第5話

 ◇

 紫苑の声、眼差しに巴は笑顔で返した。

 それでも紫苑の視線がきついまま――巴は謝る。 

「ごめん。実は私も寝不足で頭が回らない。で、孝志の登場だ……紫苑とはしょっちゅう会ってるから免疫がある。ただ恵にどう言えばいいかな……あの考志まで子供がいるなんて、私もショックだもん。みんな色々考えて、悩んで、自分で解決してる。なのに私だけ子供みたいなことを……孝志は言ってた、浦島太郎みたいだって。すっごくわかるけど、私の感じる事より大人のそれじゃないかな、恵はどうだろうって」

 

 巴は店前で、膝をまげて、股に箒を挟んだ。

 静華がその真似をして右隣に座る。巴はその小さな頭を撫で回した。

「おねーちゃんに、ぐちゃぐちゃにされちゃった」

 笑って静華は紫苑に髪の毛をまっすぐにもどしてもらう。

 

 すると紫苑の眼差しが柔らかくなり、巴に語り掛ける。

「この子たちを眠らせてから、仕事をしているの……似たような曲を作って嫌になる。気晴らしに音楽を聴いても、ずっと好きなアーティストの同じ曲。本、映画、相談する友達……特に巴ね……そんな時、趣味も性格も変わらないまま、体だけ老いて、心は高校に置き忘れた気分になって、浸ってしまう」

「浸ってるのは一時だけでしょ? 子供の食事を作ったり、今みたいに髪をとかしたりしてると、お母さんになってるよ。私、そういうの無い。ずっとぼけーっと考えてる」

 

 紫苑は笑って、あなたにも大きな子がいるじゃないと言った。   

 恵のことなら、それは辛いものだと巴は言う。日に日に見える成長ではなく、それこそふとしたときに痛感する時間のずれた感覚は、とても苦しい。妹の成長は私のぐうたらで浪費した時間をきびしく指導するようだ、と。

 

 紫苑は微笑み、うなずく。

「同じよ。この子達を見てると、昔の恵ちゃんと重ねてしまう。あまり甘やかさないようにしないと……悪いところを似てもらうと、困るもの」

「髪が茶色のおねーちゃん? 似てるの? 髪の毛真っ黒だよ? 背も低いよ?」

 響華がその話にくいついたように、恵の昔話をして、とせがんでくる。紫苑は響華の頭を撫でて言う。

「似て無いけれど、錯覚してしまうのよ。上手く説明できないわ……この話も止めましょうか。きちんと現実に向きあわないと……巴、良いの?」

「他に問題あるの?」と座りながら顔だけ紫苑に向け、巴が尋ねる。


「ずっと気になっていたけれど、あの子は誰?」

 紫苑の視線、顔が店内へ、ゆっくり、向く。

 つられるように全員、そちらに向く。

「巴の親戚なの? 挨拶しても返事しないの……ウォークマンで聞こえてないなら仕方ないわ。けれど危ないから指摘しないと。御行儀も……」


 静かな店内――その地べたに散乱している駄菓子の袋と一枚のお札があった。

 最初に来店した少女は、駄菓子を大量に食べていた。

「こらっ! 何してんの!」

 巴の怒声。呼応するようセミが鳴き始めた。


 

 久世村――七月。

 梅雨があけて夏の始まる時期の出来事。

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