覇剣の降臨と穿剣の誕生
ラーン砦内では、騎士たちが迎撃準備を手際良く進めている。
「敵は主に騎馬だ、平野の土をでこぼこにして、少しでも馬の勢いを弱める。これは第八中隊と第六大隊でやってほしい」
鈴鹿の策を聞くと、競走のように全員が砦から走って行く。
作業の進行を見る為に砦の外に出ると、次々と杭が打たれていて、少し高い壁が出来上がっている。
その壁の前には歩兵を遅らせる為、いくつもの浅い堀が掘られている。
「騎士長、ここにいらしたのですか」
振り返ると、馴染みの顔が歩いて来ていた。
「どうしたんだ、副騎士長殿」
「その呼び方はやめてください騎士長。他人じゃないんですから」
鈴鹿は隣に立った騎士の肩に腕を回し、顔を脇に挟む。
「ならエイルーンも名前で呼べよ」
エイルーンは腕と脇に首を挟まれて、苦しそうに悶える。
鈴鹿がエイルーンを解放すると、ネイトが呆れ顔で歩いて来る。
「騎士長、副騎士長、遊んでいてもらっては困ります。敵の進行が速過ぎて、ただでさえ間に合わないと言うのに」
ストレント帝国、第一軍参謀長のネイトは、砦で迎え撃つための迎撃部隊の全てを管轄している。
「だから、それは私とルーンで足止めするって。覇剣と一戦交えれるなんて楽しみじゃないか。なあ? ルーン」
「覇剣と一戦交える? 来てるのは烈火の姫じゃないのですか?」
エイルーンは偵察部隊の報告文書を取り出して、北タリアスを率いるは烈火の姫、と書いてある箇所を指差す。
「ルーン、それは敵が流した噂に、こちらの兵士がまんまと引っかかったのですよ」
ネイトが先程入ったのであろう情報の載っている紙をエイルーンに渡す。
「ほらほら、良いから出撃準備だルーン。楽しくなってきたな」
鈴鹿はエイルーンを引っ張って、砦内に連れていく。
エイルーンは報告文書の、覇権を認めたりの箇所を見つめながら、固まっている。
「この迎撃戦は無謀だ。烈火の姫なら死に物狂いで行けば止められる。だが、覇剣は話が違う。あれは圧倒的だ」
「怖気付いた者は残っておれ。私一人でも行くぞ。だがな、敵前逃亡はクロノコード家の名に泥を塗ることになるぞ」
エイルーンから手を離して置いていく。
「確かに私が生まれたのは武で有名なクロノコード家だ。だがな、クロノコード家は誰一人、グランフリートに傷を付ける事も出来ずに全員殺された!」
エイルーンが後ろで叫んでいるが、振り返ることなくそのまま歩き続ける。
「そうだな、だがエイルーン・クロノコードは生きているだろう? クロノコードの仇敵であるグランフリートを目前にして、尻尾を巻いて逃げて。貴様はクロノコードの名を地に落としたいのか?」
立ち止まって振り返ると、エイルーンは剣を抜いてこちらに走ってくる。
「グランフリートを討ち取ってクロノコードを復活させる! 二度と北タリアスの連中にもストレント帝国の連中にも、堕剣とは言わせない!」
鈴鹿はエイルーンの攻撃を次々と避けながら受け流す。
剣を抜いてエイルーンの猛攻を全て受けるが、いつもとは全く違う動きを見せるエイルーンの斬撃に、剣を弾かれる。
「落ち着け堕剣、付いて来るのか来ないのか。それだけハッキリしろ」
エイルーンの腕を絡め取り、後方に投げ飛ばす。
エイルーンから奪い取った剣を、首に突き付ける。
「そこまでにしてください騎士長。面倒事を増やさないで頂きたい」
見兼ねたネイトが間に割って入ってくる。
剣を下ろして、ネイトに渡す。
馬を見る為、砦の外に向かってに歩く。
「ルーン、来る気があるのなら付いて来い。無いのならその剣を今ここで折れ」
砦内から出ると、小さな点が砦に向かって来ているのが見える。
その点は次第に大きくなり、騎士の姿がはっきりと見えるようになる。
「騎士長、報告致します。北タリアス軍は、依然としてこちらに向けて進軍してきており、あと数分もすればこの砦に到着致します」
馬を下りた騎士が低頭し、緊迫した様子で報告する。
「ご苦労だった。危険な偵察から無事帰還してくれて嬉しく思う」
足止め部隊が準備している陣営に行くと、約四千の騎馬が出撃が準備完了しており、いつでも出撃できる状態にある。
「騎士長、副騎士長のお姿がお見えになりませんが……」
「良い、放っておけ。所詮堕剣だったっと言うことだ。今すぐに出撃する」
馬に跨り、出撃合図を出して、北タリアス軍の進路に、真っ直ぐぶつかる進路を進む。
少し胸の奥でもやもやしたものが渦巻いているが、気にせずに振り払い、戦闘に専念する。
「騎士長、そろそろ北タリアスの先頭とぶつかる頃合いです」
出発してからそれほど時間は経っていない。
それ程までに北タリアスの進行速度は、驚異的な速さだったということだろう。
「全軍構え、何があっても隊列を崩すな! 万一穴が開いたら隊員がカバーしろ! 戦に出たからには生き残りたいと思うな。生きたければただ進め! それ以外はどうでも良いことだ!」
「はっ!」
全騎士が同時に返事をする。
「全速前進! 覇剣を此処で討ち取ってしまえ! 砦で迎え撃つまでもない!」
「覇剣と戦えて死ぬならば、後悔はしません!」「俺も最高の喜びだ!」「まずは取り巻いている雑魚どもを片付けねえとな!」
それぞれ思う事を、まるで遺言のように口にしながら進む。
「貴様ら絶対死ぬなよ!地を何日這ってでも帰って来い!地獄に誘われても、迎えに来た死神をぶん殴って追い返せ!」
「それが出来るのは騎士長だけっすよ!」「騎士長に怒られると思ったら死ねねえや!」
など笑い声が聞こえたりする。
緊張感の無い軍だと思うが、これが最後になる者も居る為、叱責を飛ばすことができない。
「見えたぞ!」「先頭は誰だ!」「あれが覇権率いる北タリアス兵か!」
北タリアス軍の、先頭が見える。
先頭の騎士は大剣を肩に担いでおり、体が他の騎士よりも明らかに大きい。
「まさか……覇剣が先頭だと」
先頭の巨体の男は剣を構え、後ろの部隊から少しずつ離れて、前に出る。
「騎士長! 先頭の男が先駆けした様です!」
「覇剣だ! 私が行く!」
剣を抜き、速度を上げて先駆けする。
北タリアスとストレント帝国。大将同士、一騎討ちの形になる。
「我は北タリアス国第八十五代目、グランフリート・ルーシュだ! ストレント帝国の将よ、貴殿と一騎討ち願おう!」
前から向かってくる騎士が名乗る。
やはりグランフリートと言う予想は、的中していたみたいだ。
「私はストレント帝国騎士長。天月鈴鹿。一騎討ちお請け致す!」
こちらが名乗ると、グランフリートは大剣を再び構える。
「相手にとって不足無し!」
離れていてもはっきりと聞こえる声で、グランフリートが叫ぶ。
「さあ、真剣勝負!」
こちらも負けじと叫び返す。
距離が縮まっていき、グランフリートの顔のパーツが、一つ一つ見えるまでの距離に入る。
「ふんっ!」
ガンッ、と鉄と鉄が弾き合う音が、平野に響く。
「くっ、重い……」
人二人分もある剣を、凄まじい速度でグランフリートは振るう。
その斬撃を受け流したは良いが、少し気を抜いただけでも体が持っていかれそうになる。
「流石ストレント帝国の騎士長殿だ!」
馬を反転させグランフリートがそう言って笑う。
「それほどの大剣を軽々と扱うとは、覇剣の名も伊達じゃないな」
悔しいが、鈴鹿には笑う余裕が全く無かった。
構え直して、再び互いに刃を向ける。
今度はこちらが先に突撃する。
それを見てグランフリートもこちらに向かってくる。
「はぁっ!」
「ふっ!」
体を後ろに倒して避けようとするが、グランフリートはそれに対応し、途中から大剣を下に向かって叩きつける。
剣をなんとか回避するが、馬はちょうど半分辺りで、真っ二つになり、そのまま倒れる。
「避けたのは評価致す。が、やはり貴殿も期待外れということか」
時間差でグランフリートの馬の首が落ち、倒れ伏す。
「貴様も期待外れだな覇剣」
続けてグランフリートの大剣にヒビが入る。
「真剣勝負に手を抜いた事、そして侮辱したことを詫びよう」
そう言うと、グランフリートは何も無いところから大剣を出す。
「それが本来使う剣か。そしてそれはアーセナルじゃないのか? 何故そんな物を持っている」
「残念だがこれは我が国の研究者が、アーセナルを解析して作った複製の物だ。それ故に、本物と違い無限には入れられんがな」
すると遅れてきた両軍が、自分たちの周囲だけを避けてぶつかり、円形のステージが出来上がる。
「これで逃げ場は無くなったな。この勝負、どちらかが死ぬまでだ」
剣を構えてグランフリートとの間合いを取る。
グランフリートも、先程よりも一回り大きい大剣を構える。
「互いに手加減なしの真剣勝負。天月鈴鹿。我が覇道の礎となれ」
「残念だが、そんなのになってやる気は全くない」
双方第二陣突撃の合図と共に跳躍し、相手に向かっていく。
真正面からぶつかり合い、鈴鹿が後方に大きく吹き飛ばされる。
着地するとグランフリートが追撃で、大剣を突き立てる形の構えで突撃してくる。
「つっ……」
突きを回避して、背後に回り込み背中を狙うが、グランフリートは素早く反転して、剣を切り返す。
それを受け流して斬撃を放つが、大剣とは思えない速度で、こちらの斬撃全てに対応する。
「ふんっ」
グランフリートの前蹴りを剣の腹で受け止めるが、衝撃が大きすぎて蹴り飛ばされる。
「この剣術はあまり使いたくないんだけどな」
自分が殺し屋時代に考案した剣術で、一度の斬撃で最大五回攻撃ができる波状剣術だが、一撃目で当たると、残りの斬撃が体内にまで達して内蔵が壊れる為、使うのが憚られる。
「全力でぶつかってこい小娘。我も手加減はせん、躊躇ったら死ぬのは良く分かっておるだろ!」
グランフリートの一言で、自分の中での迷いが断ち切れた。
「そうだな、真剣勝負に手加減は不要。全力で殺させてもらう!」
大きく息を吸って、短く息を吐き出す。
「雰囲気が変わって別人のようだな。ようやく本気を出してくれるのか小娘」
グランフリートが満足げに笑う。
「お互い戦闘狂と言う事で、この一騎討を楽しもうか。覇剣グランフリート」
言い終わった瞬間に、全力で跳躍して突進する。
右上段に斬撃を放ち、左の横腹に蹴りを少し遅らせて繰り出す。
「ほう」
蹴りが命中するが、グランフリートは少し体勢を崩しただけで、ダメージは無いように見える。が、剣で受け止めた多段階波状斬撃により、完全に体勢が崩れる。
「穿つ!」
開いた左側に切り返して、もう一度斬撃を放つが、寸でのところで受けられる。
「その剣は宝具か、それとも貴殿の腕で先ほどの技か」
グランフリートが先程の斬撃を受けた際、波状斬撃を一度受けたのだろう。肩のあたりから流血している。
「残念ながらこれは普通の剣だ」
グランフリートが納得したように笑う。
「なるほど、貴殿、北タリアスの騎士長にならぬか? 此処で散るのは余りにも惜しい人材だ」
「覇剣に認められたのは光栄だが、ストレント帝国から離れる気はないな」
「そうか、それは残念だな穿剣天月鈴鹿」
突然グランフリートは、剣をアーセナルに収める。
「何のつもりだ。それに穿剣とは何だ」
「貴殿程の者が、世界から呼ばれる名前が無くては不便であろう。それ故、我が付けさせてもらった」
そう言い、グランフリートは一人の騎士が引いてきた馬に乗って、北タリアス兵に撤退命令を出す。
「私が逃すと思うのか? グランフリート」
「南タリアスの動きがある不穏であると報告を受けた。その為に準備をする」
「逃げられると思っているのか?」
「騎士長、砦の一部が燃えております。ネイト様が消火作業指揮に当たっておりますが、火の勢いは未だ弱まらず……」
グランフリートの方を見ると、もうそこに姿はなかった。
「やられた……分かった。すぐに戻る」
騎士は低頭して撤退の合図を送る。
「鈴鹿、私は覇剣を追う」
後方から声がすると、エイルーンが隣を駆け抜けていった。
「待てルーン。今は鎮火が最優先だ! 必ずまた戦う時が来る!」
「今追撃する! クロノコード家の力を見せ……」
騎士が引いて来た馬に飛び乗り、エイルーンの後を追う。
「落ち着けエイルーン、必ずまた戦う時が来る。それまで刃を磨け」
エイルーンは納得がいかないような顔だが、馬を止める。
「ありがとう鈴鹿、冷静にならないといけないのにな」
「分かっていれば大丈夫だ。帰ったら稽古つけてやろう。とっておきの秘剣もな」
エイルーンの頭を撫で、砦に向かって馬を駆る。
砦に到着すると、火の勢いはそれほど強くないところまで収まっていた。
「ネイト、状況は」
「騎士長、被害はは非常に軽微なものであり、燃えたのは空き部屋のすぐ後ろだったみたいだ。おそらく北タリアスの間者が放った火かと」
「ネイト様、鎮火完了致しました」
ネイトが頷いて、それに応える。
「取り敢えず今は休みたいな」
エイルーンが気怠げ言う。
「とりあえずお疲れ、全員休んで良し。この砦で皇帝陛下と合流する」
エイルーンが隣に来て、木の剣を渡してくる。
エイルーンと暫く打ち合う。
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