第25話 忍者大戦

鬼気迫ききせまるとはこのことだと思う。


首に矢が刺さり血を流しながら、カトリーヌが黒ずくめの男と戦っていた。


戦い方はヴァルキリーと瓜二うりふたつで長剣を軽々と振り回している。


一瞬、ヴァルキリーが戻ってきたのでは? と思ったけど、神気しんきの量を考えるときっと違う。


あのカトリーヌを手玉に取っているって、黒ずくめの男はすごく強い。


僕も急いでカトリーヌの下へ向かいたいけど、逃げまどう街の人と兵士のせいでなかなか近づけない。


関羽かんう牽制けんせいでショートボウを連射して、カトリーヌから黒ずくめの男を離した。


さすが関羽! 連射なのに糸を通すように正確な弓だ。


「ふん」


直後に張飛ちょうひがロングボウを放つ。


黒ずくめの男には当たらなかったが、大砲を撃ったような音を立てて飛んでいき、頑丈そうな石造りの家を木端微塵こっぱみじんに吹き飛ばした。


威力も大砲と同じだよ。


あ、逃げた。


うん、あの威力は逃げるよね。


それよりカトリーヌだ。


黒ずくめの男が逃げた後も街の人を逃がそうと戦っている。


首に矢が刺さったままだから、みんな遠巻きにしているけど……


うん、ちょっとホラーだよね。


「カトリーヌ!」


関羽と張飛のフォローでカトリーヌに近づけたけど……


やばい、目の焦点が合ってない。


近寄ると足元をフラつかせ、倒れ掛かってきた。


受け止めて抱き上げようとしたけど。


「お、重い!」


咄嗟とっさに言葉が出てしまった。


あんまり女の子に言って良いセリフじゃないのは分かる。


きっと金属鎧と長剣の重さだと思うし。


鎧を脱がすわけにもいかないし、武器が無くなるのは嫌だろうから、なんとかしないと。


結局、そのまま背負って移動する。


僕に王子様のようなお姫様抱っこは無理だった。


ちょっとくやしいけど、それどころじゃないからね。




カトリーヌを背負ったまま、城を出て森に入る。


司令官用のテントを運んでたことに比べたら軽いもんだ。


鍛えてくれた奴隷管理人に感謝するべきだろうか?


う~ん、やっぱりなんか嫌だな。


関羽と張飛は殿しんがりつとめてくれている。


半兵衛さんはナポレオンさんと一緒のはずだから、もっと先だろう。


よし! 気合を入れ直して森の中を進む。


森はどんどんと深くなり山につながっている。


山の頂上が集合場所なので、このまま2~3時間は山を登らなければいけない。


砦に来るまでの生活を考えたら体力的には余裕かな。


僕達は逃げる神官戦士団を追撃して森に入って、見失ってしまうという筋書きだったんだけど……


うん、道を見失った。


ちょっと前から逃げている街の人を見なくなったから、おかしいと思ったんだ。


これは早々に来た道を戻らないと。


――― 振り返ると、黒ずくめの男が短剣を持って立っていた。


「な!?」


黒ずくめの男は、僕が急に振り返ったから驚いたようだ。


うん、僕もビックリした。


ぜんぜん気配がないんだもの。


「お前が情報にあった”毒食どくぐい”のアロか、よく俺に気付いたものだ」 


まだこちらの言葉が勉強中だからかな?


”毒食い”っていう変な単語が聞こえたような……


気になったけど、聞き返せる雰囲気ではない。


黒ずくめの男は短剣を構えるとすごい殺気を放ってきた。


何で僕はこんなに殺気を受けることが多いのかな?


ちょっと悲しくなった。


カトリーヌを下ろすすきもないので、背負ったままこちらも槍をかまえる。


…… もちろんハッタリだ。


カトリーヌが勝てそうになかった相手だから、僕なんかが勝てるはずがない。


どうしよう…… 正規の道を外れてるはずだから関羽と張飛が来てくれる可能性は低いだろうし。


僕がやられたら、カトリーヌも危ないから負けるわけにはいかない。


切り札があるとすれば、僕の超集中ちょうしゅうちゅうかな?


どこまで通じるか分からないけど…… やるしかない。


覚悟を決めると腰を落として待ちの姿勢を作った。


魔力鎧の薄い所に槍を突くことに全神経を集中させる。


だんだんと視界が狭まって、黒ずくめの男以外は見えなくなった。


黒ずくめの男は短剣を構えたまま動かない。


数分、いやすごく集中していたから実際は数十秒かもしれないけど、黒ずくめの男とにらみ合った。


このまま永遠に続くのかと思ったら、急に黒ずくめの男が後ろを向いた。


キン、キン―――


剣を切り結ぶ音が聞こえる。


誰かと戦っている?


関羽か張飛が来てくれたのかもしれない。


でも、僕には黒ずくめの男を突くことしか考えられない。


戦っている相手が強いのか、黒ずくめの男が下がって来た。


僕の槍の範囲に入った瞬間に勝手に体が動いた―――




◇◆◇◆◇◆


……


…………


………………


われの名はクゥマ……


本名ではない、密偵を輩出する里の長に受け継がれている名だ。


代々、オーブリー家に仕えていたがその家は急に無くなってしまった。


我がガレトン王国の調査を命じられているときだったのがやまれる。


ハーヴェン様はなんとなく予感があったのだろう。


何かあったときには義弟のカーヴェイ様を一番に守るようにおおせつかっていた。


カーヴェイ様の命はなんとかお守りできたが、伯爵家に身を寄せざるを得なくなった。


伯爵家は新王の息がかかっている。


要するに人質になってしまった。


伯爵の暗殺もしくはカーヴェイ様だけを救出することは可能だが、短絡的に実行すればその後の立場が危うくなる。


カーヴェイ様にも止められている……


「ハーヴェン義兄さんに手紙を届けてくれませんか? オーブリー家の現状報告も必要でしょうし」


「…… それでは御身を守れません。ハーヴェン様には一番にカーヴェイ様を守るように仰せつかっております」


「お義兄さんらしい…… 私ももう12歳、自分の身くらい守れます」


…… いやいや、12歳で自分の身が守れる者はいない。


「クゥマもハーヴェン義兄さんのことが気になっているのではないですか? ガレトン王国と交戦中の辺境伯領に送られたと聞きました。きっとあなたの力が必要でしょう」


………… 気になっていないなど嘘でも言えない。


カーヴェイ様を守るという命がなければ飛んで行くところだ。


実はハーヴェンお嬢様のことは生まれたときから知っている。


家を守るために女性をてたことも何もかも。


密偵にも優しいお嬢様は自分の娘のように大切な存在だ。


オーブリー家がなくとも、お嬢様のことは必ず守る。


「それでは、私を助けるためにハーヴェン義兄さんの助力じょりょくをお願いしてきてください」


カーヴェイ様に優しく言われてしまった。


そう言われるとことわりずらいですな……


さすがは神童と呼ばれるだけはある。




…… ハーヴェンお嬢様は敵の奴隷となっていた。


ガレトン王国…… 滅ぼしてくれるわ!


えっ? 敵国の奴隷は身を隠すための欺瞞ぎまん


奴隷紋も付けられていないと…… 安心致した。


………… ハーヴェンお嬢様から詳しく話を聞いた。


とりあえず、辺境伯と新王は殺そう。


辺境伯は倒した? さすがハーヴェンお嬢様。


えっ? 倒したのは話に出てきたアロ?


ハーヴェンお嬢様から1時間ほど惚気のろけ話を聞く日が来るとは思わなんだ。


我としてはアロという者と会わねばならん。


ええ、ハーヴェンお嬢様に相応ふさわしいかしっかりと見極めないと。


もう家のことは気にしなくて良くなったのだ。


結婚をあきめておられたお嬢様に春が来たことは喜ばしいこと。


ただ、男女のあれこれにはうといご様子。


変な男に引っ掛かかっていないかは見極めねば。


――― ええっと、アロ少年ですな……


お嬢様はそういったご趣味でしたか……


いえいえ、良いのです。


10歳差なんて貴族では珍しくもない。


我の殺気に動じないのはなかなかに見どころがありますな。




ハーヴェンお嬢様に命じられた通り、ボーラル子爵との密約に成功した。


後は城を攻略するだけ。


あの城であれば2日もあれば落ちよう。


――― ええっと、アロ少年は命がいらないのか?


一騎駆けなど物語の話。


本当にやる者がいるとは思わなんだ。


若いから騎士物語にあこれるのは分かるが、それは蛮勇ばんゆうと言うのだ!


ただ、アロ少年の一騎駆けで勢いづいたのは確か。


この調子だと今日中には落ちる。


調査では辺境伯補佐の横暴が兵士にまで伝播でんぱして、街の人はしいげられているとのこと。


短期で終わるならば、それだけ街の人も助かることであろう。


――― 殺気!?


すぐにハーヴェンお嬢様に近寄る。


アロ少年が我よりも前に立って、不可視の矢を止めた。


どうやって、矢が来るのを知ったのだ?


うむ、ハーヴェンお嬢様を守ったのはめてやる。


あの黒ずくめの男、見たことがある。


あやつは王直属の暗殺部隊の長官だ。


厄介やっかいな者が来ていたのだな。


我でも勝てるかどうか……


――― ハーヴェンお嬢様を無事にオールソン率いる神官戦士団と合流させた。


油断はできぬが、一安心。


えっ? アロ少年を見て来て欲しい。


しょうがないですな。


ハーヴェンお嬢様のためだ。




見つけた!


戻り道に姿が見えないから山道をれたとは思ったが、長官に誘導されていたか。


我らが使うのと似た細工の跡があったからすぐに分かった。


――― ええっと、アロは…… 危ない!


長官が迫っていたが、気が付いたようだ。


一流の暗殺者の気配を察知するとはやるではないか。


アロ少年はカトリーヌという聖女を背負ったまま、腰を落とし槍を構えた。


さすがに不利、助太刀すけだちするぞ。


気配を消すのを止め、腰の剣を抜くと全速力で近づく。


アロに向かえば、後ろから確実に仕留めてくれる。


長官は投げナイフをアロに放つとこちらに向かって来た。


アロは微動だにせず、投げナイフを受けている。


態勢たいせいを崩さないためであろうが、相手は暗殺者だ確実に毒が塗ってあるぞ!


早く解毒剤を。


長官と切り結ぶ。


やはり強い。


いざとなれば、魔力暴走による自爆で相打ちを狙わねばならんか。


死を覚悟して無理やり相手のふところに入る。


反撃してくれれば良かったが、後ろに逃げたか。


カンの良い男よ。


ドス! 「ぐっ」


長官の腹から槍の穂先ほさきのぞく。


なんの気配もない、神速の突き……


こんな攻撃があるのだと驚愕きょうがくした。


うむ、お嬢様の伴侶はんりょに認めてやろう。


それよりも早く解毒を!

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