クロユリをあなたに

あめりあ

カレンデュラの暴走

ああ、貴女はどこまでもそいつに優しい。

もう死にかけの従人にどうして涙を流すのか。


「嫌よ、貴方死なないって約束したじゃない。私が先に死ぬのよ、それまで貴方が私を守らなくてどうするのよ。」

「無茶を言わないで下さいよ、余命半年から一年も生きたんだから…。

 俺を解放して下さい、姫。」

「絶対嫌。死んでも、貴方を解放してあげない。」

寝台に横たわる、顔色の悪い騎士…にはもう見えない従人に必死に語りかける姫。

もう何を施しても無理なことは、誰が何を見ても明らかだった。

「…我が儘なおひとだ。貴方を主人に選んで本当によかった。

 貴女にはもう、俺の代わりに守ってくれる方がいらっしゃる。必要とされなくなる人間になる前に死ねる俺は、幸せものなんですよ。」

「馬鹿なこと言わないで!貴方を必要としない人生なんてありえないのよ。だから…だから死なないで。」

「…すみません。」


謝ったと思ったら、血を吐き、咳き込む。

ああ、もうこいつは死ぬのだと思ったら、心のどこかで安堵した自分がいる。


死にかけの男にこんなに敵対心を燃やす私は、愚かだ。

敵対心というのか、嫉妬心というのか、このもやもやした感情をどう表したらいいのか、分からないが。


私は、彼女の婚約者で。彼は、従人。何を、焦るというのだろう。

しかもあいつはもう死ぬのだ。もう意識も朦朧とし、話すことすらできない。


「もう、嫌だ。こんな現実いらない、あなたのいない人生は、必要ない。」


涙で濡れた亜麻色の瞳に宿った強い意志を、私は、どうすればいい。

他の誰が何を言っても聞かないであろう強固な思いを。


「ごめんなさい、姫。」


ヒューヒューとのどを鳴らしながら、あいつは。


「嫌だ。やだやだやだ、お願い、私をおいていかないで。

 目を、開けて。お願いだから、お願い。」


ベッドで目を閉じて動かないそいつに縋る貴女は、一体何におびえているのか。

ただの騎士が、自分の一番近しい人間だったとはいえ、そこまで騒ぎ立てるほどのことでもなかろうに。


「死んだのか?」

「クラワ王子、口を慎んでください。

 彼を…アジーンを埋葬して。」

「身寄りのない騎士を埋葬してどうなるんだ、火葬して共同灰墓地に入れれば…」

「私の騎士よ、どうしようが私の勝手。」


きっと私には言っていないのだ。自分に言い聞かせている。


「私は…貴方に生かされた。だから、もういらないのよ。」


そいつを、いとおしそうに撫でて、死人の手に口づけを落とす彼女が、憎たらしくて仕方ない。


「何をしている。」

「私は、もういらない。」

「何?」

「私を、殺して下さらない?クラワ王子。」

「ふざけるな、「私は本気よ。」


その手にあったのは護身用の短刀で、その刃先は彼女の首を捉えている。

すぐに首から離したが、彼女は終始笑顔だ。

表情から何も読み取ることはできない。


「もういいのよ、何もかもが。私は私が終わるのを待つだけなの。」

「メリ、」

「クラワは、私を放っておけばいいから、楽でしょ?」


昔の無邪気な笑顔は、僕が大好きなものだったけれど、恐ろしくて仕方なかった。



「私が死ぬまでもう少しだけ待っててね、アジーン。」



ああ、僕は。

貴女を愛することが赦されていないのか。



お金と、名声と、一体何が彼女を生かすことを、愛することを赦してくれるのか。

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