10*改めて
「「…………」」
ジノルグはいつもと変わらない表情をしていた。
するとこほん、とわざとらしい咳払いが聞こえてきた。そちらを見れば、いつの間にか腕を組んでこちらを見やるレオナルドの姿がある。それだけでなく、他の騎士達もいつの間にか集まっていた。
慌ててジノルグから顔を背ける。
いつまでも二人の世界に入っていると思われるのは癪だ。
するとジノルグも気付いたのか、その場から下ろしてくれた。
立ち上がれば皆、円を囲むような形になる。
レオナルドは真面目な顔で言った。
「とりあえずこの付近でうろついていた密売人は全員捕まえた。被害に遭っていた女性もすぐに研究所に運ばせたから、処置してもらえるだろう」
いつの間にかそこまで手を回していたらしい。
とりあえず女性の安否を聞いてほっとした。
「で、どうしてここに紫陽花の魔女が?」
いきなり自分の事を言われ、身体をびくっとさせる。だがレオナルドはロゼフィアではなく、クリストファーをじろっと睨んでいた。睨まれているクリストファーは特に焦っておらず、涼し気な表情だ。
「クリス。密売人を追ってくれている人がいると報告してきたが、まさかそれは紫陽花の魔女じゃないよな?」
「どう見ても魔女だろ」
クリストファーはあっさりと白状した。
弁解しない辺りがいっそ清々しい。
「俺は忠告した。それでもやると言ったのは魔女だ。だから魔女の身に何があろうが俺には関係ない」
「だからってな……」
レオナルドは呆れて溜息をつく。
実際その通りであるし、クリストファーはロゼフィアにそう言ってきた。なので間違いではない。……が、だからってクリストファーは何も悪くない、わけではないのだろう。レオナルドはガミガミとお説教をする。だがそんな状況でもそっぽを向いているクリストファーは強い。
「言っておくが、紫陽花の魔女もだぞ」
いきなり火の粉がこちらにもやってきた。
思わずうっ、と怯んでしまう。
「自分の身は自分で守れる所は美点だけど、ちょっと無茶をし過ぎだ。君を心配している人はたくさんいる。その自覚をもっと持ってほしい」
「……はい」
いつもは馴れ馴れしく話しかけてくるレオナルドだが、こういう時は騎士らしい。ちょっと意外に思いながらも、騎士なのだから仕事はしっかりするのは当然か、と納得してしまった。しかも注意までされてしまったので、これは素直に反省する。
するとレオナルドはふっと笑う。
ようやくいつもの朗らかな表情に戻った。
「よし、じゃあ終わり!」
ぱん! と両手を叩く。
そしてジノルグに向き直った。
「ジノは彼女を送ってやれ。後始末はこっちでしておく」
軽やかな足取りで移動し、皆に指示を呼び掛ける。
すると他の騎士達は一斉に動き始めた。
レオナルドがどういう人なのかよく分からなかったが、オンオフの切り替えはしっかりしているようだ。たまに茶化してくるところはどうかと思うが、それが彼の良さでもあるのだろう。そのまま移動している騎士達を眺めていれば、クリストファーがこちらを見て足を止めた。
そしてジノルグの傍に寄る。
「こいつ、ちゃんと手綱を握らないと制御が難しいぞ」
「な、私は馬!?」
思わずそんなツッコミをしてしまう。だがクリストファーはふん、と鼻を鳴らして行ってしまった。最初はただ怖い騎士だと思っていたが、こう見るとただの悪ガキだ。歳は聞いていないが、おそらくサンドラより年下だろう。だったら自分とも歳が近いかもしれない。
思わずむむむ、と唸りながらその後ろ姿を見る。
ジノルグは小さく笑ってきた。
「クリスは口が悪かったりするが、いい奴だ。さっきだってロゼフィア殿の名を呼んでいた」
そう言われると聞こえたような気がする。
正直落ちる直前だったのであんまり覚えてないが。
「心配していないとあんな風に焦った顔はしない。あの顔を見るのはサンドラ殿が危ない目に遭う時以来だな」
どこか楽しそうにそんな事を言ってくる。
「……別に、心配しているようには見えなかったけど」
「照れ隠しだろう。護衛対象の大事な友人なんだ。気にもかける」
「そんなもの?」
「そんなものさ」
言い切られてしまったので、曖昧に頷いておく。
自分よりジノルグの方がクリストファーの事をよく知っている。そんな彼が言うのだから、そうなのかもしれない。そう思いつつ、助けてもらったお礼がきちんと言えてなかった事に気付く。また改めて会った時にでも伝えなければ。相手をどう思おうと、助けてくれた事に変わりはない。
「他に寄る場所はあるか?」
「え?」
一瞬言葉の意味に気付くのが遅れた。
だがジノルグは律儀に答えてくれる。
「森に帰るんだろう?」
「えっ……あ……」
思わず言葉に詰まってしまった。
本来ならアンドレアのところに行こうと思っていた。だがいつの間にか密売人を追い、そして久しぶりに他の騎士やジノルグに会った。まさかこんなにも早く再会できるとは。だが、あんなにも拒否して森に帰ったのだ。今更王都に戻ろうと考えている事を、ジノルグに言えるはずもない。なぜならそれは、とても失礼な事だと思ったから。
「えーっと、あの、」
でも上手い言葉が出てこない。
元々嘘は苦手だ。つくのもだし、つかれるのも。だからどんな時だって正直に自分の気持ちを言ってきた。だからこんな風に誤魔化すのも無茶な話なのだ。だからって今回は正直に言えない。虫が良すぎると思われても仕方ないのだから。
「……俺はいない方がいいか?」
顔を凝視してしまう。
ジノルグはいつもの顔のままだ。
特に何か思っている様子もない。
(……違う)
無意識に自分で否定した。何が違うのか言われたら答えられないが、それでも、違う。あの時と一緒だ。花姫の時に「俺はいらないか?」と言われた表情と。
「もしそうなら、遠慮なく言ってくれ。終わってからまた、」
「待ってよ」
思わず腕を掴む。
「ロ、」
「なんでそんなに遠慮するの?」
咎めるような言い方になってしまう。
ジノルグは立派な騎士で、それは数日過ごしただけでも分かって、でも護衛はいらないときっぱり拒否した。拒否をしたせいか、ジノルグもそれ以上何か言う事はなく、今だって、こっちに対して怒る素振りを見せない。レオナルドだってちゃんと叱ってくれたのに。
「もっと言えばいいじゃない、最初に会った時みたいに」
最初はいきなり護衛をしたいと言い出し、こっちが断ってもやるつもりでいる、みたいな事を言ってきた。その後だって、こっちが花をお礼に渡せば、別の花を要求してきた。お礼をすると言えば、なんでもするのか、できるのか、と馬鹿にするような言い方をしてきた。あの時は本当に失礼でいけ好かないと思っていたが、それでも――あのやり取りが楽しいと思っていた自分がいたのに。
ただ自分の言いなりになっているジノルグを見て、とてもつまらないと思った。そして、ただ遠慮しているのではなく、本当に自分に対して何も言う気がないのか、と思った。何も言われないのはとても楽だ。でも同時にそれは、自分に興味もない事を指している。
それは、寂しい。
(え)
その結論を出して、自分で驚く。
いや、寂しいというのは別にジノルグに限った話ではない。他の皆の事も指しているし、そもそも別にジノルグがいなくても寂しいわけじゃない。一人でいるのが寂しいだけで……。
「じゃあ、なんで戻ってきた」
核心を突く事を言われ、どきっとする。
「別に用事があったわけじゃないんだろう。サンドラ殿も不思議がっていた」
それを聞いて焦る。いつの間にかサンドラ目的で研究所にいた事も知っていたようだ。もしかしてあの時ジノルグも研究所の中にいたのだろうか。そんな事を思っていると、ジノルグに腕を振り払われる。そして逆にロゼフィアの腕を掴んできた。思ったより強い力で掴まれ、驚いてしまう。
そしてぐっと自分の方に引き寄せようとする。力が強い。遠慮なく引っ張られているのを感じる。ロゼフィアはどうにか足で踏ん張っていた。抵抗もした。だが、ジノルグはなかなか離してくれない。
「ちょっと、なにするの」
「今のロゼフィア殿は矛盾している。森に帰りたいと言いながらここに戻ってきた」
「っ!」
「俺は本心を知りたい。一体どうしたいんだ」
「そんなの……」
本当は戻りたい。でもそれを言って今の状態のジノルグを止められるのか。納得してくれるのか。今でさえ矛盾していると言われた。その事を彼は怒っているのか。それに戻ったらどうせ、護衛がどうのこうの言われるに決まってる。護衛は正直どうでもいい。自分はただここにいたいと思っただけだ。それで皆は納得してくれるのか。一人は危ないとまた止められるのか。
もう何もかもが。
「面倒くさいっ!!」
思わず叫んでしまった。
ジノルグは怯んだのか、手の力を緩める。
ロゼフィアはすぐに腕を引いた。
「戻りたいわよここに! 一度森に帰って分かった。一人でいるのはとても楽だけど、静か過ぎて落ち着かない。だからここで色んな人と関われば、もっと自分自身も変われると思った。だから戻ってきたの」
「……」
「でも私は護衛が必要とは思ってない。ジノルグの事なんて正直そんなに気にしてなかった」
「っ、」
ちょっとジノルグの顔色が歪んだ気がした。
だがここは一旦無視する。
「でも久しぶりに会って、なんかしおらしくなっちゃって、こんなだったら最初の言い合ってた頃の方が良かった。そっちの方が、楽しかったから」
「――分かった」
急にジノルグが言葉を挟む。
見れば真顔だ。見慣れているはずなのに、今はなぜか怖く見える。
「ロゼフィア殿の言いたい事は分かった。つまり、王都に戻りたいと思ったが、護衛はいらない。簡単に言うとそういう事か?」
「……根に持ってる?」
なぜだか言葉が強く聞こえる。
だが相手はそれを無視した。
「王都に戻りたいという願いはすぐに叶うだろう。誰もが喜ぶだろうし、咎める者はいないはずだ」
「じゃあ、」
「だが護衛をつけないのは許されないだろうな」
「…………」
やっと自分の思い通りになるのか、と夢を見せた後に急に現実を突き付けてくる。さっきからずっとジノルグは強い口調のままなのだが、元々こういう人物だっただろうか?
「だが、俺から殿下に伝える。ロゼフィア殿は護衛を求めていない。だから護衛はつけなくていい、と」
「え、」
まさか本当に、願いを叶えてくれるのか。
期待の眼差しでジノルグを見る。
「
「…………え」
「当たり前だろう。それにそうすれば、何も問題はない」
「ちょ、ちょっと待ってよ。前は私が護衛を必要とすれば、って」
「今となっては無効だ。護衛は勝手にする。だが、必要となれば言ってくれ。正式な護衛になる」
唖然とする。そんなの護衛をしてないようでしているのと同じじゃないか。ただ「非公式」か「公式」の違いだけだ。しかもアンドレアの事だから、絶対ジノルグの提案に乗るに決まってる。
ジノルグはなぜか楽しそうに小さく笑う。
「言い合う方が好きなんだろう? 良かったじゃないか」
「ぜ、全然良くないわよっ!」
「ロゼフィア殿のために身を引いたが、ロゼフィア殿から来たんだ。もう逃げられないぞ」
「そ、れは……」
その後は何も言えずに唸ってしまう。
確かに自分で戻ってきた。でもそれは、護衛をしてもらうためではないのに。まんまとやぶ蛇な事をしてしまったと、頭を抱え込む。だがジノルグはなぜかすっきりしたような顔をしている。もしかして、ようやく自分の抱えていた事をぶちまけて満足したのだろうか。恨めしく見てしまう。
ジノルグはしれっと言葉を足した。
「他の騎士達も、ロゼフィア殿のお転婆すぎるところに若干引いていたぞ。クリスが言ったように、手綱は上手く引いて行かないとな」
「だから私は馬じゃないわよ!」
「ああ、馬じゃない。女性だ。だから俺が守る」
真っ直ぐな瞳とかち合う。
一瞬呼吸が止まりそうになった。
「「…………」」
急に静かになる。
さっきまでのうるささはどこに行ったのか。
ジノルグはこちらをじっと見ていた。
ロゼフィアは途中で逸らしていたが、いつまでもじっと見られる。
「……勝手に、して」
この空気に耐えられず言う。
ジノルグは満足げに微笑んだ。
「へぇーそんな事があったの。とりあえず許してもらえてよかったね」
改めて研究所に向かえば、サンドラがにっこりと笑ってくる。ロゼフィアははは、と乾いた笑いをしておいた。あの後ジノルグと一緒にアンドレアに会いに行き、王都で過ごす事を伝えた。すると「なんで最初っからそう言ってくれないのよ!」と怒り、そして泣いて喜んでくれ、最後には笑顔になった。なんとも忙しいお姫様だ。ちなみにジノルグの提案通り、護衛は勝手にされる事になった。
「じゃあこれからは護衛してもらえるんだね」
「不本意ながらね……」
これからは基本一人でいる時は、ジノルグに護衛してもらう。今まで王都を歩く時はフードで頭を隠してこそこそ歩いていたが、これからはそうしなくていい。しかもすでに、紫陽花の魔女の護衛をしているのはジノルグだと、国中で公表されているらしい。いつの間に。
「ちゃんと手綱を引いてもらえるようになったわけか。よかったな」
偉そうにちゃっかりサンドラの傍にいたクリストファーに、思わずかちんと来る。確か研究所内の警備のはずだが、なぜここにいるのか。するとサンドラ曰く、どうやら噂を聞きつけ、からかいに来たらしい。
「クリスも心配してくれてたみたいだよ」
「してない」
即答だ。迷ったりもしてくれない。
それがいかにも彼らしいが、ふと気になって聞く。
「そういやクリスっていくつなの?」
「二十三だよ」
「え」
てっきり自分と同じか下くらいだと思っていたのに、まさか三つも上だとは。一応サンドラより年下ではあるが、ちょっと信じられない。するとクリストファーはあからさまにむっとしてくる。どうやらこっちの考えていた事が分かったらしい。
「あんた、自分より年下だと思っただろ」
「クリスは童顔だからね」
あっさりサンドラが言う。
これにはクリストファーも黙ってしまった。
「でも最初見た時は童顔と思わなかったけど」
「前髪で目を隠して、顔がはっきり見えないようにしているんだよ。だからじゃないかな。あんまり人に近寄ったりしないし」
「え、そのために前髪長くしてたの?」
理由を聞いてびっくりだ。
だがちょっと笑いそうになる。彼なりに努力をしているらしい。そこがちょっと可愛らしい。だがクリストファーは分かりやすく機嫌が悪くなった。どうやら繊細な事だったようだ。
「ごめんごめん。あ、この前は助けてくれてありがとう」
「……別に」
そっぽを向かれてしまう。
そしてそのまま部屋から出て行ってしまった。
ちょっと悪い事をしてしまったかもしれない。
思わず出て行ったドアを眺めれば、サンドラがフォローしてくれる。
「照れてるだけだよ」
「……あれが?」
「そう。私には分かるよ」
サンドラはにこにこ笑っている。
さすが、昔ながらの付き合いという奴だろうか。
話は変わり、これからの事になった。王都に残る事になったが、これからどうしていくかは定まっていない。だがせっかく薬学の知識はあるので、それを研究所で役立てていきたいと思っていた。だから今日は挨拶と共にここで働かせてほしいと頼みに来たのだ。サンドラが室長という上の役職であるから、というのも大きく関係している。
そう言えば、あっさり頷いてくれる。
「もちろん、ロゼなら大歓迎だよ。今もだいぶお世話になっているしね」
「ありがとう」
そう言われ、ほっとする。
「その薬学の知識を生かして色んな部署で働いてもらいたいと思うんだけど、まだ研究所の内部を全部は知らないよね? だからまずはこの中で何をしているのかを、改めて知ってほしいな。まずはそこだね」
「うん」
確かに知り合いの薬剤師や研究者に案内された場所しか知らない。これからはここで働く事になるので、その分内部の事も知って行かないといけない。少し不安だが、同時にわくわくしている自分もいる。自分の知らない事を知れるのはとても重要だ。
「あれ、そういえばジノルグくんは?」
「ああ、巡回。研究所内ではたくさん騎士がいるからって」
騎士が少ない、もしくは全くいない場所であればつきっきりだそうだが、今回は少し離れた場所にいる。騎士がたくさんいるし、内部は安全だからだ。何かあった時はすぐに駆けつけてくれるようだが、初めての仕事であるし、少しは気を利かせてくれているのかもしれない。
「へぇ。やっぱり束縛はしないんだねぇ」
「……そう信じたいけどね」
ここに戻ってきたんだから逃げられないぞ、と言われた時はどうしようかと思った。逃げられないのは何になのだろう。護衛になのか、皆になのか、それともジノルグからなのか……。だがすぐに首を振る。考えても仕方ない事は考えない。今は目の前に集中だ。
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