第12話 何もかもが違う

「だいたいお前、男だろ?ついてんのかよ。」

 コナーは捨てゼリフを吐きながらライリーに再び叱られる前に逃げていった。

 セスは汚れた口をギュッと拭って改めてライリーの方を向いた。女の人…だよね?と疑いそうになるがっしりした体つきの人が立っていた。テロメアでギリギリ見かけるくらいの中年の女性だった。

「何か変な物でも食べさせられたのかい?」

 セスは黙ったまま首を振る。

「じゃなんだい。本当にいかがわしいものを見せられて吐いちまったのかい?」

 ライリーにまで不思議そうな顔を向けられて、ここではアレが普通なのかと嫌な思いが体中に広がりそうになる。

「テロメアではあぁいう低俗なモノないのかい?まぁあんなの見ない方がいいんだよ。商業用だからね。まがい物さ。」

 許容していない素振りのライリーに僅かに胸を撫で下ろした。


 あの後ブライアンもライリーに何やら叱られたらしかったが、セスには何も言わなかった。「こいよ」と言われ歩いていく。

 ブライアンに連れられてセスはトラックに乗った。「仕事をするなら」と言われたのだから出来ることをやらなければならないだろう。それにセスも何も考えたくなかった。何かをしていなければ発狂し兼ねない自分がいた。

 着いたのは広大な畑。目の前に広がる光景に呆然とする。畑は端から端が見えない。

「ちょうどキャベツが収穫時期で人手が足りなかったんだ。やり方を教えるから来いよ。」

 ここは…安全かつ効率的に栽培できる施設というわけでは無さそうだ。

「このキャベツをテロメアにも運んでいるのか?」

「そうさ。それが月に一度。」

 何故リアン先生はあんな嘘を…。だいたい誰も外の世界のことを話してくれなかった。それに外の世界にある色々なものは絶滅したと信じていたものばかりだ。

「おい。お前、ボケッとしながらやると怪我するぜ。」

 手に渡されたのは大きなナイフ。ズッシリとした重さに緊張から手に汗をかいてしまう。

「キャベツの根元を探ってナイフで切り離すんだ。こんな風に…。」

 ブライアンはやってみせた。手際よくキャベツを手に取るとニッと笑う。

「いい出来だろ?」

 あぁとも言えずに戸惑っているとブライアンは肩をすくめて自分も作業に取り掛かった。

 慣れない作業に、確かに頭をグルグルさせて考えごとをしていたら怪我をしそうだ。キャベツの根元にナイフを当てて力を入れるとザクッという音とともにキャベツが切り離された。

 それを指定された箱に入れていく。無心になれる作業は今のセスにはありがたかった。


「さぁ昼休憩にしよう。家で母さんが昼飯を作ってくれてる。」

 ブライアンとキャベツが積まれたトラックに乗り込む。ガタガタと進む悪路の道は前に感じていたよりも幾分心地よいものになっていた。

 集落に戻るとどこもかしこも芳しい匂いがしている。嗅いだことないはずなのにどこか懐かしい。そんな匂いだ。

 ブライアンについて一軒の家に入ると大勢の子どもから大人まで席についていた。そのテーブルにライリーが器に盛った何かをどんどん置いていくと慣れた手つきでみんな順繰りに渡されていく。

 セスとブライアンもテーブルの端につくと器を受け取った。全部を盛り終えたライリーもセスの隣に座る。

 すると中年の男性が声を上げた。

「さぁ。食べよう。いただきます。」

「いただきまーす!」

 みんな待ちきれない様子で口に運ぶ。子ども達はかきこむように急いで食べている。

 セスも恐る恐る口に入れた。得体の知れない物体に恐怖心はあったのだが、何より空腹だった。昨日の夜から何も口にしていない。

「おいしい…。」

「ハハッそいつは良かったよ。」

 ライリーは安心したように笑うと自分も食べ始めた。

 セスは初めて食べるのに、やはり懐かしい気持ちになり子ども達と変わらないくらいにかきこんで食べた。

「そんなに急いで食べるとお腹がびっくりしちまうよ。」

 ハハハッと豪快に笑うライリーに背中をバシバシッとたたかれる。それでも美味しくて食べるスピードを下げることはできなかった。

 何か分からないけれど、すごく美味しい何かをスプーンに乗せてライリーに質問する。

「これ何?」

 聞かなければ良かったのだ。だいたいよく考えれば分かることだった。ここにはテロメアでは絶滅しているものがあるのだから。

「鶏肉よ。」

 笑顔を向けるライリーの顔を見つめたままセスは固まってしまった。

 鶏肉…とりにく…トリ…。

 すごく美味しい。鶏肉。

 また腹の底から込み上げるものを抑えきれなくなり、セスは駆け出すと家の外で俯いた。我慢できない込み上げてくるものを吐き出す。

「お前いい加減にしろよ!」

 後を追ってきたブライアンがセスにひどい剣幕で言い放つ。

「母さんがどんな思いで作ってんのか知らねーからそんなことできるんだ。」

 後から後から込み上げる気持ち悪さは止められない。ブライアンの後ろから現れたライリーがまたセスの背中を力強くさすった。

「いいんだよ。ブライアン。この子はテロメアから来たんだ。きっとテロメアはこことは違うんだよ。だから胃がビックリしちまったのさ。だから急いで食べるなって言ったんだよ。」

 優しい言葉にセスは涙を止められなかった。うぅ…としゃくり上げる涙は全部が混ざってボロボロだ。

「なんだい。泣いてるのかい。しかし汚ったないねぇ。」

 口悪く乱暴に顔を拭かれるのに涙は止まらなかった。

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