箱庭の君

鏡 龍彦

第1話World Championship Second in Paris Day 1

Welcome, to the arena.

The duel is to start 2 minutes later…


聞き慣れたアナウンスが流れ、司令塔のリュウから序盤戦略の最終確認がかかる。


「陸はレフト、玲央がセンター、鏡はライト。初戦だし敵も定番で来ると思う。あえて裏をかいてもいいが、初戦でそんなリスクを背負う必要はなし。実力的にも安定で勝てる。だから積極的にしかけてけ。ミスしても他でフォローする。」

「了解。」

「Roger that.」

「うん。」


指示された順番通りに相槌が続く。比較的まじめな陸に、相変わらずな玲央の英語。やや緊張感のこもった私。さすがに世界大会本番ともなると、緊張度合いが半端じゃない。


基本的にネットを介した対戦がほとんどになった数十年前。その当時隆盛し始め今へと至るゲーム競技。特殊な分類のスポーツの一種としてジャンルが確立されたそれは、他の一般的なスポーツの例に漏れず、規模の大きな大会においては巨大な会場にてオフラインで顔をつき合わせた直接の鍔迫り合いが基本となっている。


私、鏡少女18歳はその競技の一つにおいて日本代表としてこうしてフランスパリにて世界大会の初戦を迎えているのである。


鏡、私の名前。変な名前。改めて思うと悲しくなる。日常使うそれと同じ。人に付ける名前なのかなと思ったりしちゃうけれどもその英語名をもじってミラージュなんてちょっとカッコイイプレイヤーネームをつけたりなんかしちゃって。


そうして緊張紛れにうろちょろとワンダリングする思考のせいで余計に悲しくなってきた。


The duel will start at 10, 9, 8, ・・・


開始までのカウントダウン。野良試合だろうとこの瞬間は全身がきゅっとなる。他では味わえない心地よい緊張感。さっきまでの悪寒が走るタイプのそれが嘘みたいだ。


一瞬でプラス思考に立ち返った。今日のこの一戦は最高品質最高水準、気持ちが高ぶっていくのがわかる。


これから始まるのは、記念すべき日本勢初参加のワールドチャンピオンシップ・セカンド・イン・パリス、予選リーグ第一回戦。両肩にいい意味のプレッシャーという名のおもりが乗っている気がする。サッカーの日本代表選手も、ホイッスルが鳴らされる直前はこんな気分なんだろうか。


2, 1, … Gate open!


(速度上昇-クイックン-)


効果時間の無駄が無いように、開始ギリギリでスキルを放った後、限界ギリギリまで引き絞られ構えられた矢が弦から解放されるかのように、全速力で右レーンの中間地点へ向けて駆け出した。何度も繰り返し続けた行動。既に体にしみこみきっている。


後ろをNPCの一般兵がついてくる。本来さほど足の速くない彼らも、先ほど私がかけたクイックンの効果によって、私と同じ速さで衝突地点へと向かうことがしばしの間できる。


そうしてしばらく進んでいつも通りのタイミングでスキル効果が切れる。遅くなった兵達、その通常スピードに合わせるために私もペースを緩め、一塊になって進む。


4v4のこの対戦ゲームにおいて私に課された役職であるアタッカーは、その名称通りチームの攻撃を担う主にスピードに優れた職で、他の役職防衛者-ディフェンダー-、魔術師-マギ-、司令官-コマンダー-のうち、足は遅いものの強烈な魔法を遠隔で放てるマギ以外には一方勝ち、そのマギ相手では純粋な実力に相当な差がない限りは基本一方負け、という得意と苦手のはっきりした、ピーキーな役割なのだ。


それゆえ三つある敵陣への進行ルートのうち、右はまずアタッカー同士でぶつかるという形の対戦における不文律が出来上がった。


そこからさらに、フォローに行く距離の関係でマギとコマンダーの二名が中央、最後の左にディフェンダー、というのがオーソドックスな開始スタイルとして定着した。


定番であるがゆえに、トーナメントなどで格上のチーム相手にあえて初手で正攻法の衝突を外し混戦状態での殴り合いを仕掛けるのもまたよくある手なのだが、今回は果たしてどうなるだろうか。






衝突地点が見えるところまで達すると、敵側同位置にも敵のプレイヤーと取り巻きが見えた。同タイミング。予想通り、同職確定だ。


即座にリュウに連絡。


「右予想通り。」

「キルされても構わないから、積極的に攻撃。」


即座にレスポンスが返ってくる。ミラーマッチ、正攻法でのぶつかり合い。


「了解。」


仮想空間にもかかわらず、つっ、と汗が頬を流れる感覚が走る。気にせずこの世界で本来出せる自身の最高速までペースを上げて、自兵を置き去り進む。敵プレイヤーは集団中央。


(敵兵を多少削って有利を取っておきたいな。許してくれるかな、どうかな。)


思考は少し巡ったものの、体の方が勝手に慣れた方向に流れていく。そのまま私は敵集団右端に突っ込んだ。直前、視界の端に相手の姿を捉えた。


(この距離なら十分。いつも通りいけそう。)


私相手の特別な対策はしてこなかったようだ。相手の位置を細かに気にしながら、敵兵に攻撃。集団を斬り進んでいく。何度も何度も繰り返した動き。


(ふぅ。よし、捕まらなかった。)


相手の隊列を無事抜けた。少し距離をとるために直線で走る。それとほぼ同時に自兵が到着。これで敵の兵のターゲットが私から外れた。ベストタイミング。


(ここまでは100点満点。敵兵の引っ張られ具合がベストな状況。)


そのままやや大回りに円弧を描きながら敵集団を見渡す。集団後方左寄り、私がさっき抜けたところ辺りに敵役職持ちがいた。そこから私を迎え撃つために私が目標地点にしている場所へ向けて、直線で進んでいる。


(スピードにはステをそれほど振ってない。もうちょっと削り続けてても振り切れたな。)


相手の行動から情報を読み取る。職の中でも、チーム戦術に沿った役割に合わせて多少の色付けができる。自分はほぼスピード特化。それでも目的地まで一直線に進む相手の方が早く到着するだろう。


(このままUターンして戻ろう。)


体を反転させると同時に相手も静止した。


あっさり負ければ右レーンがそのまま押し込まれる。それは避けたいと思ってしまう。普段なら技術差である程度ひっくり返す自信がある。でも今日は、その余裕がなかった。


未知の相手、初めての対戦。実力はある程度事前に調べていたけれど、無様に負けたくはないという思考が弱気を促してしまっていた。


アタッカー同士の戦いはステータス設定の有利不利とプレイヤーのうまさが物を言う。職業上、互いにそれなりに紙装甲ではあるが、こっちは完全なスピード重視で触れればちぎれるトイレットペーパー。


厳しい予選を勝ち抜いた者同士。それでも私が実力的に勝っている、と試合前に自分で言い聞かせたけれど、100やって100勝てるほどの差はないと思った。だからちょっと、臆してしまった。


不毛なにらみ合いが続く。兵同士は性能差がないから私が与えたダメージ分、戦いが進めば当然こっちが数体残る。


(このまま待っていてくれるなら。)


消極的な思考に捕らわれながらも、そうなっていけば好転していく状況に心が落ち着いていく。


様子見の斬り合いを対戦相手と演じていた。ふとタイム表示が視界に入り1分57秒を表示しているのに気付いた。


(今頃他レーンも激突してる頃かな、てことは今までここの状況がスクリーンに大写しだったかも。ちゃんと戦っておけばよかった、、、ってしまった!凡ミス!ありえない!!)


そう気づいた瞬間、相手が仕掛けてきた。


速度上昇効果を表す特徴的な赤色の効果光が敵プレイヤーにともった。*クールダウンの終わりに即使ってきた。


(*注: 冷却。スキル再使用不可時間のこと。他、リキャストタイムとか言ったりもするらしいよ。陸談)


こっちも後出しでクイックンを使ったところで、本来あったはずのスピードの有利はない。


どーするどーするどーする、ワンミス。クールダウン時間が意識できてないとか!さっさと仕掛ければ、ちがう、スピード差、今負け、クイックン使っても同速、他は、、、ああ、さっさと仕掛けておけば!ちがう、それは終わった、ここは負け、じゃあどーする。何が最適、、、


確実な負けが逆に冷静にしてくれた。クイックンは消費しない。戻りで使うか、他レーンのフォロー時に使える。プレイヤーは無視。体力を多少減らすより、兵の方を削って進攻を邪魔したほうがいい。


全力で後方のかたまりへ向かう。


「敵クイックンロスト、00」

「OK」


敵との距離は近いが、大丈夫。一撃は食らうかもしれないけど、それだけでは倒れない。敵兵を可能な限り削る。走れ。


私へと斬り下ろしが放たれた。ひねりなく、まっすぐ縦に。反応して右に動くも、スピード差で左肩からばっさり入ってしまう。ピリッとしたゲーム演出の痛みがその部位を走る。ああ、こりゃ駄目だわ。


「ごめん、負けたわ。」

「大丈夫だ。フォローするって言ったろう。お前のそういう性格も織り込み済みだ。」


リュウに敗北の報を知らせて、そう返された。まったくこいつは。


二撃目であっさりやられ、復活-リスポーン-待機時間になった。






ボヒューーーーーーーー、パァーーン。


君主-ロード-が敗れたことによる試合終了の花火が鳴り響く。


The duel was over.

Won by DoM.


無機質な、それでいて耳触りの良い勝利チームのアナウンスが流れる。試合は序盤私が担当した右を崩されたものの他では優勢を保ち、その勢いを利用しての完勝と呼んでいい短期決戦だった。


無事勝利できて喜ぶべきなんだろうけど、素直にそうできないのは私の個人成績の悪さ。


Team dragons of mirage result:

Ryu -commander- 2 kill 1 death damage 779/5231

Mirrorge -attacker-1 kill 5 death damage 1227/5231

Tortoise -defender- 3 kill 2 death damage 1151/5231

Leonhart -magi- 6 kill 0 death damage 2074/5231


うーむ、悲しい。最初の戦いの凡ミスは完全に自分のせい。その後気を取り直して指示通りに動けたものの、どの衝突も泥臭く荒らすばかり。


「俺の指示で稼がせたデスだ。気にしなくていい。」


成績確認していたら、龍からフォローが入った。


「そうそう。うちの鏡の使い方は特殊だからね。そのせいでいつもデスがかさんでるけど、にわかプレイヤーはともかく、上位のプレイヤーたちは鏡のプレイ内容を絶賛してるから。」


陸からもフォローされてしまった。


「そうです。今回わたしのデスが0だったのも鏡さんのサポートのおかげです。上手くはまればチャンピオンになるのもドリームではないのです。」


玲央よ、イラつくからわざとの片言やめろや。


なんて心の中だけで突っ込む。わがチームのメンバー、マギ担当の玲央はこのキャラで人気を稼いでいる。ゲームそのものに興味がない層を取り込むため、というスポンサーの意向だ。片言外国人キャラは昔から受けがいい、とのスポンサーの言。おまけにイケメンだから。


元々はチームが頭角を現した時期、その甘いマスクでもって女性プレイヤー達の心を鷲掴み。日本のトップチームのプレイヤー群の中で彼は特に注目されて、見事にスポンサードを得た。


その後実力も国内ならばトップと呼んでも間違ってないほどになった彼は、活動の幅を芸能レベルまで広げ、その収入をチームに配分してくれているのだ。


おかげで普通なら受験勉強で忙しいはずの高3の夏、フランスへの渡航許可を母さんからもらうために、


「フランスのパリで世界大会なんだけど、駄目かな?旅費も何もかも大会の運営持ちで、決勝トーナメントに出場すれば、たぶん父さんの年収並みの賞金がもらえるんだけど(まあチームで折半だから実際は2,3か月分だけど)。」


と伝えてみれば、


「鏡ちゃんの毎月の収入は知ってるのよ。それくらいでは驚かないわよ。でも、ずっとゲームを仕事にするにしたって、今の時代、大学ぐらいは出ておくべきだと思うの。東大とか贅沢は言わないから。学費の高い私立でも構わないのよ。ああいうところって一芸に秀でた子を取ったりするものだしね。そう、ゲーム好きならコンピュータサイエンス?とか楽しいと思うし。終わって帰ってきたら真剣に進路を話し合いましょう。楽しんでらっしゃいね。」


といった感じで文句を言われるどころかほぼ全肯定。


そんな貢献を考慮したら、声が撮られている可能性のある場では決してその作り物のキャラを崩そうとしない彼の努力を無にするわけにはいかない。


もし何らかの番狂わせでこの大会で優勝できてしまったら、その後の活動も加味すれば平均生涯年収を超える額が舞い込む可能性だってある。


そうなったら、もういいよ、って言ってあげよう。きっと作り物のキャラがなくたって、問題なくお前は売れるぞ、って。むしろ日本語が日本人以上にできる外国人キャラの方がいいんじゃね?って。


「ありがと。でももし、最初素直に1v1を挑んで勝ってたらそのまま圧勝できたでしょ。私の代わりにブームブームがアタッカーだったら、優勝候補の一角って騒がれるよ。」

「そうだな。韓国トップチームの花形アタッカー。実力も他とは一線を画してる。けど、彼はもう25だ。お前は17。これからどんどん落ちていくやつと成長していくお前なら、お前の方がいい。次回、次々回、何回後かはわからないが、そう遠くないうちに俺たちが世界を取る時代が来る。」


こいつは。中々うれしいこと、言ってくれるじゃないの。その一言は、沈んだ私の心に見事なまでにクリティカルヒット。落ち込んで沈殿してしまっていた気分が一気に溶解したよ。


「今回の目標は予選リーグ突破からの本選トーナメント参加だからね。それさえできれば、鏡の目的だってひとまず果たせる。同じリーグになったチームは韓国のそれを除けば十分勝ち目はあると思う。そして来年は追いついて、そして追い抜いて、優勝だよ。」

「アドレッセンスのグロウスはマグニフィセント、ですからねー。」


思春期!成長!すごい!って言えや!地味にムズめの単語を使いおってからに!


「ま、そういうことだ。お前がチームダメージの四割を出せるまでに成長したら、もううちはどこにも負けない。」

「うっ、、、」


そう、うちの弱点は明確で、通常チーム最高ダメージを出すべきはずのアタッカーにあるのだ。このステージへと至るための予選、無事勝ち抜けたはいいものの、私の力は世界レベルに達していないことを痛感した。低水準な成績数値の連続。


逆にコマンダーの龍はその穴を埋める以上の実力者で、今大会で華々しい世界デビューを飾るだろう、と日本でも、そしてここフランスでも報道されているぐらい。そしてそれが私には逆に働いてしまっている。女だから、客寄せメンバーだ、実力ない癖に、俺と変われよ、といった書き込みがネットでされるのは日常茶飯事。ま、いいんだけどね。半分ぐらいは事実だしね。


「この大会中にそうなれるように、頑張るよ。」

「それはインポッシボーです。なぜなら私が常に五割を出し続けますからね。」

「はは、そうだな」

「僕も負けないよ。」

「あんたはダメージ出す必要はないでしょうが。」

「そうだった。はは。」


その流れが区切りとなって、短い話し合いが終わる。


ヘッドギアを外し、ステージからの退場を始める。対戦相手と互いの健闘を称える握手を終え、壇上をはける。観客の声援がすごい。フランス語発音でリューとかリオーとか叫ばれて、二人は手を振って応えている。私と陸にも二人と比べると少ないけど声援が聞こえていて、恥ずかしながらも手を振って応える。


フランス人の中でも日本のアニメとかが好きなオタク寄りの人が多いのかな。ゲーム大会の会場だし。普段と違って、結構熱い視線が向けられている気がする。根暗な感じがする魔法少女風の衣装を着た女の子の絵が描かれた団扇を一心不乱に振っている人たちが結構いて、その口の動きは「ミロアーーージュ!!」と繰り返しているようだ。


あれ、私に似てるかな?まあ日本人女性は外国人にモテるらしいし。ちょっと浮かれてしまう。私がそれなりのアイドル並に可愛かったら、日本で今みたく叩かれなかったかなぁ。凡庸な容姿に生まれたことが少し残念。






控室へ戻り、マネージャの宇佐美さんから賞賛の言葉をもらって、私たちは解散した。ホテルの廊下を歩きながら、今日の出来について、思いを巡らせる。あそこでこうしてれば、あの時こう判断できてたら。止まらない反省の連続。そんなとりとめのない思いにかき乱されて、落ち着かない。久しぶりに、彼と話したくなった。数奇な宿命のもとに生まれた彼と。箱庭の君と。



カードキーを差し込み、個室に入る。ふー、と大きく息を吐く。やっぱりだめだ。頭の中は全然うまくまとまってなくて、身体は明日以降に待ち構えている試合の重圧でつぶれそうだ。


カバンから、大事に梱包したヘッドギアを入れた箱を取り出す。丁寧に、傷つけないように。私に託された、大切な預かりもの。それを頭に装着する。こめかみ当たりにある起動スイッチを押す。立ち上げの起動音。ゲーム名を指定する。見慣れたゲームロゴが流れる。一人プレイモードを選択。過去のプレイ履歴を読み込む短いロード時間。世界が暗転する。その暗い闇が晴れて、すぐに耳に穏やかな声が届いた。


「ミラージュ。久しぶりだね。今日はどんな話を聞かせてくれるの?」


目を開ける。ここはすでに、仮想の世界。目の前には、彼がいた。空色の瞳をキラキラと輝かせて、私を見つめている。


今日のこと、聞いてもらおう。彼も新しく問題を抱えてるかもしれない。もしそうなら解決してあげよう。この世界の私は無敵だ。何だってできるんだから。


「あのね、イクス、、、」

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