Ⅰ-Ⅲ

「……この町って、帝国から追われている人が来たりするんですか?」


「たまに来るそうよ。それこそ英雄が召喚される遥か以前から、人を受け入れてきたんですって。懐が深い気質の町だし、帝国の格好をした人が珍しくないのはそのせい」


「ほー」


 人の動きに意識を奪われながら、俺は適当に相槌を打った。

 目的地に近付いている間も、町の光景を観察することへ注意が傾いていく。俺だって新しいものへの興味は人並みに持っているのだ

 

 なのでブリセイスが機嫌を悪くしていることに、それこそまったく気付かなかった。


「ちょっとヒュロス君? こんなにいい女が目の前にいるのに、ほったらかしってどういう了見?」


「へ? 別に放ってるわけじゃ……」


「あら、そうだったの? 私、ついさっき野蛮な男達に声をかけられたのに」


「なんと!?」


 目の色を変えて、俺は狼藉者の姿を群衆に求めた。

 方や、ブリセイスは腕を組んで小悪魔じみた笑みを浮かべている。どうやらカマをかけられたらしい。


 それでもその蠱惑的な表情に、多くの男達が視線を尖らせていた。

 もちろんブリセイスは構うことをしない。人の気配を察して飛び立つ白鳥のように、くるりと背中を向けている。


 俺一人が追っていくと、彼女は適当なところで振り向いた。


「ふふ、心配する必要なんてないのに。それとも私を疑ってたのかしら? 貴方以外の男に靡くかもしれない、って」


「ぬおっ、痛いところを突いてきますね。嘘偽りなく答えるなら、疑ってなんていやしませんけど」


「あら、じゃあどうして焦ったの?」


「誘拐されたら大変だと思って。ブリセイスさん、とっても綺麗ですからね」


「あらあら」


 突拍子もない予感に、当の美女は口元へ手を当てている。

 でも実際、その可能性がゼロだとは言えまい。現に何人かの男達が後ろをつけているのだ。まあ、ちょっと脅せば退けられる程度だろうけど。


 なので不意に、俺は鋭い一瞥を向けた。

 結果は直ぐに帰ってきて、わざわざ記憶へ留めておく気にもなれない。


「弱い人にも容赦がないのね」


「そりゃあそうでしょう。挑戦してきたにも等しいんですから、全力で迎えてやらないと」


「武器は使わないの?」


「こんな街中で振り回したら、周りの人に迷惑ですって」


 一線は引いておかねばならない。でないと英雄ではなく、ただの乱暴者になってしまう。


 ルールの一辺を聞いたブリセイスは、驚いているような、懐かしんでいるような顔付きだった。

 その真意を探ろうと目を向けてみるけれど、彼女はいつも通りの微笑みを浮かべるだけ。


「さ、急ぎましょう。お話が終われば、少しは自由に動けるでしょうし」


「休憩ってことですか? そんな、俺には必要な――」


「私には必要なの。じゃないとほら、デートできないでしょう?」


「ほう」


 明確なアプロ―チを受け、俺の足は自然と早くなる。

 やっぱりこうじゃなきゃ、と満足気に頬を緩めながら。

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