第3話凶相の彼女と不幸な僕の狂躁曲(カプリッチォ)②
「貴方という人は・・・・・どうやら、つくづく運というモノに見放された方の様ですね」
本当に、御愁傷様で御座いますーー。
と、言外に言葉通りの憐憫の情とはまた違う、何か別の感情を含ませ、鈴振る様な声で彼女はそう告げた。
その別の感情とは・・・いや、それはわざわざ聞かなくとも、今目の前にいる彼女の顔を見れば一目瞭然だろう。
朱を刷いたのかと思う程鮮やかな紅緋色べにひいろに染まった形の良い唇は先程から優雅に弧を描き、すっきりと整ったアーモンド型の、元は黒目がちであった涼やかな瞳は今や中空を飾る三日月の形に細められ、じっと僕を見詰めて来る。
その姿は・・・凜冽な冬の空に麗々と、月長石の様に輝くあの満月よりも美しく、しかし、それと同時に何者をも寄せ付けない程清冽だった。
(こいつって、こんなに綺麗だったっけ・・・?)
これが所謂、女性のオンとオフと言うものなのだろうか。
頭の片隅でぼんやりとそんな事を考えながら、しかし、彼女のその凄絶な美貌から目を離せずにいると、不意に彼女が口を開いた。
「貴方はーーーー・・・・・」
瞬間、ゴゥッと、まるで猛獣の様な唸り声をあげながら、猛烈な勢いで吹き下してきた、身を切る様に冷たいビル風が彼女の言葉を浚っていってしまう。
彼女との間に舞い降りる、一瞬の沈黙。
それが妙に心地悪く、加えて、先程の言葉の続きが気になったのもあり、意を決して僕は口を開いた。
「あの、結城さん。今、何かー」
「貴方」
僕の言葉の終わりを待たず、彼女は玲瓏たる、よく通る美しい声で告げた。
「貴方ーーーー近い内に死にますよ」
その日、その時、その一瞬まで、近藤光流17歳は何処にでも居る様な『普通の』少年だった。
容姿は高校生男子にしては少し丸顔の、茶色みがかった瞳が特徴的なやや童顔な顔立ちでランクをつけるならば中の中。
それに比べて、身長は幼げな甘い容貌に不釣り合いな180㎝とかなり高く、また、体重も毎日剣道部で鍛えている為か70㎏と、細身ながらバランス良く筋肉のついた均整の取れた体つきであるがーーしかしそれでも、昨今の成長期真っ盛りの男子高校生達や、女子にモテる為筋トレやプチ整形等自分磨きに余念の無い一部の男子達と比べると、やはり標準的な部類に入る、ごくごく普通の、ありふれた男子高校生だった。
彼は毎日、他の高校生達と同じ様に学校に通い、勉学に励み、学期末にはテストを受け、放課後は主に部活やアルバイトーときたま夜遊びーに勤しみ、気心の知れた愉快な学友達とこれぞ青春!とまではいかなくとも、日々を楽しく、面白おかしく謳歌していくーーーーそれが彼の日常であり、その世界の全てだった。
ーーーーそう、その筈だったのだ。あの時までは。
(どうしてこうなったんだろう・・・・・)
若気の至りか、或いは友達にでも誘われたのか、かなり白に近い金髪に染めた頭をガリガリとかきながら、光流はそう心中でひとりごちると、溢れる溜め息と共に自分の数メートル先を歩く少女の後ろ姿に目をやった。
何故なら、ホームの雑踏の中で彼女の姿を見つけ、その背中を追い始めてからかれこれもう数十分以上、未だ光流は家路を急ぐ人の波の中を歩き続けていたのだ。
これには、いかな標準的且つ健康的男子高校生である光流といえど流石に辟易してくるというもので。
「げっ、おいおい、もう20分以上歩いてるのか・・・・・。疲れないのかな、あいつ・・・」
誰にともなくそんな愚痴を零すが、勿論それに対する返事などある筈がなく、
「はぁ、疲れたな・・・。あいつ、そろそろどっかで休まないかな・・・」
そんな淡い期待を込めて前を行く彼女の背中を見詰めるが、しかし、明らかに光流より小柄で華奢な少女だというのに彼女ーー結城葉麗の足は全く止まる気配すらなく、ただひたすら無情に時間と光流の体力だけが奪われて行くのであった。
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