カルム食堂物語

西洋和菓子

第1話 透明なお酒

 空に浮かぶ月が辺りを明るく照らす。


 かつては戦争の補給拠点のための城砦として築かれたこの港街も今では交易都市として活気づいていた。


 大陸でも数少ない大陸外との交易を行う玄関口であり、日々様々な物資や人がやってくる。


 そんな夜の帳が降りた港街を一人の男がため息混じりに歩いていた。


「…………はぁ」


 この重たい気分を晴らすためにどこかで一杯やりたい。そう思い歩いていた男だったが丁度大型の交易船が戻ってきたばかりで酒場はどこも船乗りや交易商でいっぱいだったのだ。


 今日はもう諦めて帰ろうかと悩んでいると大通りを外れた細い道に酒場らしき異国風な外観をした古風な佇まいの店を発見した。


 珍しくはあるが大陸外との交流があるこの街では別段驚くようなことではない。


 店には入口には藍色の布が掛けられており、その布には白の刺繍で『カルム食堂』と縫われていた。


 どうやら酒場では無いらしい。だが、飯屋なら種類は無くとも酒ぐらい置いてあるだろう。


 腹も減っていた男はこのカルム食堂という飯屋で一杯やることに決めた。


 「いらっしゃいませー! ようこそカルム食堂へ!」


 男は店に足を踏み込んだ瞬間、しまった! と後悔した。


 整った顔立ち、あどけなさが残る可愛らしい声。新緑色の髪をした美少女が藍色の異装を身にまとい、愛嬌のある笑顔と元気の良い声で出迎えたのだ。


 顔や声だけでは無い。露出の少ない給仕服を身にまとってはいるが衣服の上からでも分かる女性特有の膨らみに、すらっとした足腰。まさに女性も羨むような美少女だといえる。


 おそらくこの飯屋の店員なのだろう。生まれてから35年、恋人は愚か異性の友人すら居なかった男には眩しすぎるほどの美少女だ。男は自分の頬が思わず熱くなるのを感じた。


 「……あっ、……ぅ……えっと」


 普通の男ならばこんな美少女と出会った瞬間、思わず顔がニヤけこの出会いに感謝をすることだろう。しかし、残念なことに男は女性に対して免疫が全くと言っていいほど無かった。


 これまで女性に馴れようと何度もお見合いをしてきたが運が良いのか悪いのか相手はみな美人ばかりで、緊張でまともに話しをすることも出来なかった男は失敗ばかりを繰り返していたぐらいだ。


 男がこの食堂に入ったのも、この辺りでは珍しい古風な佇まいの飯屋にこんな美少女が居るとは思っていなかったからだ。


 「お一人ですか?」


 「……あ、……は、はぃ」


 「ではこちらの席にどうぞー!」


 どうにか声を絞り出せたことに安堵したのも束の間、背を向けて席へと案内する新緑の店員からは甘く果実のような若い女性特有の香りが鼻をくすぐる。


 男の心臓はさらに跳ね上がった。


 とりあえず落ち着こう。いくら美少女とはいえ、会話をする必要は無いのだ。そう考え直し男は意識を店員に向けないように店内を見渡した。


 店内はL字状に作られたの木造のカウンターと数個のテーブル席が置いてある。内装も異国を意識しているらしく、木と土をベースにした白壁と呼ばれる土壁に張り替えられていた。


 また店内に吊るされたカンテラが放つべっこう色の灯りも相まって、木と土で彩られた店内は独特の暖かみに包まれていた。男は過去に数店ほど異国風の飯屋に立ち寄ったことがあるのだが、その中でもこの店の雰囲気はなかなかと言って良いだろう。


 店内には数名の客がすでに居座っており、談笑したり、飯を食ったり、酒を飲んだりで入ってきた男を気にする者は居なかった。


 それでも、男は周囲の客に顔が熱くなっていることを悟れられまいと気を引き締め、案内されたカウンター席へと意識を向ける。そこにはまだ年若い青年が皿を片手にカウンター席に座る先客へ作り上げたばかりの料理を出しているところだった。


 彼がこの飯屋の店主なのだろうか? それにしては随分と若かった。


 「カルム君! お客様ご案内したよ!」


 「ヒスイ、お客さんの前ではマスターと呼んでくれって言っただろ?」


 「ああ! そうだった! 大変お見苦しいところを……えっと、おみせして……えっと……」


 「あ、いえ……、その……」


 「あはは、ヒスイこのお客さんはもう大丈夫だから。ヒスイはあっちのお客さんのところに行ってあげて。どうやらご指名みたいだよ」


 耳を傾ければ背後のテーブル席からは『ヒスイちゃーん!』と呼ぶ声が聞こえてくる。


 「わわっ! そ、それではごゆっくり!」


 新緑の店員は男に一礼すると呼んでいる客の元へと慌てて去っていった。


 「………ふぅ」


 男はようやく緊張をほぐして一息つく。


 「改めていらっしゃい、お客さん。……お疲れみたいですね」


 「はは……、女性に慣れていなくてですね。あんなお美しい給仕に出迎えて貰えるとは思わず、少しばかり緊張してしまいました」


 半分は嘘だ。緊張はしていたが少しどころでは無い。あそこまでの美少女はそうそうお目にかかれるモノでは無いだろう。


 過去に幾度と美女とお見合いを繰り返してきた男だったのでそこは自信を持って言えた。


さっきの彼女は間違い無く飛び切りの美少女だ。自分のような者でなくても緊張しないのは有り得ないだろう。そう思いながら男は愛想笑いを浮かべる


 「無理もありませんよ。彼女はエルフですから」


 「…………え、エルフ!?」


 店主がさらりと口にした言葉に男は驚いた。


 「エルフって、あのエルフですか!?」


 「ええ、あのエルフです」


 咄嗟に給仕の居る方を向き確認する。


 さっきは緊張していたから気がつかなかったが、確かに髪の間からエルフ族の特徴である長い耳が見えていた。


 エルフと言えば見目麗しい美女だらけの種族で有名だが、そのほとんどが人里に下りてくることは無く大陸中央の大森林の奥深くで暮らしていると言われている。


 もし、エルフと出会えたら幸運が舞い込んでくるなどという馬鹿げた都市伝説もあるぐらい、彼女たちの存在は人里では珍しく、たとえ大きな街であっても一人か二人居るか居ないかと言われているほどだ。


 「過去にヒスイ……、えっと、彼女の名前はヒスイと言うんですが、過去に彼女目当てで来た客をカウンター席に促したら『そこに座ったらヒスイちゃんを通して注文出来ないだろ!』って怒られてしまったぐらいです」


 年若い店主は客から怒られたときのことを思い出したのか苦笑を浮かべていた。


 やはりエルフだけあってすごい人気のようだ。


 「いやはや、あんな美少女なら当然ですよ」


 「なんでしたらお客さんもヒスイを通して注文してみます?」


 店主が少し意地悪っぽくそんなことを言う。


 「いえいえ、とんでもない! そんなことをしたら私の心臓が持ちませんよ。私はここで店主さんに直接注文します」


 あんな美少女を相手にしていたら緊張続きで参ってしまう。男がそんなことを思っていると不意に横から声がかかった。


 「こちらお冷とおしぼりになります」


 「……っ!?」


 ビクリとすくみ上がる。


 さきほどのエルフの娘とは違う別の女の人の声だった。この店にはまだ女性が居たのかと失礼なことを思いながらも男は座ったまま声のした方を振り向く。


 しかし、そこには誰も居なかった。


 「あれ? いま確かに……?」


 「お客さん、下です。下」


 「下……?」


 店主の声に促され視線を下に向ける。すると、それは居た。


 エルフの店員が着ていた異装と同じモノを身にまとい、手に持ったお盆に水の入ったグラスとほんのり湯気が立ち浮かぶおしぼりを乗せた小さな子供だった。


 「子供……?」


 「あ、いえ、その人は……」


 店主が困惑していると、水とおしぼりを運んできた子供はにっこりと笑顔を浮かべ「ごゆっくりしていってください」と言い去っていった。


 おそらくあの子もここの給仕なのだろう。


 子供ということ以外は特徴の無い素朴で地味な感じの子供だった。歳はおそらく10歳ぐらいだろうか。この街では子供も自分の自由意思で働けるため別段珍しいことではない。


 むしろ男にとっては天の助けだった。いくら女性に免疫が無い男でも子供相手には流石に緊張はしない。もし、給仕を頼むようなことがあるならば次からはあの子に頼もう。男はそう考えた。


 「とりあえず何を作りましょうか?」


 「そういえば、見たところ異国をイメージしたお店みたいですが、マスターは異国の人か何かで?」


 「いや、俺はこの大陸の人間ですよ。ただ、俺の師匠が異国の人でね。その人の元で10年ぐらいかな? 修行してたんですよ」


 「なるほど、それで……」


 異国風のお店なのもただの真似ごとでは無く、そうした理由があるからなのか。それならば料理も期待出来そうだ。


 「何が作れるんですか?」


 「俺が知っている料理ならなんでも作ってみせますよ。パスタでもスープでも、もちろん俺が修行した異国の料理でもね」


 店主は自慢げに笑みを浮かべながら答えた。店の入口も店内も異国風の作りにこだわっていたみたいだったのでてっきり異国の料理ばかりを出す店かと思ったがそうでも無いようだ。


 なんとなく周囲の客が食べているモノを見渡してみると、なるほど確かに、見知った料理を食べている者もちらほら見かけた。


 「そうですね。せっかくだからこの店らしい酒と、あとそれに合う軽めの料理をお願いします」


 「分かりました」


 「……あ、それと」


 男は店主に小さな声で耳打ちをする。


 「できれば給仕の方は貴方かさっきの小さな子でお願いします。私、エルフのお嬢さんのような方だと緊張してしまって……」


 「ああ、通りで」


 どうやら店主には女性に苦手意識があることがバレていたようだ。


 「ヒスイ、ちょっと来てもらえる?」


 「はーい! それじゃあ御用ありましたらまた呼んでください!」


 店主はエルフの店員を呼んで厨房へと消えていった。


 事情を説明してくれているのだろう。そこらの酒場なら面倒臭そうな顔をされるところだがここの店主は嫌そうな表情ひとつ見せず快く引き受けてくれた。


 これで心置きなく楽しむことが出来そうだ。


 「お待たせしました。こちら冷酒となります」


 さっきの小さな子供が先ほどと同じように透明なグラスに透き通る透明な水を入れて持った来た。


 彼女が持ってきた飲み物はどうみてもただの水だ。


 「ありがとうお嬢さん。しかし、お水はさっき貰いましたよ」


 きっと間違えてしまったのだろう。子供なら仕方の無いことだ。そんな風に微笑ましく思っていると子供の給仕は軽く微笑んだ。


 「いいえ、お客さん。これはお酒よ」


 「……これがお酒? 随分と透明なんですね」


 「とても綺麗でしょう」


 男は目の前に置かれたそれを黙って受け取り匂いを嗅ぐ。確かに独特ではあるが甘味を帯びた酒の香りがした。


 「失礼。これは確かにお酒のようだ」


 この透明感と濃厚な香り、おそらく蒸留酒の類なのだろう。


 酒には大きくわけて三つの種類ある。


 一つは醸造酒と呼ばれる酒だ。これは原料をそのまま発酵させて作った酒のことで、主にワインやビールなどといったモノがある。醸造酒は液体の中に不純物を残したままのお酒なので味があり色も濁りもあるのが特徴だ。


 もう一つは蒸留酒と呼ばれる酒だ。蒸留酒は言葉通り醸造酒を蒸留させて作った酒で、蒸留という工程で不純物が取り除かれ、透明感がありアルコールが強く香りも高い。


 かつてこの製法はエルフ族だけが知る秘術だったらしく、蒸留酒は『エルフの秘薬』『生命の水』などとも呼ばれ不老不死のになれる薬とまで言われたという。


 そんな話が御伽噺となった今でも蒸留酒は高価であり、そう安々と飲めるモノでは無い。


 最後は混成酒と呼ばれるモノでこれは醸造酒や蒸留酒を果汁などの別の液体を足して割った酒だ。


 香りが高く値段も高価な蒸留酒は大体この混成酒という酒になって出回っている。


 だから、男はそんな高価な蒸留酒が酒場でなく飯屋で出てくるとは思ってもみなかったのだ。


 「ふふ、ちなみにそのお酒は蒸留酒では無く醸造酒なの」


 ところがそんな男の内心をまるで読んだのかのように子供の店員は男が驚くことを口にする。


 「これが醸造酒だって?」


 酒を喉を通し味を確かめる。果実とは違う甘味が舌を撫で冷えた液体が喉を通り、上品な甘い香りが喉から鼻へと抜けていく。普通に美味い。


 この酒には確かに濃厚な甘味があり、間違い無く醸造酒のそれだった。


 様々な酒を嗜む程度には飲んできた男だが醸造酒でここまで透明な酒は今まで見たことが無かった。


 「どう? 甘いでしょう? 私もカル……、いえ、店主から聞いた話だから詳しくないけど、ライスを特殊な製法で醸造したお酒なんだそうよ」


 「……ほぅ」と男はため息を漏らす。


 なるほど、確かに異国の酒だ。と男は納得した。実にこの店らしい興味深い酒だった。


 「あとこちらは野菜の漬物になります。そのお酒に合うので料理が出来るまでの間お楽しみください」


 「随分と気が効きますね」


 「私からの個人的なサービスよ」


 子供の給仕は笑顔で応える。


 「お酒も人も見た目だけで判断しちゃダメということを忘れないでね」


 男は酒を飲んで体が温まっているはずなのだが……。なぜだろう、この子供店員の笑顔が妙に大人びて見え、背筋に悪寒のようなものが走るのを感じた。


 とりあえず子供の店員がくれた漬物を食べる。ポリッという気持ちの良い音に程よい塩気と野菜の旨みが口に広がる。確かにこの酒によく合う肴だ。


 ………そういえば、どうしてあんな子供が醸造酒や蒸留酒の違い、そしてこの酒にあった肴を知っているのだろう? よくよく考えるとそんな疑問が頭に浮かんだが美味い酒にそんなことはすぐにどうでも良くなった。


 その後、男はライスの塊を異国の調味料を塗って表面を香ばしくカリカリに焼いた『焼きおにぎり』なるモノを食べながらこの透明な酒を2杯3杯とおかわりしたのだった。 


 「ふぅ……、飲んだ飲んだ」


 酒場ではなく飯屋でこんなに美味しい酒に出会えるとは思ってもみなかった男は大いに満足感に浸っていた。


 むしろ男は酒の微々たる違いにこだわっていなかったので酒の種類が豊富な酒場よりは美味い肴で美味い酒が飲めるこのカルム食堂という食堂がすっかり気に入っていた。


 惜しむのはこの店で働く極上のエルフ族の美少女たるヒスイの存在だろう。男はそんなことをぼんやりと思いながら透明な酒をぐいっと飲み込みため息を吐く。


 「……すみません、お勘定お願いします」


 「分かりました。えっと……、姉さーん! このお客さんのお勘定お願い」


 「お姉さん……?」


 店主の言葉にほろ酔い気分だった男は我に変える。


 「ちょ、ちょっと店主!? 私は女性が苦手だとあれほど……」


 てっきり店主がお勘定をしてくれるものだと思っていたため、男は大いに焦った。


 それに、まだ年若いとはいえ店主はどうみても二十代だ。そのお姉さんともなると当然店主より年上だろう。


 少なくとも男の苦手とする女性がやってくるのは間違い無い。


 「お待たせしました」


 しかし、やって来たのは男の給仕をしてくれていた子供の店員だった。


 「えっ、……あ、あれ?」


 「えーっと……、半銀貨が1枚と銅貨が3枚になります」


 男はまるで鳩が豆鉄砲をくらったような顔をして面をくらった。


 「あら、どうしたのかしら?」


 「いや、その……、さっき店主が『お姉さん』って……?」


 「私がこの店の店主カルムの姉、ドワーフ族のドロシーよ。見た目はこんなだけど今年で25歳なの」


 「え、……えっ? ……えぇっ!?」


 ドワーフ族という言葉に耳を疑う。ドワーフ族は筋骨隆々とした初老を迎えたような外見をした種族のはずだ。このドロシーという店員はもちろん、弟である店主はどう見てもドワーフ族では無い。


 「ふふ、おそらくお客さんが想像してるのは男のドワーフのことね。あと、店主はドワーフじゃないわ。私と彼は義姉弟なの」


 男はただただ言葉を無くした。


 言われてみれば男は今まで男のドワーフしか見たことがなかった。まさか、女のドワーフがこんな幼子のような姿だったとは思ってもみなかったのだ。


 「ありがとうございましたー!」


 お会計を済ませ、男は呆けた顔のまま夜の街路に出る。


 月はすっかり真上まで上り、街の入り組んだ細い路地まで照らしてくれていた。


 その月明かりは青白く透明で、まるでさっきまで飲んでいた透明な酒のようだった。


 『お酒も人も見た目だけで判断しちゃダメということを忘れないでね』


 ふと、あの子供の店員……、いや、店主のお姉さん。ドロシーが口にした言葉を思い出す。

 

 男が苦手なのは女性らしい女性だ。しかし、思い返せばあのドロシーという店員は見た目こそ子供だが言葉遣いや気配り、客に対する対応のそれはしっかりとした女性らしいものがあった。


 対して、エルフの店員は外見こそ女性らしさを持つ美少女だが、どこか子供っぽく男が苦手とする女性らしさとはかけ離れていた。


 「私は、今まで女性の何を見てきていたのだろうな……」


 外見だけで女性を定義していた自分が恥ずかしいかった。男は月を見上げ、大きく息を吐く。


 「…………よし!!」


 そして何かを決心したかのように夜の街を歩き出した。


===============================


 「ところで姉さん、なんで突然あのお客さんの給仕をやるって言い出したのさ?」


 食堂の暖簾を降ろし、店主のカルムが店内をモップがけをしている姉のドロシーに疑問を投げかける。


 確かに二人には事情を話し、ヒスイには避けるようにとお願いはしたが、何もドロシーに専属でやってほしいとお願いした記憶はなかった。むしろ、男である自分が給仕も兼ねた方が良いとも思っていたぐらいだ。


 しかし、ドロシーは説明を聞いたあと『それなら私がやるわ』と自らあの客の専属の給仕を申し出たのだ。


 「だって、あのお客さん私の事見て第一声が『子供?』だったのよ。しかも、お酒を運んだときなんか私が子供だからと間違えて水を持ってきたと勘違いしたぐらいだもの! 見返してやりたいじゃない」


 ドロシーは拗ねた口調でふくれっ面になりならが説明する。カルムはそんな姉に呆れ、苦笑しながら姉の心情を理解した。


 「姉さん、ホントにそういうところは変わらないね」


 ドロシーは昔から自身の体格をコンプレックスに思っており、子供扱いされるのが嫌いだった。おそらく今回も子供と言われたことが心外で見返してやろうと思ったのだろう。


 あのお客さんは去り際にドロシーのことをまるで一人前の女性を敬うような目で見ていたが、カルムからすればそれは誤解だ。


 自分の姉は確かに気配りも出来るしっかり者の女性だが、実際はこんなにも負けず嫌いで子供っぽいところがある。


 おそらくあの男の客は二度と来ることは無いだろう。なにせこの食堂には男の苦手な女性が二人も居るとわかったのだから。


 「外面だけじゃ本当の姿なんて判断出来ないよな……」


 そう思いながらカルムは上機嫌でモップがけをする姉の姿を見つめるのだった。


 ちなみに数日後、あの男の客が今度は美人の婚約者と一緒に食堂にやってきてカルムとドロシーを驚かせるのだが、それはまた別の話である。

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