第23話 一騎駆け

どうしてこうなったんだろう……


軍馬に乗って呂布りょふ軍の東方面の先頭にいる。


少し下がって、関羽かんう張飛ちょうひと半兵衛さん。


その後に奴隷と兵士が続く。


これだと僕が東方面の指揮官みたいだよね?


僕、奴隷だったはずなんだけど……


せめて関羽か張飛が先頭に立たない?


ダメ? 何で??


これは昨日、奴隷紋を二つ消してもらった後、半兵衛さんが神経質そうなおじさんに話を持ち掛けた結果だ。


遠回しな言い方だったけど、なんとなく私達に任せてくれたら、大手柄おおてがらが手に入りますよみたいな話だった。


神経質そうなおじさんは二つ返事で半兵衛さんの話に乗ってくれた。


すぐに僕達4人は好きな武器と防具を与えられることになったんだけど……


僕と関羽、張飛は背が低いので合う防具がない。


鉄を輪っか状に編んだ鎖帷子くさりかたびらと呼ばれる服の上に厚手の布を重ねてなんとか防具にしている。


関羽はポールウェポンと呼ばれる薙刀なぎなたのような武器とショートボウという短弓を持ち、張飛は槍とロングボウという長弓を持った。


実用重視なので恰好かっこうなんて気にしてないだろうけど、二人ともよく似合っている。


馬に乗って戦いにえるさまは本当に三国志の関羽と張飛みたいだ。


半兵衛さんは厚手のローブを着て、小さめの盾と魔石の付いた杖を選んだ。


武士ではなく魔法使いって感じの装備だ。


戦国の竹中半兵衛みたいにならなくてちょっと残念。


僕はというと今までと同じ奴隷用の槍を選んだ。


器用じゃないから、今さら違う武器を使うのは怖いし、兵士用の槍は重くて長すぎるので僕にはあつかえなかった。


その代わりじゃないけど、左手には小さな盾と一体になっている小手を付けた。


矢とかに対して身を守るものが欲しかったんだよね。


魔気まきで強化された矢だと盾を持っていても意味がないみたいだけど……


う~ん、気分の問題かな?




呂布が槍を城の方に向けると進軍が始まった。


立てた戸板といたに車輪が付いただけの手押し車が先行していく。


矢を防いで壁を登るための攻城兵器のようだ。戸板は城壁と同じ5メートルほどで、上に登るための階段もついている。


「アロ」


関羽につつかれた。


え? あれを僕もやらないとダメなの?


僕も槍を城の方に向けた。


雄たけびを上げて後ろにいた兵士と奴隷が進軍を開始した。


ビックリした! 何でみんなそんなに気合が入っているの? 神経質そうなおじさんのときはそんな雄たけび無かったよね?


攻城戦なのに兵士も奴隷も軽装備にしている。攻城の意思がないと思われたくはないので形だけ6人一組で梯子を持っているけど。


今回の作戦では神経質そうなおじさんの部隊を素早く北東に回して陣取り、他の部隊を近づけさせないようにしないといけない。


ある程度時間が経ったら、味方の兵士と奴隷は梯子など重い物を捨てて、北西の街道に素早く移動し、撤退する敵の兵士達を待ち伏せてもらう。


部隊を移動させるのは逃げる街の人を味方の兵士や奴隷が攻撃しないようにするためでもある。


呂布が攻城を成功させて相手が撤退し始めたら、半兵衛さんの戦略魔法で壁を壊し街の人を逃がす。


タイミングが大事なんだけど、それよりも大事なことがある。


僕、馬に乗れないんだけど……


馬上にいるけど、これ乗せてもらっただけだから。


そう思っていたら、関羽と張飛、半兵衛さんが馬を進め始めた。


馬ってどうしたら進むの?


慌てていると不意に馬が少し動いた。


怖くなって馬にしがみ付く。


ヒヒーン


軍馬は長くいななくと後ろ脚で棒立ちになった。


「えっ?」


一瞬体が浮いたと思ったら、すごい早さで走り始めた。


わ、わ、わ


振り落とされたら大怪我しそうなので、必死にしがみ付く。


するともっとスピードが上がる悪循環。


矢が雨のように飛んで来た。


いつの間にか城壁が近くに見える。


城壁を東から城門を通って西に……


すごい早さで駆け抜けた。


馬のがり方も分からない。このまま真っ直ぐ西に向かうかと思ったら、バランスを崩して左側にずり落ちた。


馬がすごい早さで左回転する。遠心力で元に戻ったけど……


今度は西から東にものすごい勢いで走り出す。


ひぃぃ。


今度は矢に石と魔法が加わってビュンビュン飛んでくる。


何本かは鎖帷子をかすめたけど、皮膚を切るくらいで済んだ。


火炎の魔法は馬の後ろに着弾して背中がすごく熱い。


東に戻るとさすがに馬が疲れたのかスピードが落ちる。


「「「「「「おおおおお!」」」」」


大きなどよめきが起こった。


なぜか呂布軍がすごい勢いで進軍し始めて城に取り付いた。


僕達、東方面も重い装備なのに頑張って走ってくる。


ちょっと皆、急に無理し過ぎじゃない?




◇◆◇◆◇◆


私は男爵だんしゃくである。


ふむ、そんなに神経質そうな顔をしているだろうか?


まあ、悩みは多い。


今は老兵と奴隷を率いて千人隊長をしている。


まあ、千人と言っても兵士は奴隷を含めて半分の500人くらいだがな。


ギレッド総隊長の下、中央軍の一部を任されている。


任されているが、パッとしない。


開戦では最前線に配置されて戦術魔法で大半の兵士を失った。


戦術魔法は数十人の魔導士が協力して発動する最強魔法だ。


私は範囲に入っていなかったことを神に感謝した。


そして退却。


みんな散々だったねと指揮官同士で慰め合っていたら、あの魔物殺しの子供が敵の総大将である辺境伯へんきょうはくの首をげたと知らせが届いた。


ええっと、指揮官の皆なんだその目は…… 確かに私の隊の人間だが……


なぜ知らないって顔をしない。


全軍に知れ渡ったから自分の手柄にはできない。


こんな後になってからの情報なので、私が指揮官として何かしたとも言えない。


あの魔物殺しの子供は何か底知れない怖さがあるので会いたくはないが仕方ない。


一応、魔術師に討伐鑑定をさせた。


魔力を持つ者を倒すと瘴気となって微かに倒した者にまとわりつく。


それを調べるのだが――― 間違いないか…… そうだと思った。


褒賞ほうしょうに奴隷紋を3つ消す。これで半分はなくなったのか。


まさか、奴隷から解放されるなんてことはないよな?




次の戦闘も散々だった。


盾にしている奴隷達が急に速度を上げたので、その後ろに居た正規兵である私達は急いで後を追った。


すると右後ろの森から騎兵が出てきた。


既に通り過ぎているので無視しようと思ったが、無視するとギレッド総隊長の方に行ってしまう。


右翼を担当しているのにそんなことになったら、どんな沙汰さたが下されるか分からない。


相手は非常に強力な神官戦士団だったが私達は頑張った。


被害は甚大じんだいだが、なんとか押し返した。


奴隷管理人は奴隷よりも前で戦わなければならなかったのでいか心頭しんとうだ。


また退却すると、すぐにギレッド総隊長が指揮官全員を呼び出した。


あれ? 奴隷管理人はどこに行った?


奴隷を連れて森に梯子はしごの材料取りに行った?


…… あの野郎逃げやがった!


ギレッド総隊長の怒りは凄まじく、殺されるかと思った。


実際、何人かは再起不能にされている。


馬鹿な奴らだ。俺は極限まで存在感を薄くしてやり過ごす。


下っ端男爵として鍛えられた逃避術が役に立った。


なんとか隊に戻ると兵士と奴隷が騒がしい。


嫌な予感がする……


奴隷管理人と奴隷達が帰って来た。魔物殺しの子供も居る。


東の塔の大隊長であるボーラル子爵からの手紙を受け取った。


東の塔の襲撃を撃退した子供とドワーフ兄弟と優男に褒賞を与えて欲しいと書いてある。


「またか…… また、私を抜きに手柄を立てたのか……」


魔物殺しの子供が私を嘲笑あざわらうかのようにニヤニヤしている。


くっ!


「奴隷紋を2つ消してやれ…… ドワーフ兄弟と優男もだ」


先の戦いで1つ消したから合計8つ。残りは2……


奴隷から解放されたら、仕返しかえしをされないように土下座した方が良いだろうか?




優男から、手柄を立てる方法を滔滔とうとうと語られた。


話が上手いし的確だ。確かにその方法ならば私も手柄を立てられそうだ。


よしその作戦を許す。馬も武器も防具も自由にしてくれ。


次の戦いの指揮官は君だ! えっ? アロって誰?


――― あれ? 魔物殺しの子供が先頭で馬に乗っている……


正規兵や奴隷達を伴って、歴戦の戦士のようだ。


魔物殺しの子供が槍を城の方に向けた。


雄たけびを上げて後ろにいた兵士と奴隷が進軍を開始する。


ええっと、私のときにそんな気合を見たことないんだけど……


呆然としていると魔物殺しの子供…… いや、アロが一騎で駆けた。


降り注ぐ矢と魔法をものともせずに城壁を悠悠ゆうゆうと往復し帰ってくる。


おおおおお!


凄過すごすぎる。自然に驚きの声が出る。


敵味方からの驚きの声は増幅ぞうふくされて、戦場にどよめきが起こる。


敵の戦意をくじき、味方を鼓舞こぶするのにこれほどのことはない。


全体の進軍が早くなった。


ちょ、ちょっと待ってくれ。


みんな張り切り過ぎだ。


こんな状況で私は本当に手柄を立てられるのだろうか?

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