28*協力は惜しまない

「ヒューゴの事は、あまり気にしなくていい」


 研究所に帰りながら、ジノルグに言われる。


 じっとしていなかった事を叱責されたものの、すぐにヒューゴの事を話してくれた。ジノルグとどういう関係なのか、どういう人物なのか、「必ず説明する」と言ってくれた通り、事細かく伝えてくれる。何も言わずに家に帰った時の事を気にしてくれているのだろう。


「……でも、あの人の言ってる事は全部正しかったし」


 思わず沈んだ顔になる。


 悔しいが、ヒューゴの言葉は的を得ていた。

 だからこそ言い返せなかった。


「ヒューゴはロゼフィア殿の事を知らないからあんな言い方をしただけだ」

「でも、」

「ロゼフィア殿はそのままでいい」

「…………」


 ありがたいやら、申し訳ないやらで、微妙な顔になる。

 だがその言葉に少しは慰められた。




 次の日。


 ロゼフィアはそっとドアを開ける。

 中にはサンドラだけがいた。


 研究所には複数の研究室があり、サンドラには専用の研究室がある。ノアやニックも作業を手伝う時はたまにここにいる。特にこの研究室は他よりも広い。机や椅子は複数置かれているので、そのうちの一つを使っても邪魔にはならない。ロゼフィアはそっと椅子に座った。


 サンドラは丁度研究をしている最中のようだ。集中しているのか、植物の葉にスポイトで何か液体を垂らしている。こちらには気付いていない様子だった。その間、ちらっと部屋の奥を見る。


 部屋の四隅には賞状や盾がたくさん置いてある。

 その中には「名誉賞」なんてすごい名前がついているものもあった。


(やっぱりサンドラはすごい)


 功績を見つつ、またサンドラに目を向ける。顔は真剣そのもので、いつもにこにこしている姿とはかけ離れている。穏やかでたまに人をからかったりするが、彼女は名を残すほどに有名な人だ。この研究所の室長をしているし、新しい薬だってたくさん作っているし、研究者としても、薬剤師としても、一目置かれている。このように一緒に仕事をさせてもらっているが、改めて自分とは次元が違うと思ってしまう。


(……私もサンドラみたいに優秀だったら)


 ヒューゴにも認められただろうか。

 サンドラのように実績さえ残していたら。


 後ろ向きな考えになり、慌てて首を振る。

 そのままでいいと、ジノルグに言われたばかりなのに。


「あ、ロゼ。来てくれてたんだね」


 しばらくして気付いたのか、サンドラが声をかけてくれる。


「ごめんね、気付かなくて」

「ううん、気にしないで。それよりどうしたの? 見て欲しいものがあるなんて」


 実は今朝、ノアを通じて研究室に来てほしいと言われたのだ。サンドラが自分をここに呼ぶのは珍しい。いつもなら執務室で話してくれるのだが、研究室じゃないといけない要件なのだろうか。


 すると相手はペトリ皿を持ってくる。


「これを見て欲しいんだ」


 見ればなんの変哲もない緑色の植物だ。

 葉の形はどこかヨモギに似ている。


 だが、根っこの部分を見てロゼフィアは眉をひそめた。

 毒々しい赤色をしていたのだ。


「……ドクラロット」

「そう」


 サンドラは頷いた。


 ドクラロットとは見た目はただの緑色の草と同じだ。だが根を割いて見れば、毒々しい赤色が顔を出す。外側だけ見ればただの植物でも、中身は全く違う。しかも毒があるのは根の部分だけじゃない。その葉にも実は猛毒が含まれているのだ。


 もちろん毒が含まれていたとしても、その毒が薬になる事はよくある。現にドクラロットで作れる薬もある。だが、使用方法を間違えれば即座に死をもたらす。だからこそ扱いは難しく、好んで薬にしようと考える薬剤師は多くない。


「研究所にもさすがにドクラロットはないね」

「どうして、これがここに?」

「見つかったらしいんだ」

「どこで?」


 コンコン。


 ドアがノックされ、そちらに顔を向ける。

 入ってきたのはノアだ。


「失礼します。お客様です」


 彼女の後ろから入ってきたのは、背の高い青年。

 そしてその顔には見覚えがあった。


「あ」


 思わず素の声を出す。

 すると相手は特に驚きもせず挨拶してくる。


「昨日ぶりだな、紫陽花の魔女」


 なんとヒューゴだ。


「なんで、ここに。ジノルグなら」

「今日はジノルグに用事じゃない。主に君に用事がある」

「私に?」


 そういえばジノルグは朝早くから、騎士団から呼ばれていた。だから騎士団にいるはずだし、もしかしたらヒューゴとすでに会っているのかもしれない。しかし、昨日散々言い負かしてきたのに、今日も同じような事を言ってくるつもりだろうか。わざわざ研究所まで訪ねて。


 警戒しつつ黙っていれば、ヒューゴはサンドラに目を向ける。


「サンドラ殿。頼んでいた件ですが」

「うん、調べたよ。有毒植物だね。滅多に出回る代物じゃない」

「では、やはり」

「持ち主は薬草の知識がある人物って事だね」


 サンドラは持っていたペトリ皿を見せながら頷く。


 会話を聞き、ロゼフィアは思わず顔を交互に向ける。

 話の内容からして、先程とつながっている気がする。


「サ、サンドラ。もしかしてそれ、」

「そう。昨日ヒューゴくんから調べて欲しいって頼まれてたんだ」


 思わず絶句する。


 なぜこんなものをヒューゴが持っているのだろう。

 しかもいつの間に研究所まで来ていたのだろうか。


 するとヒューゴは一歩距離を詰めてくる。


「話は変わるが、君は護衛術を身に着けているそうだな」

「え……まぁ」


 急に何の話だろうか。

 とりあえず答える。


「しかも麻薬の売人を見つけて捕まえたとか」

「……まぁ、見つけはしたけど」


 正式に捕まえたのは騎士の方だ。


「そして人並みには薬草の知識もある」


 人並みだなんて失礼な。魔女なんだから人並み以上の知識は入れている……なんて言っても信じてもらえないかもしれない。むしろそう言える自信すらない。


「だから君に頼みたい事がある」

「……頼みたい事?」

「ああ。騎士団に協力してほしい」


 言いながらヒューゴはある紙を見せてくる。

 そこには大きく「ナイトメア・クラブ」と書かれていた。


「会員制のクラブだ。全員素性を隠して、食事やゲームや雑談などを楽しむというクラブらしい。問題はそのクラブじゃない。クラブ内で起こった事件だ」

「事件?」

「人が殺されたらしい」

「!?」


 声が出なかった。


 ただのクラブのはずなのに、なぜそんな事が起こるのか。

 ロゼフィアは微動だにせずヒューゴを見る。すると彼は言葉を続けた。


「しかもどの死体にもこの植物が巻き付いているらしい。だからこれが何なのかを調べてもらった」


 ドクラロットは元々茎が長く上に伸びる植物だ。しかも葉にも毒があるので、触れるだけで激痛が走る。薬にする場合は肌を出しては作業できない。手袋も二重にしなければ意味がないだろう。それほどまでに毒素がある植物だ。それが身体中に巻き付いているという事は、毒が身体に回る時間もおそらく早い。


「すでに店の者にも聞き込みをしているが、よく分からないそうだ。いつの間にか死体になっていたらしい。今のところ死者は三名。今後も増える可能性はある。だからこそ、早く食い止める必要がある」

「……だから、少しは役に立つ私に協力してほしいって事ね」


 店の者も知らないという事は会員の中に犯人がいるという事だろう。確かに自分であれば何かあってもなんとかなるだろうし、薬学の知識はある。鼻も利く。すぐに根を見つけ出して、切り落とさなければならない。新たな被害者を増やさないためにも。


「そうだ。協力してもらえるか?」

「もちろん。やるわ」


 すると少しだけ意外そうな顔をされる。

 思わずむっとなった。


「なによ。怖気づいて断るとでも思ったわけ?」

「いや……ジノルグが真っ先にやるだろうと言っていたからな。少しは迷うかと思ったが」


 どうやらすでにジノルグにはこの話をしているようだ。

 ロゼフィアは心の中で小さく笑う。ジノルグなら分かってくれると思っていた。


「ナイトメア・クラブか……。あんまり聞いた事がないクラブだね」


 いつの間にか後ろに来て紙を見ていたサンドラがそう呟く。


「上流貴族がよく行くそうで、知っている人は知っているクラブのようです。俺も知りませんでしたが、こんな事件が起こってしまいましたからね。騎士団では持ち切りになっていました」


 ヒューゴが帰ってきた矢先にこんな事件が起こってしまったようだ。それはとても残念な事でもあるだろう。わざわざそれを伝えにここまで来るとは……と、ロゼフィアは少し疑問に思った。


「待って、どうしてわざわざあなたがここに? あなたは普段、他国にいるんでしょう? 帰って来たばかりなのにこの事件も担当するの?」


 するとなぜか相手はふっと笑った。

 ちなみに目は笑っていない。


「普段ならそんな事はしない。だが、君にも協力をしてもらう事になるわけだからな、ここでお手並みを拝見させてもらう」


 なるほど、つまり、協力する事件でなかったらヒューゴはわざわざ出てくる必要はなかったというわけか。だが今のロゼフィアに、怒りの感情はなかった。あるのは一つだけだ。


「……勝手に拝見すればいいけど、私の邪魔になるような事はしないでね」


 するとヒューゴはどう思ったか、真面目な顔になる。


「もちろん」


 どうやら少しは伝わってくれたらしい。


 今一番すべきは、同じ悲劇を繰り返さない事。

 それだけだ。







 その日の夜。「ナイトメア・クラブ」の前にいたのは、ロゼフィア、ジノルグ、サラ、ヒューゴだ。ジノルグは言わずもがな、サラは潜入捜査が得意という事で今回の事件に抜擢されていた。花姫の時も混じって参加していたので、納得できる。だが気になるのはヒューゴだ。


「……あなたも入るの?」


 ちらっと横目を向けながら聞く。

 すると相手はあっさり頷いた。


「自分の言動には責任を持つ」


 どうやら最初から最後まで関わる気らしい。無駄に真面目なのか何なのか。そういうところはジノルグと似ているのかもしれない。ちなみに四人共真っ黒の服装だ。このクラブでは黒い服装が義務付けられているらしい。女性陣は黒いドレス。男性陣は黒いスーツ。そしてクラブから支給された黒い仮面も被っている。素性を隠すという事は、顔も隠すらしい。舞踏会で仮面はつけたが、それとは全くデザインが違う。装飾もないただ黒い仮面。全員同じものなので、ちょっと不気味にも見えた。


 入る前に、ヒューゴが再度確認をする。


「狙われているのは一人で参加している人だ。だから一人客を気にかけろ。それと、最初は一緒に入るが、途中で別れる。その間も注意しろ。危なくなったら遠慮なく笛を鳴らせ」


 そう言われて、ロゼフィアは首元にかけている笛を軽く握った。音の鳴らない笛はこういう時にも役立つ。ロゼフィアはいつものようにジノルグの笛を持っているが、サラは特別に笛を作ってもらったらしい。全員には聞こえる仕組みだ。「行くぞ」とヒューゴの声に続き、三人はクラブの中をゆっくり入って行った。


 クラブの中は豪華なものだった。


 壁紙や絨毯までもが、最高級のものを使っている。それも金と赤を使った模様ばかり。王室をイメージしているのだろうか。そして、その中で食事や雑談、そしてゲームを楽しむ人達が大勢いる。皆仮面をつけているため、素顔までは分からない。どこか異様な光景だ。


 一緒に動きながら、あちらこちら視線を動かす。複数で参加している人が多いようで、一人客は見当たらない。それとも、こんな人通りが多い場所には一人でいる事の方が少ないのだろうか。


「二手に分かれて聞き込みするのもいいかもしれない」


 ジノルグがこそっと皆に耳打ちする。

 一斉に頷いた。


 会員制のクラブなのだから、常連もいるだろう。

 確かに聞いた方が早いかもしれない。


 二手に分かれると言ったが、この場合自分はジノルグと一緒に動けばいいのだろうか。そう思っていると、なぜかヒューゴにすっ、と手を出される。


 思わずぽかんとした。

 すると相手は催促するように手を動かす。


「手を取れ」

「え?」

「いつもジノルグと一緒なんだろう? 今日は俺が君を見る」


 まさか最後まで責任を持つとはそういう意味も含まれているのだろうか。正直嫌だな、と思ってしまう自分がいる。だが、確かにここで一緒になっておいた方が、少しは役に立つ姿も見せられるかもしれない。少しは認めてもらえるかも。ロゼフィアは躊躇しつつも、おずおずと手を出そうとする。


 すると、その手は別の手に取られた。


「「え」」


 ロゼフィアとヒューゴは声を合わせる。


 だが手を取ったジノルグは見向きもせずに歩き出す。

 そしてロゼフィアの手を引っ張った。


「ちょ、ちょっと」


 慌ててついて行くも、足を止めない。

 そのまま二人は奥の廊下まで進んでしまった。


 その様子を見ていたサラは、くすっと笑う。


「さすが護衛騎士ですね」

「…………」


 黙っていたヒューゴは、どこか気に入らない表情をしていた。




「ちょっと。痛いって」


 手に込める力が強くなったからか、思わずそう言う。

 するとようやく手を離してくれた。


 ジノルグは振り向き、仏頂面のまま聞いてくる。


「なんでヒューゴの手を取ろうとした」

「え……その、彼と一緒の方が、いいところ見せられるかなって」

「ロゼフィア殿の護衛騎士は俺だ」

「? う、うん」

「他の奴の手を取るな」

「……え?」

「俺がいないならいい。だが、俺がいるのに他の奴の手を取るな」


 言われて、気付く。

 もしかして……嫉妬、という奴だろうか。


「ご、ごめんなさい」

「いい。それよりも……っ」


 急にジノルグは言葉を止める。

 そして固まっていた。


 視線はロゼフィアよりも少しずれた先を見ている。どこを見ているんだろうと思い、ロゼフィアも後ろを振り向く。すると「ばっ、よせっ」とジノルグが慌てて肩を掴んで来た。だがそれよりも先に、その光景を先に見てしまう。


 長い廊下には複数の窓がある。そのうちの一つの窓の傍に、ある一組の男女がいた。二人で話しているのかと思っていたが、二人は唇を合わせていた。そして何度も口を重ね合わせる。周囲に人がいようがいまいがお構いなしなのだろう。ロゼフィア達を気にせずに、互いに熱愛なほどにかき抱いていた。ロゼフィアは開いた口が塞がらない。放心状態になっていた。


「ロゼフィア殿」


 ジノルグが肩を揺らしてくれる。

 はっとして顔を見た。


 仮面で分かりにくかったが、間近に見える黒曜石のような瞳が心配そうにこちらを見ている。そういった方面に疎いロゼフィアの事を思って見ないように働きかけてくれたんだろう(結局意味なかったが)。そういう優しさには感謝だなと思いつつ、思わず口元を見てしまう。そして先程の男女を思い出してしまい、一瞬で顔が熱くなる。


「あ、あ、あの、」

「ロゼフィア殿?」

「みず、水もらってくるっ!」


 熱くなったからかそんな事を言ってしまう。

 そしてジノルグを放置したまま廊下を駆け出してしまった。

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