分けるなんて、野暮だよ」



「……」



 顔面に沈痛な面持ちを貼り付け、僕は沈黙した。

 詐欺師は、そんな僕を慮るような猫撫で声で、情報を引き出そうとしてくる。



「ついに話す気になったかい? お兄さん。この子に心当たりがあったかい」



 待ってましたと身を乗り出す男に、僕はほくそ笑んだ。



「ええ。僕には10歳で死んだいとこがいました。僕と二人で遊びに出掛けた小川に落ちて、溺れ死にました。僕はいとこを助けられなかった。大人を呼びに行っているうちに、彼は……。でも、ずっと彼のことを考えると頭がおかしくなりそうで、考えないようにしてた。忘れようとしてきた。なのに、いるんですよね? 僕のそばに」



 幼き日から、消えない罪の意識に20年近くも苛まれる若者を巧みに演じる。

 頭を抱え、髪を掻き毟り、うっすら目に涙を滲ませて。


 死んだいとこなんて、僕にはいないけどね。



 全て聴き終えても、詐欺師は暫く沈黙していたが、やがて大きく嘆息してから口を開いた。



「そりゃあお気の毒に。けど、お兄さんも子供だったのだろう? 辛いだろうけど、気に病む必要はないさ。常識的に考えて、子供同士ではどうにもならない事故だ。不幸だけど、当時のあんたが自力で解決できるような事故ではなかった。大人を呼びにいくという最善は尽くしているのだから、十分だ」



「はあ……」



「後ろの坊も気にするなって言っている」



 かかった。

 僕は薄っすらと口の端を上げた。馬鹿だな、僕の嘘に騙され、話を合わせたせいで、最初から存在しない人物の亡霊を見ていることになってしまった。

 自ら墓穴を掘っている。


 もう一度言うが、僕には子供の頃、川で溺れ死んだいとこなんていない。


 けど、怪しげな頭巾の男は、からかうような口ぶりで続けた。



「って、言って欲しかったかい?」



「はい?」



 お前のことをいとこの霊は恨んでいるので、除霊の壺を買いなさいとでも言われるか?

 ついに霊感詐欺師としての本領発揮か。


 やや予測と異なることを言われたものの、このくらいの誤差は想定内だ。迎撃する気満々で、不遜に足を組み替える僕に向かい、彼はさらに予想の上を行く台詞を吐いた。



「お兄さんさ、今の話、全部嘘だよね。死んだいとこのことだけでなく、埼玉の佐藤さんってのから、何から何まで嘘まみれだ。残念だけど、俺はその辺の偽霊能力者と違って、本当に見えるんだよ。全く、お前さんも人が悪いな。あ、でも俺が無理に引き止めて付き合って貰っちゃったのが悪いのか」



 松田の話では、詐欺師としての腕前は良いようだし、簡単には騙せないか。

 しかし、ここで白旗を上げるのは時期尚早だ。まだ逆転と言うには語弊があるくらい、形勢は不利にすらなっていない。



「全部見えるなら、教えてくださいよ。僕の後ろに憑いている男の子の霊の特徴を。具体的に僕とどんな関わりのある子なのかも知りたいですね」



 どうせ、どこにでもいそうな子供の特徴をあげ、その辺の地縛霊を連れてきてしまったとか適当にお茶を濁すのだろう。

 そこからは、わざと詳細を聞き出し、言い逃れできないところまで喋らせてから、そんな子供知らないで押し切れる。

 もうすぐ、いんちきを暴ける。舌舐めずりするような気分で、答えを待った。



「言っていいのかい? まあ、坊に気づくことがまず大事だし、背中のとんでもねえ闇も、坊の存在とは密接に関係しているから、いいか」



「勿体ぶらずに、教えてください」



 男の独り言みたいな自己問答を遮り、促した。彼は腕組みをし、じろじろと僕の左脇を観察しながら話し始めた。

 あくまで見えているという演出を忘れないのが玄人らしい。



「年齢は7、8歳くらいかな。小さくて痩せた子だ。ん? 尋常の3年生なのか? だと8、9歳か。黒っぽい色のトンボ柄の浴衣を着ている。髪は坊主頭。栄養状態が良くないみたいで、頬がこけてるけど、かわいい顔をした子だ。あはは、笑った。そうそう。坊は暗い顔をしているより、笑った方がかわいいぞ」



 案の定、当たり障りのない答えだった。

 痩せた坊主頭の子供なんて、小学校で石を投げれば結構な確率で当たる、日本人の小学生男子の一系統だ。

 当てずっぽうで話しているのが見え見えである。


 だが、次に続いた言葉に、僕は不覚にも目を見開いてしまった。



「それから、左の額の上、髪の生え際辺りに2寸弱の切り傷の跡があるな」



「傷?」


 どくん、と前髪で隠したに走るひきつれが波打った。生きたミミズが蠢いてるみたいな、嫌な感覚だった。



「ああ。可哀想に、お母ちゃんに灰皿でぶん殴られたんだってさ。綺麗な顔に酷えことする親だ。うん? お前さんは悪くねえよ。何があろうと、てめえのガキを一歩間違えれば死んじまうようなやり方で殴る親が悪い」



 さっきから、占い師は少年の亡霊と話しながら、発言しているようだが、一体何を話しているのだ。

 少年はどんな表情で、何を語っている。

 肌寒い晩秋の夜なのに、背中や脇に脂汗が流れ始め、気を引き締める。

 何を焦っているのだ、僕は。

 これは偶然だ。奴のペエスにのまれてはならない。多分、奴はここまでのやりとりで、目敏くあれを見つけ、切り札として利用しているだけだ。



「坊とお兄さんの関係は、ここまで言えば分かってるだろうけど、一応頼まれたし、はっきり言っとくぜ」



 男は意地悪い間を置いてから、抑揚のない冷たい声で言い切った。



「坊はお前さんだよ。自分で殺してしまった、素直で純粋でか弱い、年相応の子供のお兄さんだ」



「……子供の僕?」



「とっくの昔に殺したつもりだったのだろうけど、仕損じたみたいだよ。坊は、何重にも嘘を積み重ねて生まれた新しい人格と一つになることも叶わず、生き霊と死霊の狭間みたいな中途半端な状態で、ぴったりと自分の体に張り付いている。心当たり、あるんじゃないかい?」



 赤い月を彷彿させる不吉な両眼に魅入られ、僕は絶句した。

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