Ⅲ-Ⅲ

「でもまあ、それがお前の戦い方だよなあ!」


「――ひ、ひひ」


 歪な笑いを、生前から付き合いのある仇敵は浮かべた。

 端正な顔立ちをしているお陰か、彼の抱いている狂喜はより強調されている。自慢の金髪もすっかり乱れて、王の子である威厳はどこにもない。


 そういえば俺の死後、オレステスは女神によって気が狂ってしまったのだとか。俺の死に悲しんだヘルミオネが自害したのが原因とされている。


 異世界に呼び出されてもこうなるなんて、狂気にはよっぽど縁があるようだ。


「アアアァァァアアア!」


 彼の手元では、光が形を成していく。

 矢だった。これまで俺に打ち込まれたものと同じである。白銀の弓に番えて、こちらに殺意を向けるまでの手順は鮮やかですらあった。


 無論。

 こんな至近距離で、許すつもりなど毛頭ないが。


「距離を空けるか、隠れるなりしろよな!」


「ッ……!」


 繰り返される同じ光景。神馬紅槍を叩きつける俺と、それを弓で防ぐオレステス。


 狂人は相変わらず笑みを浮かべていた。こう着状態へ陥っていることを、心の底から嘲笑っているのだ。


 癪に障る。そもそも俺だって、馬鹿の一つ覚えというわけにはいかない。

 神馬紅槍から、籠手を装着している左手のみを離す。


 起動する鍛冶神の加護。白銀の弓が、その光沢を鈍くする。

 直後には、両断されていた。


「ギ……ッ!?」


 得物の破損に気付き、オレステスは寸前でその場から離れようとする。アポロンの加護を得ている所為か『血脈の俊足』に劣らない速度だった。


 それでも、神馬紅槍が先を行く。

 森に炸裂する三度目の暴力。仇敵は直撃こそ逃れているものの、小石のように吹き飛ばされる未来は変わらなかった。


「ごぶっ!」


 大木の幹へ、抵抗する間もなく叩きつけられる。

 それが彼にとって致命の一撃となった。再び立ち上がるだけの気力もなく、ゆっくりとずり落ちていく。


「とどめ……!」


 喜びで歪みむのは俺の番。

 無防備にさらけ出されている急所を、加減せず槍で貫いて――


「ぬ!?」


 返ってきたのは、幹の断裂音だった。

 いない。そこにあったオレステスの身体が、綺麗さっぱり消えてしまっている。逃げられたのだ。


 残るのは消化不良な手応え。敵が背を向けている事実もあり、燃えていた感情が一瞬で鎮火していった。


「……だったらいいか。これ以上はつまんねぇし」


 深く長く息を吐いて、頭の中から憎たらしい顔を忘却する。


 逃げたとあれば、今のところオレステスに興味はない。この戦いは俺の勝ちなんだから。

 また会えば全力で殺しにかかるだろうけど、それは次回のお楽しみ。……これだけの憎悪を向けられる相手なんてそうはいない。楽しめるだけ楽しまなければ損だ。


「さて、ブリセイスさん達のところへ行かないとな。雑兵が群がってないとも限らん」


 これまで通り自分の足で、嵐にでも遭ったような森の中を横断する。

 

 傷はほぼすべて、俺が刻んだ爪の跡。

 それは他を圧した証拠であり、人間という生物の本性を比喩するものにも映る。もちろん嫌悪感は抱かないし、むしろ清々しいぐらいだ。

 

 生の充実。神ではなく人として生きる以上、欲望や力強さを柱にするのは当然のこと。

 口端は、自然と吊り上っていた。

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