第34話霧中の少年(ひつじ)は狭間を駆ける⑥

「『忌屍使者デッドストーカー』?」 


聞き慣れない、否、先程の『偽神』同様全く聞き覚えのない単語の出現に、光流は思わず、反復し、男性に聞き返す。


「そ。デッドやストーカーなんて、不穏な言葉だよねぇ。けど、安心して良いよ。さっきも言ったけど、俺はセイギノミカタだからさ」


言うが早いか男性は目にも止まらぬ速さで異形と化した老人に迫ると、その漆黒の長いコートの裾を鴉の風切羽の如く靡かせながら跳躍し、握り込んだ二刀を老人の真上から叩き付ける様にして降り下ろす。


「自分の犯した過ちに、魂まで凍えて永眠ねむるが良い・・・『氷華牢アイシクル・アイス』」


完全に蒼銀色の氷の塊となった男性の刃が老人に触れたその瞬間ーー


「っ?!」


光流は思わず息を呑んだ。


まるで、数日前にテレビの自然が起こす怪奇現象の特集で見た、触れるものを一瞬で凍らせる『死の氷柱ブライニクル現象』の様に、ぴしぴしと音を立て、刃が触れたその箇所から老人の身体が凍り付いていくではないか。


頭頂部から、血液が血流に乗って全身を駆け巡るかの様に首筋、指先、と徐々に恐ろしい速さで老人の身体を凍てつかせていく蒼銀色の氷。


それは、男性が降り下ろした刃が老人の身体を縦に両断するのとほぼ同時に、老人の爪先まで達し。


瞬間、パキィンッという一際高く大きな音を立て、老人の、最早身動きの一つも取れない物言わぬ氷像と化したその身体が打ち砕かれる。


やがて、細かい氷の欠片となった老人の肉体は、更に細かい蒼銀色の粒子となり、空気に溶け込む様に消えていった。


「倒した、のか・・・?」


猫の様に危なげなく、軽やかに着地した男性に、光流は思わず声をかける。


すると、男性は片方の口の端だけを吊り上げ


「当たり前だろう?」


と、ややニヒリスティックな表情かおで、光流達に笑って見せた。


すると、男性のその言葉を聞いた瞬間、


「良かっ、た・・・・・」


我知らず、光流は再度地面に膝をついていた。


心の底から沸き上がる強い安心感に、今まで張り詰めていた緊張の糸がぷっつりと切れたのだろう。


地に腰をつけ、一つ、大きく息を吐く光流。


気付くと、地面についた手はいつの間にか己の冷や汗でびっしょりと濡れていたらしく、冬のコンクリの感触と相俟って酷く冷たく感じられた。


しかし、今の光流にとってはそんな事全く気にすらならない、些末な事に過ぎない。


それ程光流は、己の生命を脅かす危機が去ったことに酷く安堵していた。


そんな光流の目の前まで歩み寄ると、目線を合わせる様に屈み込む男性。


そして


「よく頑張ったね、少年」


そう言うと、男性はその大きな手をぽんっと光流の頭に乗せ、わしゃわしゃと頭を撫でる。


「・・・・・・」


誰かにこうして頭を撫でて貰えるなんて何ヵ月ぶりだろう。


ふと、男性の手の温もりに在りし日の父の面影や体温、その手の大きさ等を思い出し、思わず目頭が熱くなる光流。


しかし、直ぐにはっと我に返ると、照れ隠しの為かまるで折角整えた髪型が乱れるのを嫌がるかの如くに振る舞い、男性の手を頭から払い除ける。


すると、男性はまるで光流のそんな心の中を見透かしたかの様に柔らかく、しかし何処か愉快そうに微笑わらうと、告げた。


「まぁ・・・君が頑張らなきゃいけないのはこれからだから、ね」

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