第42話 追い出し大作戦

北の塔の最上階で半兵衛さんの義弟おとうとのカーヴェイに会えた。


第一印象はすごく賢そうな人。


うん、中学校でほとんどのテストを満点取る同級生がいたけど、雰囲気が似ている。


線が細く色白で、それでいて表情は大人びている。


確か僕より年下だっけ?


半兵衛さんと再会を喜び合っている姿は幼く見えるけど……


カーヴェイは言葉遣いが丁寧で難しい単語がたくさん出て来る。


確かIQが20も違うと会話が成立しないって言うから、僕とは話は通じないかな?


「アロも久しぶり。お見舞いありがとう」


僕の方に小走りで来ると手を握った。


迫真はくしんの演技だね。


まさしく、久しぶりに友達に会った喜びの顔だ。


いつの間に僕が古い友人だという設定をカーヴェイに伝えたのだろう?


半兵衛さんだったら何か方法があるのかも知れないけど。


僕も上手く笑えてるかな?


「動かないでね」


えっ?


カーヴェイが小声で言うと、僕の影で魔法を唱え始めた。


「うっ」


扉が閉まると急に始まった。


家令は関羽と張飛に取り押さえられ、メイド達は剛力さんが後ろから布で口を塞ぐ。


剛力さん、仲間だったんだ。


「――― 眠りの雲よ―――」


扉の前に居た兵士が異変に気付いて入って来た瞬間にカーヴェイの魔法が完成した。


2人がすぐに昏倒したけど、奥の1人が眠っていない。


逃げられる!


なんだかよくわからないけど、咄嗟とっさに走った。


ガッ、ゴン


追うことに集中し過ぎたからか、すごい速さで走れたけど足元が疎かになった。


昏倒している兵士の足につまづいて、その勢いで逃げようとした兵士に頭から体当たりする。


僕に押されて壁に激突した兵士は、すぐに剛力さんの1人が口を布でしばって部屋に転がす。


よく見たら、この人クゥマさんだ!


痛たたた。なんとかなったけど僕だけ格好悪いよ。


「アロ、良くやった」


張飛が嬉しそうに背中をバンバンと叩く。


痛い、痛い、頭のたんこぶにも響くから止めて~。


たんこぶをさすりながら部屋に戻ると、半兵衛さんと剛力さんが持ってきた荷物を解体していた。


箱の中は二重底になっていて、防具や剣が出て来る。担いでいた棒は穂先を付けて槍になった。


あ、箱自体も盾になるんだ……


ポカンとしているのは僕と秘書官と奴隷のみんな。


うん、知らなかったのは僕だけじゃなかったみたいでホッとした。


「アロ、騙すような形になってごめんなさい。カーヴェイの病気を利用して中からサターキ伯爵を追い出す作戦を立てたのですが……」


「あ、半兵衛さん大丈夫、大丈夫。僕が知らない方が良いのはなんとなく分かるから」


僕だとすぐに顔に出ちゃうからね。


ちょっと悲しいけど、それが最良なのはよく分かる。


張飛が知っていたのは驚いたけどね。


なんとなく僕と同じですぐに顔に出るタイプだと思ったんだけど。


関羽に話してるのを偶然聞いたの?


なんていうか張飛らしいね……


僕には鎖帷子くさりかたびらと槍を渡された。


みんな簡易的な装備だけど、いつでも戦える状態だ。


剛力さん達はクゥマさんと同じ里の人で、部下みたいな立場らしい。


みんな強そうだね。頼もしい。


でも、入って来るときに見えたけど千人以上はいるよね?


3千人近くいるの…… 僕ら20人くらいだよ。


秘書官が私も数に入ってるのって驚愕きょうがくしているけど……


「城にいる軍に見つかる前にサターキ伯爵のいる南塔に奇襲をかけます」


「私達もスレイン王国の貴族だから、頭さえ押さえれば忠誠心の薄い兵士達は逆らわないと思うよ」


頭の良い人が2人もいると話が早いね。半兵衛さんと並んで作戦を考える姿は黒田官兵衛だよ。




みんなで急いでサターキ伯爵のいる南塔に走る。


途中で何人か城内を巡回している兵士に会ったけど、全て蹴散らした。


戦闘で何度か大きな物音を出してしまったから心配したけど、今のところ外から兵士が入ってくる気配はない。


「おい、あれを見ろ」


剛力さん、いやクゥマの部下の1人が中庭を指差した。


城の窓から中庭を見ると、兵士達が倒れている……


「…… みなさんアロ様の悪魔レモン果汁入りのお酒を飲んだからでしょう……」


「悪魔レモンって、なぜそんな……」


秘書官は僕がレモン入れたの知ってたんだ……


あの酸っぱ過ぎない爽やかなレモンは悪魔レモンって言うの?


名前が悪くないかな? 天使レモンの方がいいよ。


「…… 致死量になっていないところが素晴らしいです」


秘書官がボソッと何か言ったけど、関羽と張飛のため息、カーヴェイの押し殺した笑い声が気になって聞こえなかった。


タコみたいに忌避きひ対象の食べ物だったのかな?


あんなに美味しいのに。


「…… 外の兵士は気にしなくて良さそうですね。武具の持込みに知恵を絞ったのに無駄になりました……」


半兵衛さんが呆れながら言った。


「あはは、大手を振って、伯爵に会いに行こうよ」


カーヴェイはとうとう笑い出してしまった。


そんなに変なことしたかな?


サターキ伯爵のいる南塔に着いた。


張飛が扉を開けて突入すると、部屋の中はもぬけの殻だった……


クゥマが机の下に滑り台のような脱出口を見つける。


追いかけたいけど、後から入ると罠が作動する可能性があるから迂闊うかつに追いかけることができない。


そんなに時間をかけていないのに、逃げ足が速いよね……




◇◆◇◆◇◆


私の名前はカーヴェイ・デル・オーブリー。


今年で12歳になります。


ただ、生まれはオーブリー伯爵家ではなく遠縁からの養子です。


義父ぎふは早くに亡くしましたが、優しく尊敬するハーヴェン義兄さんと仲良く暮らしていました。


でも、幸せって長く続きませんね。


王が代替わりしてから、何かと目を付けられています。


新王派の貴族からしたら、後々禍根を残しそうな若くて優秀なハーヴェン義兄さんは早めに潰しておきたいことでしょう。


ハーヴェン義兄さんなら、新王派程度の策略にかかることはないはずですが、なぜかオーブリー伯爵家が潰れる前提で動いている気配があります。


領兵には民を守る訓練、領民のための秘密の備蓄、いざとなったら北方に逃げるルート作り……


あんなに守ろうとしていたオーブリー家をなぜ…… はっ! そういうことですか。


スレイン王国は中小国。


他国から狙われているのに、国内が分裂して疲弊している状態では国自体がもたいない。


確かに家を気にしている場合ではないですね。


でも、ハーヴェン義兄さんは優し過ぎます。


領民や家の者ばかり気遣って…… 自分の幸せにも目を向けて欲しいです。


兄の手助けをするほどの力がない自分が情けない。




ハーヴェン義兄さんの予想通り、オーブリー伯爵家は実質無くなりました。


ただ、表立っては潰せなかったようです。


オーブリー家は領民に愛されていましたものね。


ハーヴェン義兄さんが前線に行くので代理人を立てるという見苦しい対応です。


もちろん領民は納得していないので、統治は大変でしょう。


私は政敵のサターキ伯爵家で病気の療養をするように言われました。


城に入るなり足を折られ、ずっと閉じ込められているので筋肉が弱っていますが、元気です。


まぁ、サターキ伯爵にとっては逃げない人質が欲しいだけでしょう。


城の北塔に幽閉されましたが、私を…… いえ、私達を甘く見ていますね。


魔法学院は15歳からですが、私は兄に習って魔法が使えます。


優秀な密偵であるクゥマもいます。


だから、情報を集め、魔法で兄と連絡を取り合い反撃の機会を伺うくらいは余裕でできるのですよ。


…… 兄との連絡の端々にアロという名前が出てきます。


何かの暗号でしょうか? 兄にしてはやけに信頼しているというか惚気のろけているというか……


コホン、作戦は決まりました。


兄の手の者と、クゥマの里の者を集めて、私のお見舞いという名目で城内に入りサターキ伯爵を急襲するというものです。


サターキ伯爵に忠誠心がありそうなのは家令と近衛の一部くらいです。


兵士の忠誠心は低いので、サターキ伯爵さえ押さえてしまえば特に向かってはこないでしょう。


オーブリー家を敵に回したことを後悔させてやらないと。




兄が言っていたアロに初めて会いました。


ええっと、私が言うのも変ですけど普通の少年ですよね?


兄の浮いた話を聞いたことはなかったのですけど、そういう趣味でしたか……


私は兄の趣味のために養子で呼ばれた訳ではないですよね?


違う? 良かった。


旧友という設定なのでアロに笑顔で近づきます。


あの扉が閉まったら、作戦開始。


入口にいる2人の近衛兵を眠らせるために、アロの陰に入りながら魔法を詠唱します。


「――― 眠りの雲よ―――」


なっ! 3人居た? まずい。


慌てて、次の魔法を唱えようとしましたが、それよりも早くアロが近衛兵に突撃して行きます。


助かりました。すごい反応速度と突撃力ですね。


始めは普通の少年だと思いましたが、考えを改めないといけません。


鎖帷子を着るときに見たアロの肉体は鍛えられた筋肉に、歴戦の戦士のような無数の傷が付いていました。


13歳で何度も死線をくぐり抜けて来たのでしょうか?


今まで見たことがないタイプ。


兄が信頼して惚れ込んでいるということは、傑物けつぶつなのかもしれません。


それを見抜けないなんて、私もまだまだですね。


折られた足が上手く治らず、少し歩くのが不自由になりましたが、みんなに遅れる訳にはいきません。


急いでサターキ伯爵のいる南塔を目指します。


アロにドワーフ兄弟が飛びぬけて優秀です。


次々と近衛兵をなぎ倒して行きます。


簡単になぎ倒しているその近衛兵はサターキ伯爵領の精鋭なのですが……


「おい、あれを見ろ」


クゥマの部下の1人が指差した方を見ると、中庭で何人もの兵士が倒れています。


そろそろ外の兵士にも気づかれる頃合いですが、中に入って来ないと思ったら……


「…… みなさんアロ騎士爵の悪魔レモン果汁入りのお酒を飲んだんでしょう……」


アロの秘書官という女性が信じられないことを言いました。


「悪魔レモンって、なぜそんな……」


悪魔レモンは中枢神経に障害を与える毒で、食べてしまうと臓器が麻痺して機能停止にしてしまうという危険な果物です。


よくもまあ、お酒に入れるなんて危険なことをしますね。


毒を疑って試飲させられるはずですが、家令はその確認をおこたったのでしょうか?


アロが試飲した…… あははは。


笑うしかありませんね。


兵士を無力化するために誰にも知られず毒を仕込み、どうしたか分かりませんが自分で飲んでも大丈夫なようにした策士ぶり。


それでいながら、戦士としても一流だなんて。


13歳でそれなら将来はどうなっていくのでしょうか?


興味が尽きません。


兄にはもし良ければアロの力になって欲しいと言われましたが、これは言われるまでもなく付いて行きたくなりますね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る