第8話 死人からの伝言

「なっ」

 思わず、驚愕の声が漏れる。釜坂の蛇の召喚も訳がわからないが、こちらもどこか奇術的だ。思わず見入る、美しい刃が何にも支えられず美術品専用の照明に照らされ宙に浮いているさまは、原田を妙な気持ちにさせた。展示では有り得ない状態になった日本刀は、なんとも魅力的で、意識せずとも刃文に見惚れてしまう。

「『依代』は神の力を宿します。しかしながら、その力を扱うのはあくまで人間。想像力に欠ければ、その神としての姿の一端さえ現せないケースもあるのです。私はその典型とでも言えましょうか」

 自身が劣るという、とても信じられない剣持忍の自己申告だが、彼女の纏う空気には、その事実に対して、誇りのようなものさえ感じられた。

「親馬鹿のようで申し訳ございませんが、忍さんはリアリストなようでして、ここまで力を限定的に、特殊に現したものは、おそらくないと思います。使命感と申しましょうか、その強い意思で――」

 雪実が色々と言いかけていたが、剣持に背中を押され、やんわりと、しかし確実に蔵を追い出された。空中に刀が浮いたままの状態だったのでシュールな光景だ。

「まあ、ともかく。少し特殊なんです」頬に薄い朱を浮かべながら、雪実を追い出した剣持は元の位置に戻り、続けた。

 一通り説明を終えると、彼女は右手を振った。正確には振っていたと言うべきだろうか。ボクサー崩れに襲われたこともある原田だが、明らかにそれよりも、もっといえば釜坂よりも早い挙動だった。

 今まであまり聞いたことのない音がした、蔵の隅に、いつの間にか用意されていた試し切り用の巻き藁があった。それが真っ二つになっていた。

先ほど、宙に停止していた刃は、目にも止まらぬ速度で巻き藁に飛び掛り、今は袈裟に振り下ろされた状態で床に落ちず留まっている。

「私の依代に宿るのは――」

「経津主神ですか」

 予想はしていたが、その迫力で確信した。経津主神とは、中つ国を平定するために高天原(たかまがはら)から使わされた武神である。そして、それと同時に、神剣を神格化した存在であるという。依代に宿る神が経津主神であるなら、武芸に長けた(最早一目瞭然だった)彼女の能力が、このような形で発露したというのも頷ける。

「なるほど、あの神社で祭神を確認済みでしたか」

 剣持は原田の頭の回転の早さに馴れ始めていた。

「最初はあくまで、刀剣が朽ちない、折れないような保護を授かるだけでした。しかし私自身の意思による抑圧と、神の力の解放の訓練を重ねることで、能力の進化・最適化を繰り返した結果、いつの間にか、自身の感覚の範疇であれば、刀を複数操れるようになっていました」

 彼女は、刀を持たずに構えた。

「透明な自身がもう一人いて、それが刀を握っている。強いて言うならそういう感覚です。そしてその透明な人間は私が意識できる限りは増やせます」

 彼女が両手を上げ振り下ろすと同時に、連動し、数メートル先の刀も再度振り下ろされていた。

「私は詳しくありませんが、刀には童子切などを筆頭にして、鬼などの化生を切る力があると言います。本人が知ってか知らずかは解りませんが、あれのコレクションがこのような場面役に立つというわけです」

 秀長は、自分の集めたもので追い詰められる。因果な図式だと、原田の中にそういう考えが直ぐ浮かんだ。同時に、その状況を、剣持が望んでいるということも察してしまう。

「もちろん文化遺産というのは未来に伝えなければならないので、細心の注意は払っています。もっとも、経津主神の初期の効果は健在どころか増していて、刃こぼれ位ならすぐ再生しますが」

「それは良いことですが……」

 原田もどちらかといえば、殺傷の問題より、資料の保護の方が気になっていた。剣持に図星を言い当てられたので、ささやかな肯定しかできなかった。

「保護の効果を同時に与えられる限度が、七本。自身で扱う一振りを除いて、十分に遠隔操作できるのが、六振り。これが神の力を悪用する人間への対抗策というわけです」

 彼女は手を動かさず納刀した。要は、この蔵は彼女の殺意に満ちた空間だったわけだ。その事実を知ってしまうと、自身に危険がないと知りつつも、思わず鳥肌がたった。

 とりあえずの説明が終わり原田と釜坂は再度、自宅に案内された。先ほどの客間には、先ほど無かった電話機が置いてあった。

「まあ、これも論より証拠でしょうか。聞いてください」

 電話機を運び入れていた雪実は、三人が席につく頃を見計らって、留守電の再生ボタンを押した。今日の午前一時に届いたメッセージであると、音声案内が告げた。

『雪実、忍、それに恵一君こんにちは、……そろそろ一人増えているかもしれないから、もう一人の方始めまして』

 刀剣の鑑賞でもたらされた原田の高揚が、一瞬で失せた。理由もないのに、背筋が寒くなった。電話に録音された声は、陽気そのものだというのに。

『まあ、早速本題に入らせてもらおう。四日後、県議会議員近藤哲夫の息子、近藤綺堂とその友人の小村翔太が『依代』を使った破壊活動を行う。元来、殺人を目的とした行動ではないが、近藤はそこで完全に『乗っ取られる』。本人の資質はともかく、宿るのは紛れも無い化け物だ、発見が遅れるにつれ倒せる可能性は下がっていくぞ。二桁で犠牲が済めばいいものだが――』

 メッセージはそこで終わった。電話の内容は理解できた、しかし、これは一体誰だ、原田の頭の中で様々な思惑が渦巻いた(『依代』に詳しい、その言葉の調子は、協力者のようではない、ここにいる人たちと関係がある――だが、有り得るはずがない)。

 思考が空回りしているようだ。混乱は止まらない。

「あなたのことだ、もう解っているかもしれません」

 剣持が口を開いた。

「剣持秀長、本人です」


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