二部 決闘に負けると婚約破棄?
プロローグ
「オルフィー、本当にミュシャレンに行くの?」
一番上の姉、リシィルは今日も同じ質問を繰り出した。
「ええ」
オルフェリアは淡々と返した。
十六になった頃から考えていたことだった。小さな世界から逃げ出したかった。
息がつまりそうな、この狭い箱庭から。
「ミュシャレンに行ってなにがしたいのさ?」
「伯爵家の窮状を打破する手立てを考えるの。あとは、好奇心から」
「オルフィー一人が悩むことじゃないよ。それに、お父さんの残した借金は返しただろう?」
リシィルはオルフェリアの部屋の寝台の上に腰かけた。
ミュシャレン行きはもうあと数日後のことだ。身の回りの小さな小物、たとえば愛用のペンだとかブローチなどが机の上に散乱している。そろそろ鞄につめないといけない。
「そうだけど……。リュオンが成人するまで、学校を卒業するまでまだ数年あるもの。それまで何もしなければ、伯爵家は時代に取り残されてしまうわ」
「オルフィーは難しいことを考えているね」
リシィルはどこか他人事のように答えた。
彼女は頭で何かを考えるよりも体を動かすことの方が好きな人間だ。
「難しいことではないわ。ただ、リュオンがゆっくり成長できるだけの時間をあげたいの。そのために、領地を支援してくれる人を探せればって思っている」
「でも、あんまり一人で抱え込むのはやめときな」
「抱え込んでなんかいないわ」
だって、伯爵家の窮状を救いたい、なんて、ただの建前だ。
本当は逃げ出したいだけ。
だから場所はどこでもよかった。ミュシャレンでも、どこか遠い場所にある修道院でも。
ただ、建前がないと十代半ばの少女が一人でどこかへ行くことを許してくれない。
オルフェリアは伯爵家の窮状を利用した。もちろん、いずれ弟が継ぐことになるメンブラート伯爵家の将来だって憂いている。弟が、リュオンが引き継ぐころには落ちぶれる寸前、なんてそれはあんまりだ。
父はどうしてオルフェリアを一緒に連れて行ってくれなかったんだろう。
逃げ出すなら、オルフェリアのことも一緒に抱えていってほしかった。
「ま、オルフィーがやりたいっていうなら、いいけど。あっちで友達とかできるといいね」
リシィルはさっぱりとした笑みを浮かべた。
「と、友達?」
まったく考えていなかったことを言われて、オルフェリアは目をぱちくりとさせた。
「うん。だって舎弟はいらないんだろう?」
「そ、そりゃあ……まあ」
(友達、ね……)
これまでの人生、オルフェリアの周りにいた人間は家族や親せきばかりで、同じ年頃の子どもたちと遊ぶことはほとんどなかった。年上の幼馴染は、エシィルと結婚した。
べつに、友達を見つけるためにミュシャレンにいくのではないのだけれど。
それでも、もしかしたら何かが変わるのかもしれない。
そんな淡い期待と一緒に、オルフェリアは鞄の中に私物をつめた。
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