番外2 ライアー

「えーぷりるふーる、か」

 めいっぱい眉間に皺を寄せていた澪は、やがて大きなため息をついた。

「人間はよくわからぬな。……嘘など、いちばん嫌われるものではないのか? 皆で嘘をつきあって、何が楽しいのだ?」

「それは、僕にもわかりません」

「お主はいつも、自分がわからぬものを他人に勧めるのか?」

 聖の言葉で澪はますます混乱したらしく、両腕を組んで考え込んでしまった。

 澪に『四月馬鹿』を理解してもらうまでの道のりは長かった。初めは『エイプリルフール』と説明していたのだが、澪は一向に飲み込んでくれる気配がなく、言い換えてからもなかなか納得しようとはしなかった。

 考えてみれば、澪たち獣はずっと自然という現実の中だけで生きているのだ。敢えて嘘を言おう、人を出し抜こうなんて、そんな不健全な暮らしは考えもしないだろう。

 そういう聖だって、実は四月一日のこのイベントを心から楽しめたことはまだなかった。

「お祭りみたいなものなんです。たぶん、一番楽しい嘘を考えた人が勝ちです。……でも、僕はそれが嘘だってすぐ聞き分けてしまうから、騙されて嬉しかったとか、やられた――とか、思ったことがないんです」

 ――だから、わからないんです。

 最後まで言い切ると落ち込んでしまうのが分かっていたから、聖は黙る。

 ふと隣に目をやると、澪は瞳を閉じ、いまだ熱心に何事かを思案していた。どうしたんですか、と声を掛けると、澪は半眼になってぽつりと呟く。

「嘘を考えておった。一つ思いついたぞ」

 彼女が唸りながらやっとのことでひねり出した嘘が何なのか気になって、聖は首を傾げながら言葉を待つ。澪は妙に気負った様子で咳払いをすると、聖を真顔で見つめた。

「儂は、明日からヒトになる。……されば、お主の寂しい心も、もっとわかってやれよう」

 思いがけない『楽しい嘘』に、聖は「ああ……」と声を漏らした。

 もちろんそれは嘘ではなくて、力に頼らずとも、聖には、それが彼女の本当の心に限りなく近いものだということがひしひしと伝わってきた。そう思ったらやけに感動してしまって、つい正直に胸の内をさらけ出してしまっていた。

「一生騙されたいです」

「初めてにしては上出来じゃろ」

 二人は顔を見合わせ、同時に吹き出す。

「まずはこれで、ヒトへの第一歩じゃな」

 澪は満足げに頷くと、わずかに聖の方へと体を寄せる。その頬には春の陽気のせいか、少しだけ赤みが差していた。

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