第22話夢見る生贄(ひつじ)の視る現実(ゆめ)は⑤

一方、そんなことが起きているとは露知らず当の光流は如何していたかというと


「で、その結城っていう奴がさぁ!」


現金なもので、光流の中では完全に夢だと断定したらしく、その夢の内容を朝食を摂りながら楓と彼女の兄に面白おかしく話して聞かせていた。


今三人が居るのは、青楓館の住人が共同で使用出来る共同食堂だ。


実は、此所青楓館は東京都は荒川区の日暮里にある富士見坂を上りきった一番高い場所に位置しており、周りに陽射しを遮る様な遮蔽物や高層建築が存在していない。


その為、この時間の庭に面した、白く薄いレースのカーテンがかけられた食堂の大きな窓からは未だ排気ガス等で汚されていない、白くきらきらと輝く様な美しい朝の日の光を独り占めー正確には今は三人占めだがーすることが出来るのだ。


そんな、電気をつける必要もない位新鮮で澄んだ朝の光の中摂る朝食は、出来立てのポーチドエッグやブルーベリーが沢山生地に練り込まれた小さなパンケーキ等がワンプレートに収まったーー如何にも10代や20代の女子が黄色い悲鳴を挙げて喜びそうなとてもお洒落なもので。


それを作った主、楓の兄である中飾里なかざと 達郎たつろうは身に付けた、白いフリルや胸元の大きな黒猫の模様が非常に愛くるしいエプロンもそのままにとても愉快そうに光流の話を聞いている。


達郎の名誉の為に言っておくが、このエプロンは断じて彼の趣味等ではなく、楓から昨年の誕生日にプレゼントとして贈られ、余り身に付けていないと彼女が煩い為、こうして、料理をする時には毎回必ず使用するようにしているのだ。


とは言え、可愛いたった一人の妹からのプレゼントである。


実は達郎自身もかなり気に入っているし、かなり似合ってはいるのだが。


ちなみに、達郎本人は精悍な顔立ちに、すっと通った鼻梁のかなり整った顔立ちをしており、光流よりも上背は高く、また、サッカー部のキャプテンも努めていることから、全体的に女子にもかなり人気があるのである。


しかし、それでも男子諸兄から嫉妬の嫌がらせ等をそこまで受けたりしないのは、ひとえに砕けた本人の人柄故か、或いは休み時間ともなるとマシンガンの如く下ネタを男子の仲間達と繰り出し合う・・・別名『エロ貴公子』故なのか。


そんな達郎は、自らが作ったパンケーキを口に運びながら一頻り光流の話を相槌を打ちながら聞くと、ふと、まるで名案を思い付いたかの様に自分の考えを口にする。


「あー、やっぱさっきでけぇ声挙げた時見に行かなくて良かったわぁ。つーか、お前さ。そんなにその夢が気になるなら、お前と同じクラスにいる徳永とくながに相談してみたらどうだ?」


「あ、それ私も賛成!華恵かえちゃんの占いとカウンセリングって凄いらしいよ!特にタロット占いはよく当たるんだって!」


楓も、口いっぱいに頬張ったパンケーキを兄特製のポタージュスープで飲み込むと、タコさんウィンナーを刺したままのフォークで光流をびしっと指しながら楽しそうに達郎の提案に同調する。


一方、タコさんウィンナーを目の前に突き付けられた光流は苦笑しながら溜め息混じりに口を開く。


「いや、お前なぁ、タロットっつっても、あいつのはー」


丁度その時、まるで光流の言葉に被せる様にアパートの玄関の扉の上に取り付けられたドアチャイムがカランカランと軽快な音を立てて三人に客人の訪れを知らせる。


と、同時に


「楓ちゃ~ん?光流く~ん?お迎えに参りましたぁ~」


玄関の方から、ともすればやや間延びした様な、随分おっとりとした調子の声が響いて来た。


その声に、楓は


「あーっ!ごっめん!直ぐ行くから!」


がっ!と勢いよく立ち上がると、やはり、先程同様かなり大きな声を挙げて返事をすると朝食の皿を持ち上げ、全力で口に詰め込み始める。


ちなみに、急いでいる時ですらしっかりと咀嚼をしているのは両親と兄の教育の賜物だろう。


そんな様子をやや呆れた様子で見つめながら光流はつい


(なんか、こう、短い休み時間に昼飯をかきこむサラリーマンみたいだな)


なんてぼんやり思っていると


「ちょっと。何ぼさっとしてるの?華恵ちゃん待たせてんだよ?早く行かないと」


大きな、本来であればくりくりした瞳を今は三角にしている楓に怒られてしまった。


「・・・へいへい、わかったよ」


というか、いっそ中に入って待ってる間ゆっくりして貰ったら良いだろうに、なんて意見が一瞬頭を掠めたが、口に出せば最悪鉄拳制裁がとびかねないし、よくてまたあのマシンガンの様な毒舌を一斉放掃射されるだけだろう。


言わぬが花だな、という結論に至った光流はやはり折角迎えに来てくれた楓の友人を待たせない為にも朝食を口に詰め込んでいくのだった。

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