ピカピカの小1女児おじさん♪
明石竜
序章
学力テストっていうイベントは親友なしいても僅か、彼氏彼女当然いない。
コミュ障、容姿並未満、スポーツも絵も歌も料理もダメな非リア充&根暗オタでも学校生活の中で輝ける晴れ舞台なんだ! なのに俺、学力までこのざまとは――。
五月下旬のある日、北摂のとある伝統府立進学校、豊根塚高校一年二組の教室にて利川秀介(としかわ しゅうすけ)は眺めた瞬間しょんぼり気分に陥った。本日帰りのSHRで今しがた、クラス担任から一学期中間テスト個人成績表が配布されたのだ。
中学の頃はずっと学年上位一割付近だったけど、この高校じゃ真ん中以下かぁ。まあ俺、高校入ってから勉強怠け気味だったから自業自得だよな。
秀介は己の不甲斐なさ至らなさをひしひしと痛感する。彼の総合得点学年順位は全八クラス三十六人中、一九五位だった。
そんなわけで放課後、夕方四時頃。親友のほとんどいない秀介は独りでやや重い足取りで、閑静な高級住宅街に佇む自宅への帰り道を歩き進んでいくのだった。
もうツーランク下の高校入ってたら、もっと楽に好成績無双出来てたはずだよなぁ。こんなハイレベルな高校、入らなきゃよかったよ。勉強スポーツ共に万能な子も多いし。
俯き加減でこんな不平不満を心の中で呟いていたら、
「そこの友達少なそうでスポーツも勉強もダメそうなきみ、落ち込んでいるようだね」
突如、彼の背後からトーンのお高い男性の声が。
「おっ、俺!?」
びくっと驚いて振り返ると、そこには――背丈一六〇センチくらい。小太り、瓶底眼鏡をかけ、見るからにポンバシやアキバにいそうなオタクって感じの男がいた。
「正解! まさしくきみのことだよーん。花丸あげるねぇん」
年齢は三〇代半ばくらいだろうか? 服装は、なんとも奇抜だった。
……あまりに怪し過ぎる。典型的な不審者案件だろ、このおっさん。その子供服っぽいデザインでそのサイズって、普通ないよな? オーダーメイドしたのか? 自作か?
うさぎさんの可愛らしいアップリケ付きグレー地半袖ブラウス、いちご柄のフリルスカートを身に纏い、黒地白星柄ニーソックスとハート柄付きパープルのスニーカーを穿き、黄色い通学帽を被り、赤いランドセルを背負っていた。ようするに女子児童、略して女児っぽい恰好をしていたのだ。しかも低学年の。帽子からはみ出た横髪には、さくらんぼのチャーム付き水色ダブルリボンまで結ばれていることも分かった。
このおっさんとは絶対関わっちゃいけない。そう直感し顔を若干強張らせていた秀介に、
「おいらのことは、ピカピカの小1女児おじさんとでも呼んでくれたまえ」
男はどや顔で言う。
「すみません、俺今、忙しいんで」
秀介は走って逃げようとしたが、
「まあ待ちたまえ。微小時間で済む用事だから」
男に左肩をガシッと掴まれ引き止められてしまった。
「あの、あなたに俺の特徴見事に言い当てられて、ちょっとイラついたんだけど」
秀介は若干恐怖心を感じながら伝える。
「やはり図星だったかぁ。きみ、おいらの中高時代と似たようなふいんき、なぜか変換出来ない醸し出してたから分かるんだよねん。まあおいらの場合は自慢じゃぁないが学力だけは高かったけどねん。きみ、たいしてイケメンでもないし、クラスじゃ日陰者だろ?」
男はにやけ顔で、どこか嬉しそうに問いかけて来た。
「まあ、そうだな。特に目立たないタイプだと思う」
失礼なおっさんだな。と思った秀介が苦笑いでこう答えると、
「ならば、学力まで並以下だったら目の当てようもないよーん」
男はそう言ってフフッと笑う。
「ちょうど今日、中間で学年下位五分の二以内だったって現実突き付けられた俺に深く突き刺さる言葉だな」
「気に障ったようでアイムソーリー。きみ、萌えアニメ好きだよねん? ラビングライブのコニちゃん、のののんびよりのほたちょんとれんしょん、ごちうなのチヨちゃんのキーホルダー鞄に付けてるし」
「うん、けっこう好きだな。中学時代にこういう系のアニメ嵌った」
秀介は不覚にもこの男に少し好感を抱いてしまった。
「おいらもそのキャラ大好きさ。特にれんしょん♪ きみの名前、利川秀介っていうんだね」
「なんで俺の名前分かった? あっ、鞄に書いてあるんだった」
「おいら、きみのこと、すこぶる気に入ったよん。きみのために、これ、無料で差し上げるよん。さあ、遠慮せずに受け取りたまえ」
男は背負っていたランドセルを降ろすと、中からピンク色のお道具箱風の物を取り出して秀介に強引に手渡してくる。
「重たっ! 中は本が入ってるのか?」
「その通りだよーん。こいつはおいら自作の今までにない学習教材さ。国、英、数、社、理。芸術系スポーツ系を除く大学受験に対応出来る科目全て揃えてあるよーん。とにかくタメになる教材だから期待しててねん。きみの学力向上とリア充化を祈ってるよん。ちなみにおいらが小1女児に成り切った格好をしているのはね、いたいけな小学一年生の女の子が私生活をひもすがら観察したいくらい大好きだからって理由も大いにあるけど、一番の理由は学問の初心を忘れないようにするためなんだよーん。大学や大学院で修める学問というのは全て、公に小学一年生で習う教科の理解から始まるからねん。例えば形態学、生態学、生理学、遺伝学、動物行動学なんかは生活科の草花や虫、その他生き物を観察する体験から。土壌学、水理学なんかも生活科の水遊び土・砂遊びから繋がってるよねん。国文学や日本語学の研究はひらがなカタカナ漢字の読み方書き方を知ることから。まあ、なにより文字の学習は全ての教科を学ぶ礎となることは言うまでもないことだよねん。大学レベルの数学の群論環論体論だって、小学一年生の算数で最初に習う数の数え方、足し算引き算から繋がっているのだよん」
「……そうなんですか」
案外タメになる事も言うなぁ、このおっさん。とちょっぴり感心もしながら秀介は適当に反応してあげた。
「ちなみにおいら、パンツも小1女児向けのクマさん柄のを穿いてるよーん。他の服も含めママにおいらのサイズに合うように作ってもらったんだよん。見せてあげよっか? おいらのジュエルマイクもおまけで」
男は自分のスカートの裾をつまみ、にやけ顔で誘惑してくる。
「いえ、けっこうです」
秀介は若干顔を引き攣らせて即答した。
このおっさん、間違いなく筋金入りの変態だな。母親もやばいだろ。
恐怖心も当然のように高まる。
「ハッハッハ。そうか、そうか。まあ男が見ても損するだけだからねん。では利川秀介くん、またどこかで」
男は満面の笑みで左手を腰に添え右手はピースサインをして右目に添えたのち、
「さようならーっ!」
秀介に向かって手を振りながらこう言い残し、体格に似合わぬ軽快なステップで足早に立ち去った。
女の子が見たらよりトラウマ物だろ。いったい何だったんだ? あの怪し過ぎるおっさん。明らかにこれから小学生以下の女の子に手を出しそうな雰囲気醸してたな。見るからにロリコンっぽかったし。俺の個人情報も名前だけだけど知られたし、悪い人じゃなさそうだけどなんか怖っ。あの動きの軽やかさ、声優のライブやコミケで鍛えられたんだろうな。これ、どうしよう? 明らかに不審物だけど、中身は学習教材らしいし役に立つかもしれないしなぁ……捨てるのは勿体無いよな?
秀介は甚だ不審に思いつつもプレゼント箱を鞄に詰め、持ち帰ることに決めた。
*
「秀介、個人成績表配られた?」
「……うん」
「ほな見せなさい」
「分かった、分かった」
帰宅後、秀介は個人成績表をリビングにいた母にしぶしぶ恐る恐る見せると、
「秀介、何なのこの酷い順位はっ! もっと本気で勉強せな、あかんやないのっ!」
案の定、説教されてしまった。彼の母はわりと教育熱心なのだ。
「母さん、まだ下に百二十人以上もいるし、そんなに酷くはないだろ」
「秀介は体育とかの実技系が苦手な子なんやから、筆記試験くらいはもっとええ成績取らなダメなんよ」
「それは分かってるけど……」
うるさいなぁっ、と心の中で鬱陶しく思いながら秀介は不愉快そうに答える。
「秀介はやれば出来るめっちゃ賢い子やねんから、ここで本腰入れて頑張らなきゃね。今度の期末でも総合順位百位以内に入れてへんかったら、烈學館放り込むでー」
「マジかよ? その塾って、未だ昭和的なスパルタ式で講師が超怖いって噂のとこやん」
「それと、あんたの部屋に大量にあるジャ○プとエッチな少女マンガ、全部捨てるからね」
「えっ! そんなぁっ。そこまですることはないだろ」
「秀介の成績が悪かった原因は、絶対あれのせいやもん」
「それは全然関係ないって」
「大いにあります! 高校入ってからはますます重症化してもうとるで、あんた。勉強時間だって中学の時よりもだいぶ減ってもうとるやろ」
「……中学の時とは〝母集団〟が違うだろ。俺が通ってる高校、勉強出来る子ばかりが集まって来てるんだから、俺の順位が相対的に落ちるのは当たり前だろ」
「見苦しい言い訳ね。中学の頃は秀介とそんなに大きくは成績変わらんかった智帆(ちほ)ちゃんは、今回は秀介よりずっとええ点取ってたみたいやから学年順位もけっこう上位やろ?」
焦り顔で弱々しく反論する秀介に、母は得意げな表情で訊く。
「確かに。今回も総合十五位だったし。でもあの子は、俺とは地頭が違うから。難易度が中学の時とはわけが違う高校のテストでは大きく差がついたのは仕方ないことだと思うんだけど……」
秀介は迷惑そうに振る舞い、個人成績表を取り返すと足早にリビングから逃げていった。
智帆ちゃん、フルネームは光久(みつひさ)智帆。秀介のおウチのすぐ近所、三軒隣に住む同い年の幼馴染だ。学校も幼小中高ずっと同じ。お互い同じ高校を選んだのは、家から一番近いそれなりの進学校だからというのが最たる理由だった。
俺、本当にそろそろ本気で勉強しないと近大ですら入るの無理になりそうだよなぁ。
秀介が一応は反省しつつ階段を上っている途中で、
ピンポーン♪ と玄関チャイムが鳴り響いた。
「はーい」
母が玄関先へ向かい、対応する。
「こんばんはー」
訪れて来たのは、智帆だった。噂をすれば影がさすのことわざ通りだ。丸顔ぱっちり垂れ目、細長八の字眉。ほんのり栗色な髪を小さく巻いて、フルーツのチャーム付きシュシュで二つ結びにしているのがいつものヘアスタイル。背丈は秀介より十センチほど低い一五五センチくらいで、おっとりのんびりとした雰囲気の子なのだ。学校がある日は毎朝八時頃に秀介を迎えに来てくれる。つまり登校もいっしょにしてくれているのだ。さらに芸術選択で共に書道を選んだのが功を奏したか、クラスも今は同じである。
「こんばんは智帆ちゃん、困った顔してどうかしたのかな?」
「あのっ、おば様。秀介くんに酷い成績を取らせてしまってごめんなさい。私の教え方が悪かったみたいで」
「智帆ちゃんは全然気にせんでええんよ。相変わらずテスト前でもジャ○プや少女マンガばっかり読んで勉強サボった秀介が悪いんやから」
自責の念に駆られていた智帆を、母は爽やか笑顔で慰めてあげる。
智帆はとても心優しい子なのだ。
母さん、俺、そういった本は一冊も持ってないんだけど……。
二人の会話についつい耳をそばだててしまった秀介は、心の中で突っ込みつつ二階の自室に足を踏み入れた。フローリング仕様で広さは七帖。窓際の学習机の上は教科書・参考書類やノート、筆記用具、プリント類、携帯型ゲーム機&対応ソフトなどが乱雑に散りばめられていて、勉強する環境には相応しくない有様となっている。机だけを見ると普通の男子高校生らしいお部屋の様相と思われるだろう。しかし、それ以外の場所に目を移すとアニヲタ趣味を窺わせる光景が広がっているのだ。
本棚には少年・青年コミックスや雑誌、小説などが合わせて三百冊以上は並べられてあるものの、普通の男子高校生が読みそうなスポーツ誌やメンズファッション誌は一冊も見当たらない。秀介の所有する雑誌といえばアニメ・声優・ゲーム・漫画系なのだ。
アニソンCDも何枚か所有しており、専用の収納ケースに並べられていた。DVD/ブルーレイプレーヤー&二四V型液晶テレビも置かれてある。
本棚上や収納ケース上には萌え系ガチャポンやフィギュアが合わせて十数体飾られていて、さらに壁にも人気女性声優や萌えアニメのポスターが何枚か貼られてあるのだ。
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