Electrical Maiden Case.2
阿井上夫
Real Sexless 1
彼女は震える両の
「私、本当は夫の帰国が怖くて仕方がないんです」
*
仮想現実世界における性の実態を記事にし始めてから、約一年が経過した頃のことだった。
記事を掲載して頂いた雑誌の編集部経由で、読者からの相談メールが私の手元に届いた。
「具体的な内容については、直接お会いしてご相談したい」
そんな極めて曖昧な申し出だったが、しがない三文文士としてはどんなネタでもとりあえず食いつかずにはいられない。
私は電子メールの差出人と連絡を取り、指定された日時に指定された場所へと赴いた。
日時は三月初旬の昼下がり、場所は東急田園都市線「二子玉川」駅近くのタワーマンションだった。
二〇二〇年に開催された東京オリンピックが有効な経済効果を生み出すことなく終わり、前後の特需景気も尻すぼみになって、日本経済が再び先行きの見えない縮小均衡に陥ってから、随分と時間が経つ。
遥か昔、バブル期には人気の高かった東急線沿線も、多摩川を越えて神奈川県に入ったところにある住宅地は軒並み地価が下落して、バブル期に無理をして購入した世代だけがしがみつく姥捨山のような状態に陥っていた。
それでも高度成長期に開発された埼玉県三郷市や、板橋区高島平の巨大団地群や、よみうりランドのような新興住宅地に比べると、まだましである。
三郷団地はいまや日本とは思えないほどオリエンタルテイストな風景が広がっており、新三郷駅前のショッピングモールでは日本語が通じないと言われるほどである。
高島平団地は一棟あたりの入居者が十人を切り、インフラの維持すらままならず断水や停電が頻発していると聞く。よみうりランドに至っては、一軒家の半数が無人という噂だった。
ところが、少子化で都心の地価が下がったことや、そもそも供給過剰だった賃貸物件の家賃相場がこなれてきたこともあり、東急線沿線でも東京二十三区内は順調に住民が増加していた。
その分水嶺にあたり、国分寺崖線や多摩川という自然環境を有する二子玉川は、依然として若い世代の人気を引き付けており、「住みたい街ランキング」の上位をキープし続けていた。
その人気の高い駅周辺には、オリンピック前に行われた再開発事業によって誕生したタワーマンションが林立しており、それがランドマークとなっている。
しかし、近年その人気に陰りが見え始めていることは、あまり知られていない。しかも、それは二子玉川に限ったことではなかった。
そもそもタワーマンションという建築物自体、地震の多い日本ではリスクの高いものである。いくら免震構造、耐震構造、制震構造といってみても、揺れの影響をゼロに出来るわけではない。
しかも、超高層建築は風で常に震動しているものであり、それすら完全に吸収することができない。
さらに、超高層建築の宿命として全体の重量を押さえ込まなければならないから、外壁材には気泡で重量を押さえたコンクリート――ALCで出来た板が嵌め込まれ、その隙間をコーキング材が埋めている。
気泡のある壁材とコーキングに不断の震動――少し考えれば分かることだが、時間が経てば当然の如く亀裂が生じる。
超高層マンション自体が比較的新しい工法で建てられたものであるから、いくら厳密な強度計算を繰り返したといっても、新築当時には想定していなかった技術的な問題が、後になって表面化することは避けられない。
そして案の定、建築物の初期不良に関する保証期間が終了した後になって、外壁の亀裂から浸透した雨水の問題が、日本全国のタワーマンションで問題になり始めた。
マンションの躯体そのものの問題ではなかったから、不動産業者は最初から強気である。
「売買基本契約書に記載されている通り、保証期間は過ぎておりますし、外壁の問題ですから管理組合の大規模修繕でなんとかすべきことですよね」
と言って、一歩も引かない。同じような案件を大量に抱えているから当然である。
そして、超高層建築の外壁であるから、補修といっても大げさな工事が必要になる。それに、部分的な補修でどうにかなるものでもない。いつ新たな亀裂が出来るか予測できないから、やるとなればマンション全体の外壁が対象となる。
ところが、直接の被害を受けていない住民から、
「どうして自分達まで費用を負担しなければいけないんだ」
という身勝手な不満が出る始末で、管理組合の結論はなかなか出なかった。
その間にも雨水は浸み込むから、直撃を受けている部屋の住民はたまったものではない。結局は我慢しきれずに二束三文で物件を叩き売ることになるから、マンション全体の資産価値を下げる原因になる。
それが残留している住民の怒りを生むことになり、負のスパイラルはいっこうに治まる気配がなかった。
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