君の氏に
阿井上夫
起 プロポーズ直前の男性によくある風景
東京都のJR山手線『御徒町』駅界隈。
改札の目の前から軒を並べている似たような店の一つで、枝毛の多い茶髪の中年女が節の目立つ指を真っ直ぐに伸ばし、机の上をさしながら言った。
「これなんかぁ、最近とっても人気のやつですよぉ。先週だけで三人の方が購入されましたぁ」
「はあ、でもなんだかありきたりじゃないですか?」
「最初は皆さんそう仰いますけどぉ、ここであまり珍しいやつを狙うと後が大変ですよぉ。気に入らない時には買い換えるつもりならばぁ、話は別ですけどぉ」
「いやまあ、ここで買ったら余程のことがなければ買い換えませんよ。そんな事態は想像もしたくないですし」
「ですよねぇ。だから、私としては最初は平凡に見えても次第に馴染んでゆくみたいなやつをお勧めするわけなんですがぁ」
「はあ、で、これでおいくらなんですか?」
「ええとぉ、時価を確認しますからちょっとお待ちくださいねぇ」
中年女は物凄い勢いで無線マウスを滑らしながら、パソコンの画面をスクロールする。
さすがはプロだ。リストのどの辺にあるのか分かるらしい。
「まあ、給料の三か月分とか言われますけどぉ、正直そんなに気張る人は少ないですしぃ。まあ、二か月分が妥当なところじゃないですかねぇ」
そんなことを言いながら、顔を動かさずに目だけを上下運動させる。
それにしてもこの手の店で営業担当をしている女性は、どうしてこんな風に語尾に小さく母音をつけるのだろうか。
いくつか店をあたってみたが、殆どの店でこのような話し方をする担当者に応対された。業界の掟でもあるんだろうか。
「あ、ありましたぁ。ええとぉ、今現在の価格で五十万円ですねぇ」
「五十万円! 平凡な割に結構しますねぇ」
「ですからぁ、飽きの来ない定番商品ですからぁ、値が下がらないところもお勧めなんですぅ。それでもうちは協会から直に仕入れていますからぁ、他のお店に比べたら一割は安いですよぉ」
「中間マージンなしですかぁ。で、証明書のほうは」
「それはもちろんバッチリですぅ。安いけれども出所が不確かなやつはぁ、うちでは扱いませんからぁ。業界でも良心的な店で通ってますしぃ。証明書にはちゃんと三Cも記載してありますしぃ」
そう言いながら女はパソコンの画面を私のほうに向ける。
画面上には商品の、キャラクター(性格)、クラス(階級)、カテゴリー(区分)を示す文字が表示されていた。
「キャラは『BB+』の明るめぇ、クラスは『上の下』と言ったところですぅ。あんまり無理して上を狙うとぉ、資格審査とかありますしぃ。この辺が妥当じゃないでしょうかぁ。それとぉ、カテは『木』ですから成長するイメージがありますよぅ」
「確かにそうですねぇ」
なんだか口調が移ってきた。
腕組みをしながら頭を捻る私に、中年女はにっこりと笑いかける。
「でもぉ、今はいいですよねぇ」
「はあ、何がいいんですかぁ?」
「だってぇ、昔だったらサイズとか聞き出すところから始めなきゃですしぃ。断られたら使い道ないじゃないですかぁ」
「ああ、そうですねぇ」
確かに婚約指輪だと面倒臭そうだ。
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