22*周りから見た二人

「へぇ、王子もなかなかやるねぇ」


 ロゼフィアは頷きながら苦笑する。


 オグニスは最後にあっさり正体を明かした。しかも別れ際に。実は王子だったと知り、アンドレアに後で怒られるかと思ったが、彼女は笑っていた。あの後も特にお咎めはない。むしろオグニスの正体を知ってすっきりしたようだ。今度は自分からレビバンス王国に行きたいと話してくれた。


 あんなにも仲良くなるなんて、舞踏会では一体何があったのか。見ていないうちに、もしかして距離が縮まる場面があったのか。だがさすがにそこまでは聞いていない。それでも、嬉しそうに微笑むアンドレアの表情にほっとするばかりだ。リチャードもアンドレアの反応に満足している様子だった。


 話を聞いていたサンドラは笑う。


「じゃあそのうち婚約の話も出てくるかもしれないねぇ」

「そうね。そんな気がするわ」


 そうなってくれたら自分も嬉しい。

 いつも気にかけてくれる友人の晴れ姿はこの目で見たいものだ。


「そうだ。ロゼに話したい事があったんだ」


 急に話題が変わり、首を傾げる。


「?」

「ロゼに取材をしたいって話が出てね」


 元々この研究所はただ薬の研究をしているだけではない。薬を購入する事ができるし、薬剤師に相談もできる。常に騎士が警備をしている場所ではあるが、王都付近に住む人にとってはちょっとした休憩場所でもあるのだ。その証拠に、子供達が怪我をした時もここに来れば簡単な治療をしてあげている。


 それに研究所にはそれなりに優秀な研究者がいる。サンドラも室長として表舞台に出ており、よく取材を受けるのだという。そういえば美人すぎる研究者、みたいなので特集された雑誌が置かれているのを見た事があった。


「サンドラが取材を受けるのは分かるけど、なんで私?」


 功績を残したわけでもないし、そこまで有名とも思わない。

 そう言えばサンドラは「いやいや」と手を横に振った。


「天下の紫陽花の魔女がここ研究所にいるなら、取材もしたくなるよ。今までずっと引きこもってたんだからね」

「べ、別に引きこもってたわけじゃ」

「森から出てこなかっただろう?」

「…………」


 そう言われては何も言えない。

 確かに昔から人との関わりを避けてきた。


 すると何も言わないのをいいことに、サンドラが続ける。


「記者は私も昔からお世話になっている人だし、ロゼの事も理解してくれるだろう」

「でも」

「他の子達にもいい刺激になると思うんだ。ロゼの事を知れるだけじゃなく、薬学に対してどう打ち込めばいいのか考えられる機会になる。これは私からのお願いでもあるんだ。頼むよ」


 珍しくサンドラは少し強めの口調になる。

 それは今言った通り、後輩達のためにもなるからだろう。


「わ、かった」


 その勢いに押され、ロゼフィアは返事をする。


 自分の事が雑誌に取り上げられるのはちょっと気が引けるが、それでも誰かのためになるのならいい。サンドラには今だってお世話になっている。それに薬学関係なら確かに答えられるだろう。それなら自分でもできると思っていた。







「初めまして。ディーン・キャメロンです」


 屈託のない笑顔で自己紹介してくれたのは、焦げ茶の髪に同じ瞳を持つ青年だ。彼が今回取材をしてくれる記者らしい。まだ若いが色んな人の取材を続けて早くも十年は経つようで、日夜駆け回って取材をしているようだ。


 もっと固い人かと思って少し拍子抜けする。

 だが逆に少し安心できた。場所が研究所である事も関係しているのかもしれない。


「では早速取材をさせていただきたいと思います。よろしいですか?」

「ええ」

「そういえば、普段は護衛騎士がいるんですよね? 今日は?」


 それを聞いて目を丸くする。


 確かにいつもジノルグがいる。そして今日は取材の邪魔にならないよう、退席している。ジノルグ自身少し威圧があるように感じるので、記者をびびらせないためだ。ちなみにクリストファーも退席している。理由は同じだ。それにしてもまさか、護衛騎士の事を知っているとは思わなかった。もしかしてサンドラが話したのかと思えば、サンドラも少し驚いたような顔をしている。


「護衛騎士の事は一般に知られていないはずだけど……よく知っているね」


 するとディーンは「ああ」と言った。


「自分で調べました。それも記事にしたくて。じゃないとなんで四六時中一緒にいるのか、って話になりますからね」


 ちらっとこちらを見られる。

 思わずどきっとした。


 確かに護衛騎士だからという理由なく一緒にいるとなると、理由を問われるだろう。護衛のため、と言っても、護衛というのは何かある時にしかしない。それなのにほぼ毎日一緒にいる姿を見れば、周りからすれば誤解されるのかもしれない。自分はあまり気にしないが、それでジノルグが嫌な気分になるのは困る。


「それにもっと護衛騎士の事も知りたかったんです。騎士に憧れている人は今も多いですからね。だからロゼフィアさんだけじゃなくて、ジノルグさんにも取材をお願いしたいんですが」

「え」

「本人からはすでに了承を得ています」


 きっぱりと答える。


 事前に文官を通じてジノルグにも伝えていたようだ。

 さすが行動が早い。感心している間に、ジノルグも呼ばれた。


「では早速始めましょうか。ジノルグさんは元々アンドレア殿下の側近だったそうですが、なぜ護衛騎士になろうと思ったんですか?」


 序盤からジノルグに向けて質問される。

 だが彼は落ち着いていた。


「殿下からそう命令されたからだ」

「なるほど。ではそこにジノルグさんの意志はなかったという事ですか?」

「いや、意志はある。じゃないと護衛騎士にはなれない」


 そういえば以前クリストファーが教えてくれた。アンドレアに許可をもらう事とその人を守りたい意志があるかどうか。それが条件になると。護衛騎士についてはロゼフィアも知らない事の方が多いので、ここで知れるのは少し嬉しかったりする。だがその後ディーンが護衛騎士に対してさらに詳しい質問をしたのだが、ジノルグは答えなかった。どうやら答える質問には答えるが、答えないものには無言を突き通すらしい。はっきりしているジノルグらしいものだ。


 さすがにディーンも答えてもらえないと分かると、話題を変える。


「では、お二人はお互いの事をどう思っていらっしゃるんですか?」

「え?」

「は?」


 それはなんで聞かれないといけない質問なのだろう。

 困惑していると、相手がフォローしてくれる。


「ほら、一緒にいる事が増えると互いの事が分かるじゃないですか。護衛をする側とされる側。どう思っているのかなという、素朴な質問です」


 素朴も何もないと思うのだが。

 だがそんなロゼフィアをよそに、ジノルグは答える。


「素直じゃないところもあるが、人のために尽くせる人だ」

「!」

「ほう」


 ディーンは手を動かす。


「それは薬学を通じて助けようとする意志があるからだろう」


 まさかそんな風に言ってくれると思わず、少しだけ俯いてしまう。こういう時こそいつものように憎まれ口を叩くだろうと思っていたのに。ちゃんと見てくれているんだなというのが伝わる。だが、少しだけ気恥ずかしいのもあった。前にもこんな風に褒めてくれたが、それでも褒められるのはまだ慣れない。


 文がまとまったのか、ディーンはこちらに視線を向ける。


「ロゼフィアさんはどうですか?」

「え……私は、」


 一度言葉を止める。

 だが相手はゆっくり待ってくれた。


 伝えないと。

 震える手をさすりながらも、口を開く。


「いい人、だと思う」

「ほう」

「皆に必要とされている人。頼りにされている人。だからこそ、私の護衛をしてもらうのは少し忍びないと思っていたけど……今は、感謝して、逆に自分もそれを返せるようにしていきたいと思ってる」


 自分を卑下するなと、ジノルグ本人から言われた。すぐには難しいかもしれないが、それでもできるだけ努力をしないと。じゃないと周りにも申し訳がない。そして、もらった分は自分で返していけばいいのだ。感謝を込めて、自分のできる事をしていきたい。


 するとディーンは微笑んだ。


「なるほど。いい関係ですね」




 それからいくつか質問が続く。

 ロゼフィアは薬学関係の事を。ジノルグは騎士団の事を。


 最初以外は、普通の事だけ聞かれた。どんな事を聞かれるのか少し不安なところもあったが、いつの間にか緊張がほぐれた。談笑する場面もあり、自然と笑顔も出るようになった。


「では、今回の取材はこれで以上になります。ありがとうございます」

「ありがとうございます」

「いい記事が書けそうです」


 ロゼフィアは思わず胸をなで下ろした。するとディーンに「ちょっとよろしいですか」と部屋の端まで呼ばれた。何だろうと思えば、単刀直入に言われる。


「次回はもっと詳しい話を聞かせてもらいたいと思っています」

「え」


 取材はこれで終わりのはずだ。

 だがディーンの言い分だと、次もまた取材がある事になる。


 相手はふっと笑った。


「今日は最初の取材ですし、初対面ですからね。ロゼフィアさんは警戒心の強い方だと見て分かりましたから、簡単な事だけお聞きしたんです。ジノルグさんも一緒だと落ち着いて話してもらえるかなって」

「じゃあ、ジノルグにも取材したのは」

「ロゼフィアさんの緊張を解きたかったから……彼と一緒なら安心してくれるかなと思ったんです。もちろん、護衛騎士について知りたいのもありましたけどね」


 知らなかった。

 まさかそんな理由があったなんて。


 ロゼフィアははっとして聞く。


「それって、ジノルグには」

「もちろん伝えましたよ。ロゼフィアさんのために、って。じゃないと了承して下さるタイプではなかったので。俺としては一石二鳥でしたけど」


 嬉しそうに笑う。どうやらいいようにダシに使われたらしい。

 だが納得した。あのジノルグが簡単に取材に答えるとは思えなかったからだ。


「ジノルグさんもあまり自分の事は話しませんからね」


 今度は苦笑する。


 確かにそうだ。ジノルグははっきり言う時は言うが、言わない時は頑なに言わない。そういうところがある。だが、そうか。今日の取材は自分のためだったのか。知らぬ間に助けられたようだ。


「また取材をする時はお知らせします。もちろん、答えられる範囲で構いませんから」


 そう言ってディーンは行ってしまう。

 取材を断ろうと思っていたのに、それを言う事さえできなかった。


 薬学に関する事ならいくらでも言える。だが自分の事については言えない。むしろどこまで言えばいいのだろう。少し溜息をつきつつあったが、あまり考えないようにする。次の取材がいつかなんてまだはっきり決まっていない。もしかしたら断れるかもしれないし。


 するとディーンと入れ違いにサンドラが近付いてくる。


「大丈夫?」

「ええ」

「彼はいい子だよ。まぁ探求心は強いけどね。色々知りたがり屋だから」


 苦笑しているのを見ると、おそらくサンドラも似た経験があるのだろう。これはゆっくり話を聞いた方がいいのかもしれない。今後の対策のために。ロゼフィアも思わず苦い顔になった。







「ジノルグさんも、今日はありがとうございました」

「ああ」

「まさか本当に取材を受けて下さるとは。ロゼフィアさんの名を出して正解でしたね」

「…………」

「冗談ですよ。怖い顔をしないでください」


 ディーンが少し焦ったように両手を出した。

 さすがに顔が怖かったらしい。


「でも別の事も聞きたかったんです。見合い話が殺到しているらしいですね」

「…………」

「記事はお二人の事を書かせていただきます。勘違いされる方はいないでしょうが、それでも興味を持つ人は増えるでしょう」

「……それがお前に何の関係がある」

「真面目で仕事熱心な騎士の行く末を見てみたいと思うのは、俺だけではないって事ですよ。お二人は常に目立っていますから」

「…………」

「またジノルグさんに取材できる日を、楽しみにしています」


 彼は勇ましくこちらに目を合わせ、そして軽く一礼した。今まで色んな状況で取材を重ねて来たのだろう。何が起こってもぶれないその姿勢は、彼の良さでもあるような気がした。


 ディーンが去った後、ジノルグは少し前の事を思い出した。


 騎士団では文官によって騎士として働く皆の仕事状況などを把握だけでなく、個人的に届いた荷物や文書なども受け取る事ができる。そこで自分宛に手紙が届いたのだ。その手紙はもうすでに読んだ。誰から来たのかも分かっている。分かっているからこそ、頭を悩ませた。


 どうしようもない事をどうすればいいのか、頭を動かしてもどうにもならない。だがこのまま放置していてもいい事はない。むしろ周りを巻き込んでしまうのではないだろうか。


「ジノルグ」


 声をかけられ見れば、ロゼフィアだった。


「今日はありがとう」

「……いや」

「ジノルグがいてくれてよかった」


 どこか安心したような表情だった。


 その瞬間、ジノルグは口をつぐんだ。

 そして決心した。決してロゼフィアには手紙の事を告げてはならないと。


 彼女には、変わらない幸せを望むと。







「そういえば、今日は森に行くんだっけ?」


 取材も無事に終わって数日経った。

 サンドラに聞かれ、ロゼフィアは頷く。


「ええ。久々に薬草園が気になって。あと必要な物も取りに行こうと思って」

「そっか。あれ、ジノルグくんは?」

「騎士団に一旦寄るみたい。なんでもやる事があるからって」


 今日は珍しく自分からそう言ってきた。いつもなら誰かに頼まれていたり、他の人から聞いたりするのだが。だがジノルグだって騎士団でやるべき事はあるだろう。


 それは分かっているのだが、それでも少し気になる事がある。


「ねぇ、サンドラ」

「んー?」

「ジノルグ、最近よく考え込んでいるわよね」

「え?」


 そう、あの取材以来、何か考え込むようになった。いつもあまり表情に出さないが、それでもちょっと暗いのだ。いつもの護衛や頼まれた仕事は、普通にこなしているようなのだが。


「ロゼには、分かるんだね」

「え?」

「私は気付かなかったな。ジノルグくんと一緒にいる機会が少ないせいかもしれないけど」


 思わず何度か瞬きをしてしまう。

 サンドラなら、気付いているかと思ったのに。


 傍にいたクリストファーにちらっと目を向ける。

 すると彼はふう、と息を吐く。


「俺はなんとなく気付いた。けど、多分俺よりもあんたの方があいつの事よく見てるだろ」

「…………」


 サンドラはくすっと笑う。


「ロゼも分かるようになったんだね」

「そう……かしら」


 分かるようになったのかは分からない。

 ただそう思っただけで。


「本人に聞いてみるのが早いだろ」


 クリストファーに言われる。

 確かにその方が手っ取り早いだろうが、答えてくれるかどうか。


 口ごもっていると、さらに溜息をつかれる。


「気になる事があるなら直接聞いた方がいい。あいつもそっちの方がいいはずだ」


 強めに言われる。

 サンドラもうんうん、と頷いた。


 確かに、答えてくれるかは分からない。

 それでも、このままよりはいい。


 ロゼフィアも力強く頷いた。

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