第43話 官兵衛の秘策

サターキ伯爵は逃げてしまったけど、カーヴェイの救出とお城の制圧には成功した。


半兵衛さんとカーヴェイが次々と指示を出して伯爵領を掌握しょうあくしていく。


お酒を飲んで動けなくなっていた兵士も回復して今では2人の手足のように働いている。


2人共すごいよね。


そういえば、カーヴェイは呼び難いので、官兵衛かんべえと呼んでいたらみんなに定着してしまった。


何が良かったのか、カーヴェイには感謝までされた。


「…… カーヴェイも魂が二つあるからなのにゃ」


「え?」


ミュアが小声で何か言ったけど、よく聞き取れなかった。


いつも姿を消して僕の肩に居るので、気を付けないと独り言をブツブツ言っている危ない人に見える。


お城の兵士相手にちゃんと戦えたのはミュアの魔法防御のおかげだから無下にはできないけど。


「なんでもないにゃ」


力を蓄えている最中に、僕のためにその力の一部を使ってもらっているのでミュアには感謝している。


「アロといると瘴気しょうき沢山たくさん集まるからウハウハなのにゃ」


…… 聞かなかったことにしよう。




伯爵の机に地図を置いて、みんなで今後の方針を確認する。


官兵衛の魔法王国行きはほぼ決定。


官兵衛自身は僕達と一緒に行きたいと言っているけど、敵国の貴族で未成年なんてどんな扱いが待っているか分からない。


気持ちは嬉しいけど、みんなが反対している。


頭の良い官兵衛も事情は理解しているので、渋々受け入れてくれた。


あれ? 微妙な顔をしている……


受け入れてくれたよね?


「官兵衛も助けることができたし、半兵衛さんも一緒に魔法王国へ行ってよ」


戦場の奴隷生活は過酷で死の危険が高すぎる。


義弟である官兵衛の救出さえできれば、奴隷紋の影響を受けていない半兵衛さんはここで別れるべきだと思っている。


これには関羽かんう張飛ちょうひも賛成してくれた。


「私が居なくなれば、関羽と張飛の奴隷紋をどうするつもりですか? それにノーバス子爵ではすぐに部隊が瓦解がかいしてしまいますよ」


ノーバス子爵は神経質そうなおじさんのことだけど、確かにおじさんだとすぐに負けてしまいそうだ。


関羽と張飛の奴隷紋を消すのも僕達だけだと荷が重いのも事実だけど…… でも……


「私よりもアロが魔法王国へ行くべきです」


戦場は嫌だけど、みんなを置いて僕だけが逃げるのはもっと嫌だよ。


「俺達だけが残ればいい。お前達はこの機会に魔法王国へ行け」


関羽と張飛が言い始めて紛糾ふんきゅうした。


――― しばらく言い合っていたら、半兵衛さんが笑い出した。


「みんながみんなを心配して言い争っているのですから、こんなに不毛ふもうしあわせな話はありません」


みんなポカンとした後、顔を見合わせて笑った。


みんなお互いのことを思いやっての発言だから、言い争ってもしょうがない。


「ここまで頑張って来たのです。リスクは高いですが、全員揃ってこの戦場から脱出しましょう」


「おう! 怖気おじけづいてもしょうがない。奴隷紋が無くなるまで暴れてやる」


「ハーヴェン義兄さん、奴隷紋に関しては私に案があるのですが――― 」


官兵衛の考えた策は、神経質そうなおじさんの上司に関羽と張飛の奴隷紋を入れ直すように手紙を書いてもらうというもの。


奴隷紋が一つしか残っていないなんて、何かあったときに解けてしまうのではないかとあおってやれば、危機感を感じて書くだろうとのこと。


後は奴隷紋をさえぎる魔道具を2人に持たせて、新しい奴隷紋と同じ模様を偽装できれば解放される。


魔道具は官兵衛に伝手つてがあるみたいだ。


すぐに入手はできないから、魔法王国へは行ずに、この山城から色々と手配するって言ってるけど……


それって、1人で魔法王国へ亡命するのが嫌だから言ってない?


「もちろん、それもありますよ」


うっ、さすがだね。悪びれもしない。


「カーヴェイは言い出したら聞きません。まかせましょう」


半兵衛さんがあきらめ顔で言った。


知合ったばかりだけど、官兵衛はどんな手を使ってでもここに残りそうな気がする……


「魔道具を作るのに時間がかかるでしょう。私とアロは部隊に報告に戻りましょう。関羽と張飛は物資をまとめて部隊への運搬をお願いします」


伯爵領から物資を奪う予定だったからね。


街の人が困るほど持って行ったらダメだよ。


「そういえば、神経質そうなおじさん…… ええっと子爵様の上司にどうやって手紙を書かせるの?」


みんなが秘書官の方を向いた。


「「へっ?」」


間抜まぬけな声を出したのは、僕と秘書官のケニーだけだった。




◇◆◇◆◇◆


私は秘書官のケニー。


普段は優秀な文官をしていますが、これは世を忍ぶ仮の姿。


ガレトン王国の優秀な密偵みってい、それが私の真の姿です。


ええっと、秘書官として仕えているアロ騎士爵様が昨日から行方不明です。


監視対象なのですから勝手に居なくなられては困ります。


密偵は内緒ですから、部隊を勝手に離れて探しに行くこともできません。


困りましたね。どうしましょうか……


こういうときに役に立つはずのハンベイが混乱しています。


愛する人が急に居なくなったから不安なのはよく分かりますよ。


普段は冷静な男が恋する少年の失踪しっそうにより取り乱す!


いいですね! やはり年下攻めのアロ様×ハンベイでしょう。


――― 奇襲してきた敵を逆奇襲しているときにアロ様が帰ってきました。


ええっと、また大将首ですか……


後方からとはいえ、よく2人で敵の中枢に突撃しようと思いましたね。


ええ、どれだけ腕に自信があっても普通はしません。


自殺行為です!


まあ、アロ様に常識が通用しないことはこの数日でよく分かっています。


私は遠くからそっと見守るだけですから、気にしないでください。


ハンベイが鬼の形相でアロ様を怒っていますね。


きっと無事に帰って来た嬉しさを隠すためでしょう。


ちょっと前までは捨てられた犬のようだったのですよ。


あのときのハンベイを見て欲しかったですね。


きっと、2人の愛が深まります。




アロ様と10人ほどの奴隷で単独行動をとることになりました。


ノービス子爵様は最近、アロ様とハンベイの言いなりですね。


単独行動なんてさせて、裏切ったらどうするつもりなんでしょう。


私は知りませんよ。


私はハトゥ-リ様から監視をするように言われているだけですから。


そう、見てるだけです。


里の長であるハトゥ-リ様はガレトン王国があまり好きではないのですよね。


お金もケチられていますし……


奴隷の管理権は私ですか?


良いですね。これでハンベイに色々と命令して、アロ様との仲を進展させて……


「グフ」


妄想が膨らみます。


しかし、あの2人はけしかけるよりも、自然にしておいたほうが面白いのですよね。


部隊から外れて少人数になったので、何か起こるのではと思っているのですが……


スレイン王国の軍人にふんして、伯爵領に潜入するのですね。


服装だけ真似しても違和感は出てしまいますよ。


街の人と喋ればすぐにバレると思います。


私みたいに文化や言葉遣いを熟知していないと。


――― ハンベイからたっぷりと講習を受けました。


昔に里でスレイン王国人に扮する練習をしましたが、それ以上です。


まるで、スレイン王国人…… ハンベイ、ハンベー…… そういえばハーヴェンという魔法王国でトップを取った貴族がスレイン王国出身でしたね……


…… 私の役目は監視です。気にしないことにしましょう。


ハンベイとアロ様のお忍びデートが目撃できたから良いのです。


わずらわしいことは忘れました。




気が付いたら、伯爵のお城を乗っ取っていました。


ビックリしましたね。


たった20人くらいでお城が落とせるとは。


私もついつい頑張ってしまいました。


雰囲気に流されたというか……


持って来たお見舞いの品が次々と武器や防具に変わり、戦いの準備をする皆さんが恰好かっこう良すぎたのかもしれません。


これぞ潜入工作って感じで興奮しました。短剣を渡されたときには素直に受け取ってしまったくらいです。


戦力に数えられていたことには驚きましたが、悪い気はしません。


お酒に悪魔レモンを入れたのも、作戦だったのですね。


悪魔レモンは体の機能を停止させてしまう非常に危険な果実です。


普通は食べると心臓などの臓器が停止して、死んでしまいます。


触るだけでも、皮膚から吸収されるので、危険性を知っている者は絶対に近づきません。


それを薄めて麻痺毒として使おうなんて恐ろしいです。


私達、密偵でもあんな危険な果物は使いませんよ。


お酒の中から悪魔レモンの匂いがしたときは思わず悲鳴を上げてしまいました。


『毒食い』の二つ名は伊達だてではありませんね。


アロ様には逆らわないようにしましょう。


「魔道具を作るのに時間がかかるでしょう。私とアロは部隊に報告に戻りましょう。関羽と張飛は物資をまとめて部隊への運搬をお願いします」


いけない、いけない、今は作戦会議の真っ最中でした。


ガレトン王国軍からどう抜け出すかや、ドワーフ兄弟の奴隷紋を騙して消す方法なんていう物騒ぶっそうなことを議論していますが、これは私も聞いていて良いのでしょうか?


ガレトン王国の密偵として、聞き捨てなりませんけど……


私では判断できませんね。


とりあえずハトゥーリ様に報告して、判断は任せましょう。


こういうときは偉い人に丸投げしてしまったら良いのです。


「そういえば、神経質そうなおじさん…… ええっと子爵様の上司にどうやって手紙を書かせるの?」


そうですよね、カーヴェイの案は良いとは思いますが、ノービス子爵の上司と話を付けられる人がいなければ話になりません。


ノービス子爵の上司と話を付けられるなんてハトゥーリ様くらいのものですからね。


…… えっ? ええっ!? 皆さん急に私を見てどうしたんですか?


私はただの秘書官ですよ!

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