第17話 クラリア金とクラリア黒

 2012年――

 この年、自立式鉄塔としては世界一の高さを誇る東京スカイ樹が誕生した。

「夕日乃は意外にもミーハーさんですね」

「いいじゃん、せっかく建ったんだし登ってみたい」

 珍しく那須山上空に浮かぶ宇宙戦艦白雪。

 艦橋のモニターには200km程先にある東京スカイ樹が映し出されており、それをさっきからずっと目を輝かせ見つめる夕日乃。

「今、私達がいる場所の方が遥かに高いのに?」

「ロマンが判らぬか、雪ちゃん」

 うわっ普段ならこれ私の台詞だわ。

「ごっごもっともですね。じゃあ夕日乃は12歳ですから入場料が2900円、私はまだ11歳なので1900円ですね~」

「なっなん……だと?そんなに高いの?」

「私はまぁお金持ちですからぁ、いいのですが……でも夕日乃?あなたは他の人達がどんなにお金を支払っても見ることの出来ない世界を、いつも目にしてるんですよ?先週なんてハレー彗星見に行ってきたじゃないですか!普通なら2061年まで待つんですからね?」

 そう、私達は毎日の様に、世界中好きな場所に行き、月だって火星だって自由に散歩が出来るのだから。

「うん……仕方がない、あきらめる」

 那須山上空からゆっくりと動き出す白雪。

「では今日はターミナルでリンさんと――え?ちょっと何処へ行くの?」

「せめて直接見に行く!」

「うむむ、仕方がないですねぇ~見たらターミナルに上がりますよ?」

「はーい」

 ようやく発展途上?と思えなくもないお尻を振りながら、進路をスカイ樹に向ける。あっという間に到着する距離ですけど。

「おおお~っなんか雪ちゃんより大きい」

「それはまぁーこちらは333mあちらは634mですもん」

 東京スカイ樹を左に眺めながら旋回する宇宙戦艦白雪は、まるで獲物を狙う白鮫。

 展望台の観光客達もこちらに驚いてスマホを向けてるのが確認できる。

「よし、並ぼう!」

 そう言いながら、半回転ロールしながら艦首を上げ、艦を直立させて見せた。

 そしてスカイ樹に並ぶように静止すると展望台や地上から大歓声が湧き上がる。

「むっふ~~っ」

 とても満足げな夕日乃。この艦を小六女子が操艦してると知ったら皆さんどう思うでしょうね。当然この事は極秘です。


「ではターミナルに向かいますよ」

 小さな肩口に手を添えた瞬間、夕日乃が驚きの声を上げた。

 私のレーダーも、ほぼ直上から巨大な物体が降下してくるのを捉える。 

 大気が――震える!白雪が街中上空を航行する比ではない。


 それはゆっくりとスカイ樹横に停止すると辺りに重厚な唸り音を響かせた。

 それはまさに黄金の塔だった――神話の時代に築かれた巨大な黄金の塔。

 そんな形容が最も相応しいであろう金色こんじきの宇宙戦艦だった。


「こんな巨大なのに、なんてステルス性能……こんな間近まで気付けないなんて!」

「金ピカだ……おおきい~っ!」

「クラリア金……ヤマブキです。私の妹、姉妹艦です。完成した姿を初めて見ましたよ、とうとう地球に来たのですね」

「雪ちゃんの宇宙戦艦の妹?多分何年も前から私達の近くにいたよ?」

「うそ……私のレーダー性能、低すぎ……?」


 ちなみにこの時、地上では自動車の玉突き事故が多発していた模様。本当にゴメンなさい。

 

【艦 名】 ヤマブキ

【形式名】 クラリア金 CCGD-001 半有機宇宙戦艦(サイボーグ艦)

【サイズ】 キガトロン級 全長1120m全幅326m 

【主 機】 ハイペリオンドライブ×10基(シャフト深度1000m)

【攻撃兵装】要塞級プラズマ陽電子放射機×1基 

      大口径プラズマ荷電粒子ビーム砲×40基 荷電粒子ビーム砲×60基 

      レーザーバスター×6基 光子魚雷発射口×6基 

      ミサイル魚雷発射管×24基

【防御兵装】エネルギーシールド(最大展開数144)エネルギースクリーン

【特殊兵装】セラフィムの翼×6翼 ステルスフィールド

【秘匿兵装】ガトリングハイペリオン砲×1基 

【備 考】 クラリア白のデータを元に開発された、金色の対艦隊殲滅戦艦。

      見た目は巨大だが幾重にも重なる美しいフレーム体に装甲を纏わせた

      電波塔の様な艦構造故、見た目程質量は大きくない。


『見てるの!飽きたーっ!』

 突如、姉妹艦専用通信回線で天使の輪輝く金髪美少女のドアップ映像が映し出された。

 夕日乃よりも少し小柄なその少女は、深く澄んだエメラルドの瞳から涙をぽろぽろまき散らし、独特な口調で猛烈に叫びだした。

『もうダメ!もう限界!わっちも遊ぶっっ!』

「ヤマブキ?お久しぶりです。ですが何を言ってるの?限界?」

『わっち!白姉守るの15年!なのに白姉毎日楽しそう!もう我慢無理ーっ!』

「まさか、ひょっとしてネロから私を守ってたのですか?博士こんな重要な事内緒にしてたの?」

『ギンコ言った、白姉きっと狙う、わっちこっそり守れ、ネロ捕まえろ言った』

「そうでしたか、ありがとうヤマブキ。今日からはこの星で一緒に暮らしましょう……ネロは近くに来てるのでしょうか」

『知らぬ!存ぜぬ!』

 投げやりに答える金髪美少女。

 

「他にも何かいる!!」

 先程と同じ様に夕日乃の小さな体がビクリと跳ね、何かを探すかの様に頭が左右に動かす。

「雪ちゃん!女の子が立ってるよ、スカイ樹のてっぺん!」

「え?」

 白雪とヤマブキの間に立つ東京スカイ樹本体頂上部から更に上、地上634mの電波塔頂上に立つ黒ワンピース姿の小柄な少女。

 塔の上、とても長く美しい漆黒の髪がぶわぁっと風に舞う。

 その少女がこちらを見ている。

 感情の欠片も感じられない真っ黒な瞳でじっとこちらを……

 大人白雪がいつの間にか艦首先に立っていた。

 あずき色のダッサいジャージ姿だ。

 今日は星宮家の自室でラノベを読んでいたはずなので、大急ぎで押入れゲートを使いここに来たのだろう。

 黒い少女とは対象的に、純白の髪が風に舞う。

 大人白雪は、黒い少女へ何かを叫んでいるようだ。

「ネロォーッ!おいでっ!誰も怒りませんからお話ししましょう!何を望むのか全部聞いてあげますから!」

 その言葉に全く反応せずネロと呼ばれる黒い少女は白雪をじぃっと睨み、ふっさりとした睫毛を揺らし俯き背を向けた。

「ネロッネロォーッ!」

 叫ぶ白雪の瞳に映る景色がぐにゃりと歪み、大気を振動させながら真紅の瞳を散りばめた漆黒の巨大な物体が宙空より出現する。

 全長は白雪の倍はあろうか。

 それは見る者を恐怖させるには十分過ぎる光景だった。

 そう――例えるならば、それは毒花の蕾にも、禍々しい邪竜の頭部にも見える。

 この物体も恐らく宇宙戦艦なのであろうが、白雪とヤマブキ両艦と並ぶネロの姿はあまりにも異質だった。


【艦 名】 ネロ 

【形式名】 クラリア黒 CCBK-001 有機宇宙戦艦(植物艦)

【サイズ】 シストロン級 全長250m全幅48m 

【主 機】 ハイペリオンドライブ×1基(シャフト深度2000m)

【攻撃兵装】バイオブラスター砲×10基

【防御兵装】エネルギーシールド(最大展開数12)エネルギースクリーン

【特殊兵装】バイオウィップ×5椀 スターブラスター砲×1基 

【備 考】 全て開発時のデータ。博士は艦の詳細を秘匿。

      白と同時開発された姉妹艦。


【サイズ】 デミトロン級 全長660m全幅225m 

【主 機】 ハイペリオンドライブ×9基(シャフト深度200~2000m)

【攻撃兵装】バイオブラスター砲×320基

【防御兵装】エネルギーシールド(最大展開数60)エネルギースクリーン

【特殊兵装】バイオウィップ×5椀 スターブラスター砲×1基 

【備 考】 地球で存在を確認した時点での推測データ。


 ニュルリと伸び出た触手状の物体にペタリとネロが座ると、それは艦側面の真っ赤な開口部へと消え、漆黒の戦艦も空へ吸い込まれるように姿を消した。

 ネロを捕獲する命を受けてたはずのヤマブキだが、捕獲行動も追跡する事なくずじっと事の推移を見守っている。

 半世紀ぶりにネロと対面した白雪への配慮だったのだろうか。それとも先程の任務放棄宣言を本気で実行したのか。もし手を出していたら、都心への被害は甚大なものとなっていただろう。


「ふぅ――」

 艦首の大人白雪と艦橋の白雪がそろって深く溜息を付く。

 当然、戦艦の白雪も同様の気分なのだろう。

 不自然なポーズでこちらに顔を向け、じぃっと見つめる黒く大きな瞳に気付き、ちょっぴり苦笑。

 その様子に可愛らしくコクリと頷いて姿勢を戻す。

 ……十二歳の少女に心配されてしまいました。

 思わずてれ笑い。


 白と金、艦を水平に戻すと、ゆっくり北へ移動し始める。とにかく目立つ。

 真っ白というのも十分目立つが、派手さで金色に勝るものは無いだろう。

 なにせ関東地方上空を航行中、市民の拝む姿が何度も見受けられたのだ。

 そのうち変な宗教の御神体にでも奉られるのではなかろうか……(ご本尊ね)

「ターミナルに行くのはまた明日にしましょうか。今日はこのヤマブキの面倒を見ませんと」

「うん、ところでどうするの、あの金色どこに置く?」

『なになに?わっち?わっち部屋、亜空間ドック、あるが?』

「お披露目にもなりますし、今日は那須山の上に私と並べて置きましょう」


 早朝、信心深い多くの人々が合掌している。その先には朝日を浴び神々しく輝く、巨大な黄金の宇宙戦艦が……


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